ボクは決意する

「何あれ何あれ何あれ!」


 洋子ボクは言いながら廊下を進む。

 言うまでもない。さっきの喧嘩の裁定だ。明らかに後藤の方が先に手を出したのにこっちのハンターランクが落ちて、後藤達は御咎めなし。そんなの納得いかない!


「あー、もう! こうなったら生徒会に直接抗議だ! 明日にでも――」

「犬塚さん犬塚さん!」


 大声で叫ぶ洋子ボクに聞こえてくる声。紀子ちゃんだ。洋子ボクにだけ聞こえるようにすぼめた声で、こっちに来るようにと手招きしている。


「ちょうどよかった。話があるんだ。風紀委員の件なんだけど」

「はい。その風紀委員の件でお話があります」


 うん? 何やら言いにくそうな顔で紀子ちゃんは言葉を切りだした。

 同じ風紀委員の話なんだけど、何やら違う気がする。きちんと確認した方あいいかも?


「んー。ボクは風紀委員の裁定に納得いかないって話なんだけど?」

「はい。犬塚さんが風起委員と言い争ったという話ですね。自分だけランクが下がるのは納得いかない、と」

「うん! だってハンターランクが高い人間は何してもいいとか間違ってるよ!」

「しっ! ……そんな事、他のハンターさんに聞かれたら大ごとですぅ」


 指に口を当てて、声を押さえろとジェスチャーする紀子ちゃん。


「は? あの、マジで言ってる?」

「おおマジですぅ。っていうかなんで犬塚さんハンターなのに知らないんですか? 『ハンター権』の事」


 転生したばかりだから、とは口が裂けても言えないし言っても信じてもらえるわけもない。


「ごめんごめん。ちょっとボケてて。ゾンビウィルスの影響かな?」

「はあ……」


 誤魔化すには苦しいかな、とは思ったけど笑顔で押し切る。


「まあ、犬塚さんが能天気なのはいつもの事ですけど、今の風紀委員とハンターに逆らうのは危険ですよぉ。注意してくださいねぇ」

「ちょっと! ボクがノーテンキとか聞き捨てならないんだけど!」

「バス停もってゾンビに挑んだりする人は普通とは言えないと思うんですけどぉ」


 むぅ。納得はいかないが誤魔化せたようである。


「確かに犬塚さんみたいに『ハンター権』に異を唱える人はいますけど、あそこまで露骨に逆らうのは危険すぎますぅ」

「あー。そうなんだ。そんなに危険なの?」

「当たり前ですぅ! ハンターがゾンビを狩って得るゾンビウィルスが染みついたモノを使うことで、学園のインフラは成り立っているんですよぉ!」


 ――そう言えばそんな設定だったなぁ、と僕は思い出す。

 ゾンビウィルスは死体を動かすほどの能力を持っている。曰く『細胞の能力を最大限まで引き出す』ことが出来るとかなんとか。それを活用することで、短期間で作物を作り出したり、生物の発電機構を利用して電力を生みだしたりできるという。

 なんだよそのトンデモ設定。そうやって笑い飛ばしていたけど……。


「ハンターに逆らうと言う事は、そのインフラを断たれても仕方ないんですぅ」

「いや、そうなんだけどさ。でも流石にやり過ぎじゃない? ハンターランクで人間の上下が決まるとかさすがに馬鹿すぎr――」

「最初はみんなそう言ってましたけどぉ、冗談じゃないってこの前証明されたじゃないですか」

「この前?」

「この前の学園内ゾンビ大量発生事件ですぅ! ハンターさん達が学園を守ることを放棄して、学校内までゾンビが押し寄せてきた時ですよぉ!」


 あー、サービス終了時のヤケクソイベント!

 サービス終了前最後の一か月。これまで平和な場所だった学園内にもゾンビが発生したのだ。告知したのがイベント開始2分前。マイルームから出た瞬間に死にかけたりと、なかなか味のあるイベントだった。いや、ホントヤケクソにもほどがあるイベントだったけど!


「あの時、皆は部屋に籠って怯えて暮らしてたんですぅ。破壊されるかもってぐらいに扉を叩かれて、本当に怖かったんですからぁ!」

「うんうん。あの時は本当にヤバかった」


 狭い学校の廊下にゾンビが溢れて、進むだけでも大変だったのだ。

 ……ってことは、僕が転生した世界は運営がサービス終了した後の『AoD』の世界なのか。紀子ちゃんの話から察するに、それから一か月も経っていない感じなのかな?


「ハンターさん達がゾンビを駆除して何とか平和になりましたけどぉ、その後に脅すように『ハンターに逆らうとこうなる』って言われれば……誰も逆らえませんよぉ」

「…………成程」


 そりゃそうか、と僕は納得する。

 つまり、ハンターの権利とか謳ってるけど、要するに脅しなのだ。死ぬかゾンビになりたくなければ、ハンターの言う事を聞けと。そして実際に身をもってその恐怖を感じたので、逆らう気力は失われたのだ。


「メンドクサイなぁ! 誰だよそんなこと言い出したのは!」

氷華ひょうか学園の神原かんばら刹那せつなさんですぅ。クラン【ナンバーズ】の代表者ですぅ」

「【ナンバーズ】?」

「なんで知らないんですかぁ! ハンターランク50超えのハンターのみが入る事の出来るクランですよぉ! 六学園内でも最強のハンター集団ですぅ!」


 クラン。他のゲームでいうところのギルドだ。紀子ちゃんの話を聞くに、レベル制限を設けた戦闘に特化したクランのようだ。ハンターランク50超えとか……運営終了時の最大レベル近くだ。

 …………ん? でもその名前って……?


「ねえ、その神原刹那って――身長180センチで迷彩ヘルメットにガスマスクを付けて、銃は『H&K MP7』。迷彩服に迷彩ブーツつけた高校三年生で、性格は『冷静』とか?」

「……えーと、その特徴に合致する人です。でも氷華学園の人はおおよそそんな感じですけどぉ」

「だよねぇ……」


 この『AoDゲーム』は突き詰めるとそれが最強になる。これに高性能のレーダーを持った人と、ライフルによる超遠距離射撃が出来る人間を加えればほぼ完ぺきだ。

 いや、それはまあ仕様なのでいい。問題なのは――


(神原・刹那。……聞いたことあると思ったら、それって僕の2ndキャラじゃないか! 言われてみたらそんな名前のクラン作ったよ!)


 思わず頭を抱えそうになった。何やってるの僕のキャラ!?


「うん。えーと……とにかく、それが原因で今はハンター様ばんざーい状態になっていると」

「はい。学園内の暴力禁止といった校則が優先されるのは確かですぅ。風紀委員が止めに入ったのはそれが理由ですからぁ。

 ですが、ハンターを強く咎めることはもうできません。あからさまな行為はああやって止めれますけどぉ、目に見えない所ではどうしようもなく。泣き寝入りする人もいるようですぅ」

「駄目じゃん!」

「でも、誰も逆らうことなんてできません。ハンターに逆らえば……」


 紀子ちゃんの声には、恐怖と諦念が含まれていた。おそらくこれがハンターではない生徒の総意なのだろう。ハンターは怖いけど、死ぬよりましだ。


「……つまり、高いハンターランクの意見には逆らうな、っていうんだね」

「? はい、そうですぅ。なのでランク0の犬塚さんはしばらくはおとなしくしていた方が――」

「逆だよ! むしろハンターランクをあげてそんなバカげたことする輩を押さつける! っていうかそんな権利は撤廃しないと!」


 が、っと拳を握り叫ぶ洋子ボク/僕。


「き、危険ですよぉ! 犬塚さんは今ハンターランク0なんでしょう!?」

「ふっふっふ。このボクを舐めてくれたことを後悔させてやるよ。ゾンビをたくさん狩って、すぐにランクを上げてやるからね!」

「話を聞いてくださいよぉ! 無茶な狩りをしたら死んじゃいますぅ!」

「安心してよ、紀子ちゃん! ボクがバス停を振るえば、すぐにランクなんか上がる。大船に乗った気分で待っててよ!」

「……その船、ヒンデンブルクとか言いません?」


 なんだか失礼なことを言われている気がするけど、気にしない!

 よーし、ガンガン狩ってやるからね!

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