二章 犬塚洋子(ボク)のバス停に集う者達

クランハウスでの新生活

ボクらの新しい家

 クラン。


 前も説明したと思うけど、大元の意味は『氏族』。家族とかそんな意味合いだ。他のMMOでのギルドとかそんなものと思ってくれればいい。パーティが一時的な協力関係なら、クランは恒久的な関係だ。自発的に脱退するまで、クランメンバー同士は、そのクランの恩恵を受けることが出来る。

 で、その一つにクランハウスというモノがある。その名の通り、家を貰えるのだ。そこにアイテムを置くことで、そのアイテムをクランメンバー内で共有できる。クランの規模が大きくなれば保有できるアイテム量も増えるのだ。

 クランに所属するメリットは他にもあって、クラン全員が受けることが出来るクランスキルや、クランメンバー内で行える模擬戦。そしてクラン同士が戦える闘技場(調べたら実装されてた。やっぱりサービス終了後の世界らしい、ここは)もある。


 とまれ、『金晶石』ゲットによりクランを結成する資格あり、と判断された洋子ボクは意気揚々と指定された場所に向かう。荷物は元よりそんなに多くない。福子ちゃんと二人でクランハウスにやってくる。土日を利用して、学園寮から引っ越しをすますつもりだ。

 クランハウスにやってきて、早速行ったことは――


「ヨーコ先輩、そんな強引すぎますわ……! もっと、優しく……そんなに力を籠めたら、壊れてしまいますわ!」

「でももうこんなに濡れてるしね。もうあふれそうじゃない? ボクに任せてよ。こういうのは慣れてるんだ」

「うう……じゃあよろしくお願いします」

「それじゃあよいしょっと! ……うはぁ、ビショビショだね。見た目から普通じゃないとは思っていたけど、ここまでなんて」

「私こういう知識はあまり持ってませんけど、どうすればいいんですか?」

「そんな無理に頑張ろうとしなくてもいいよ。誰だって知らない事はあるんだから」


 洋子ボクは靴下を脱いで、裸足になる。そのまま――風呂場に足を踏み入れた。


「でもまあ、古い家だと思っていたけどここまで欠陥住宅とは予想外だったね」

「この様子ですと、今日は掃除だけで終わりそうですわ……」


 洋子ボクと福子ちゃんは目の前の惨状にため息をついた。

 水道の元栓を開けた瞬間に風呂場から何かが破裂したような音が響き、廊下に水があふれていたのだ。建付けが悪い扉を強引に開けてみたところ水道の蛇口は見事に折れて水が噴き出しており、排水口がつまっていたのか水は風呂場一面に溜まっていたのである。


「水の元栓は止めたから被害は大きくならないだろうけど……こうなると、ガスと電気も怖いなあ」

「下手をすると、大爆発ですわね。流石にガス電気なしで生活するのは無理でしょうし」

「おのれハンター委員会め、弱小規模のクランだからって、手を抜いたな。

 いいよ。こうなったら徹底的だ! この状況も覆す!」


 洋子ボクはやってやるぞと気合いをいれる。

【バス停・オブ・ザ・デッド】を立ち上げた際の反応は、概ね酷かった。

 曰く、ネタクラン。曰く、すぐ消える。曰く、バス停とかないわ。散々な言葉がネット上で飛び交った。中には女の武器を使ったなどと酷いものもあった。

 だけど、その罵詈雑言の中で一つだけ気に入ったものがあった。


『至上最弱クラン。規模31とか。よくサメ倒せたな』


 そう。洋子ボクらは六学園規模ではあり得ないハンターランクでチェンソーザメを倒したのだ。

 ハンターランク至上の空気を変える為の、一矢とも言える偉業。ここから洋子ボクの戦いは始まるのだ!


「でも、建物の事前検査はきちんとして欲しかったなあ!」


 水のつまりと格闘しながら、洋子ボクは挫折しそうな心を支えるために大声で叫んだ。

 水のトラブルから始まり、与えられたクランハウスの掃除とライフラインのチェックは数時間に及んだ。どうにかこうにか生活できるレベルにはなったが、実の所応急処置的な対応がほとんどだ。すぐにガタがでるだろう。


「お、終わったぁ……」

「終わってませんわよ。荷物を下ろさないといけませんわ」

「福子ちゃん、荷物多すぎ。タンスとか服とかどんだけあるの?」

「むしろヨーコ先輩の少なさが怖いですわ。ハンター装備以外はバック一つとか。乙女としていかがなものかと」

「あはははは……」


 オトコの感覚なのか、それほど衣服に頓着しないんだよね。制服とその予備、私服と下着か幾つか。あとはタオルやら歯磨きやらの生活用品だ。積み荷を家の中に入れたところで、体力と気力の限界が来た。


「荷物の整理は明日にしない? お腹空いたし」

「……ですわね。もう日も落ちますし。シャワーを浴びたいですわ」

「うん。それは同意かな。ホコリまみれだ」


 かなりの年月放置されていたのか、掃除も一苦労だった。ジャージもホコリと汚れまみれだ。……そういえば、洗濯機のチェックもしないとなあ。また水の詰まりとかありそうで恐いや。


「今日のご飯はコンビーフとコーン! コンコーン! キツネみたいだね!」

「私は先にシャワー浴びてますわ。お先にお食事どうぞ」


 よほどシャワーを浴びたかったのか、洋子ボクの返事を待つことなく風呂場に向かう。

 以前の突発お泊まりとは違い、今回はしっかり対策はたててきた。部屋は別々だし、同居ルールも事前に徹底済み。よほどのことがない限りは、この前みたいなドキドキトラブルはないはずだ。


(あれはヤバかったもんねー。福子ちゃんをメチャクチャにしそうになったし)


 敬愛する人を失った傷心の乙女心につけ入って、アレコレしようなんてイクナイ! 僕は深く反省したのだ。これから始まる生活で福子ちゃんに手を出すようなことはしない――


「よ、ヨーコ先輩! 助けてください!」


 扉を開けて飛び込んできたバスタオルで胸元を隠すようにした福子ちゃんに、僕の決意はあっさり吹き飛んだ。ほぼ裸の状態で抱き着かれ、塗れた肢体が間近に迫ってる。

 理性が砕ける音が、確かに僕の心に響いた。


「今日のご飯は福子ちゃんだね!」

「へ? いやあの、どうしたんですか? その、そんなに力強く肩を捕まれると、その、私も嫌ではないのですが心の準備があのあのあの」

「ボクだって不意を突かれればどうしようもなくこれはもうとまらないじゃなくて甦れ理性!」


 近くにあった柱に頭を叩き込む。痛みが全ての感情をリセットし、吹き飛んだ理性をかき集める。よし、問題なし!


「きゃああああああ!? ヨーコ先輩いきなりどうしたんですか! 血、血が出てますわよ!」

「大丈夫。問題ない。それよりも何があったの?」

「いえ、結構な勢いで血が……はい、わかりました。その、出たんです! む、虫が!」

「虫ぃ? ああ、そんなの潰せばいいじゃないか」

「嫌ですわ! 虫ですわよ、虫! あの足の動きとか見るだけで気持ち悪くなってきます!」

「うーん……。虫系のゾンビとか、結構いるんだけどなぁ」

「絶対嫌ですから! そのゾンビ討伐に誘ったら泣きますからね!」


 頭を掻きながら風呂場に向かう洋子ボク。少し離れたところで叫んでいる福子ちゃん。

 扉を開け、壁沿いを走る黒いヤツに向かってスリッパを振るう。パシン、という音を立てて戦いは終わる。敵の亡骸を窓の外に捨て、振り返った。


「終わったよー」

「あの、ヨーコ先輩が悪いんじゃないんですけど、むしろ感謝しているんですけど、手を洗うまでは近づかないでください」

「そこまで嫌か」


 感謝と共に強い拒絶を示す福子ちゃん。まあ、嫌いな物って誰にもでもあるよね。洗面所で手を洗い、それでも近づきたくないのか福子ちゃんは洋子ボクを迂回するようにして風呂場に戻る。風呂場に入る直前にバスタオルをカゴに投げ捨て、一糸まとわぬ後ろ姿が目の端に映ってしまった。

 事故、これ事故だからね! 堪えろ、堪えろ僕! 性欲に耐える衝動判定だ!


「……よし、耐えた。ボクえらい」


 ドキドキと激しく脈打つ心臓をどうにか抑えながら、僕は呼吸を整える。虫に怒っていいのか感謝していいのかわからない気持ちになっていると、


 ぴんぽーん!


 軽快なチャイム音。玄関から聞こえる扉を叩く音。

 誰だろ? 洋子ボク達がここに住むって決めたのは今日だから、知ってる人間はそんなにいないはずなのに。そう思いながら玄関に向かい、扉を開ける。


「ワオ! バス停のキミ、会いたかったデス!」


 扉を開けた瞬間に、金髪巨乳眼鏡白衣なお姉さんに抱き着かれるように押し倒された。

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