ボクのランク上げ開始

 逢魔が時。日が暮れて、夜となるこの時間。

 ハンターたちはこの時間に狩りに出る。夜がゾンビたちが活性化するからだ。何故だかは解っていない。太陽光とゾンビウィルスの関係か、視力が低下しているゆえの行動か、はたまた生前の修正か。


(身もふたもないこと言っちゃうと、『AoDゲーム』の戦闘フィールドは全部夜だからね)


 グラフィッカーが少なかったのか、全戦場において、空は変わり映えしない黒一色であった。あとは月と十数個の星ぐらいである。

 ともあれ、夜にゾンビハンターたちが出かけ、ゾンビを狩る。その通例に従うように、洋子ボクも外に出た。


「ランク0だから……行けるのは『学園周辺』と『橘花駅』の入り口までか」


 ハンターランクにより、ハンターが活動できる範囲が決まっている。範囲外に行こうとすると、学園から通信が入って自動操縦で戻っていくことになる。スマホに登録されたGPSを学校が管理している形だ。


「そんじゃ、気合を入れてランク上げだー!」


 バス停を抱え上げ、気合を入れる洋子ボク

 意気揚々と校門に近づき、生徒であることを示すカードを門にあるパネルに当てる。電子音が鳴り、ゾンビ防止用に鉄条網がつけられた重い校門がゆっくりと開いた。ゾンビのいる場所特有の、血錆に似た匂いが鼻を突く。

 僕にはない洋子ボクの記憶。それがこの脅威を教えてくれる。


「……行くよ!」


 マフラーを首元から回転させるように舞わせて口元を覆い、バス停を肩に担いで歩き出す。そのまま校門近くにたむろするゾンビたちに向かって走り出した。


(数は5体。あんなの楽勝楽勝!)


 呼吸の度にマフラーを通してゾンビウィルスの含んだ空気が肺の中に入ってくる。マフラーによるフィルターがあるとはいえ、ガスマスクなどに比べれば防護率は低い。ダッシュしていれば、なおの事多くの空気を吸い込み、ゾンビウィルス感染率が上がっていく。


(現在3%。速攻あるのみ!)


 一気にバス停が届く間合まで近づき、全力で振るう。狙うはゾンビの首。一撃で首を断ち、返すバス停で肩を薙ぐ。ゾンビにも脳みそがある以上、首を切断されれば胴体は動かなくなる。――少なくとも、体の方は。


「その首貰った!」


 言葉と共にバス停を振るう。ゾンビの首が飛び、右肩が裂かれた。血しぶきが飛び、脳を失ったソンビが脱力するように一瞬動きを止める。


「いえい、クリティカル!」


 バス停を振るった勢いで、ブレードマフラーを回転させる。マフラーに仕込まれた鋼線が宙を舞うゾンビの顔を薙ぎ、眼球を切り裂いた。それがトドメとなったのか、首も動かなくなる。

 接近して一秒足らず。しかし足を止めずに次のゾンビに向かう。


「ガンガン行くよ! ボクは何時だって絶好調!」


 一歩踏み込めば、すぐそこに別のゾンビ。判断が一瞬遅れれば、防具の薄さもあって致命的なダメージを負う。洋子ボクの装備はそういう装備だ。実際、昨日の戦いはそれで後れを取った。

 だけど逆に言えば、判断を誤らなければ問題ないという事だ!


「もういっちょクリティカル! そんな攻撃なんか喰らわないよ!」


 ゾンビが攻撃に移る間合。そのモーション。その全てを僕は知っている。

 生前のボクのゲーム知識と、洋子ボクの肉体能力。それが重なればこの程度のゾンビなど相手にならない。

 脳内で自分がどう動くかの動線を生み出し、それに沿うように動く。地面を滑るようなすり足。踏み込むと同時に動く腕と刃。バス停と翻るマフラーがゾンビの活動を止めていく。


「ほい、完了!」


 どう、と倒れる最後のゾンビ。洋子ボクはマフラーを回転させてポーズをとった。どうよ!


「さて回収回収! うわー。現実リアルだとグロイよなー、これ」


 倒れたゾンビから『血液』や『ゾンビ細胞』などを回収する。前も言ったけど、これらを集めて生徒会に提出すれば、ハンターランクが上がるのだ。

 そしてそのドロップ率はソンビをどう倒したかで上下する。火炎放射器やバズーカで全身を破壊するように壊せば低くなり、ライフルのヘッドショットなどで体の原型を留めれば、高くなる。


「わぉ。レアもの『ゾンビ心臓』だ!」


『まだ動いているゾンビの心臓。ゾンビウィルスのすばらしさを感じさせる』……そんなテキストのドロップアイテムだ。どくどく脈打っているのは見ていて気持ち悪いけど、これで一気にランクが上がるぞー!


「一気にレベルを上げて、あいつ等を脅かしてやる。見てろよー」


 にしし、と笑う洋子ボク。この調子でドロップすれば、ハンターランクなんてすぐにあがる。

 感染率もまだ4%弱。全然余裕だ。洋子ボクは次のゾンビたちを探しに走り出す。


「次のゾンビは――おわぁ!?」


 次の相手を探して角を曲がった洋子ボクは、いきなり飛んできた銃弾に慌てて退いた。何事と思って鏡を使って角の向こうを見る。

 そこには橘花学園の制服を着たゾンビがいた。拳銃と布マスク。


(あー……初期装備でゾンビに挑んで死んだ生徒pcか)


 このゲームは死亡したキャラクターはゾンビとなって彷徨う仕様になっている。

 もうサービスは終わっているので元の世界の『AoD』では新しいプレイヤー登録がないはずだけど、そんなことは無関係なのだろう。サービスが終わっても、ゲーム世界では時間が流れて、新しいゾンビハンターが生まれて、そして……。


「うぷ……気分わるぃ……」


 元人間だったゾンビ。顔も名前も知らないけど、それが自分の身近な人間だったと言うショック。それが洋子ボクの心を揺さぶる。――ゲーム的にはゾンビウィルス感染率が、跳ね上がった。


(『ひとでなし』とか『冷徹』な性格だったら、このショックはないんだろうけど……)


 腰に下げたアイテムボックスから『ジュース』を取り出し、マフラーの隙間から口に含む。気分をリフレッシュして、武器を構えた。


「たんたかたーん! ボクの登場だよ!」


 声を出して、ゾンビの気を引く。ぎこちない動きでこちらに向く銃口。引き金が引かれるタイミングで、洋子ボクはバス停を盾にして弾丸を弾く。そのまま一気に懐にもぐりこんだ。


「やっほー! すぐに終わらせるからねっ!」


 銃を持ったものは、近接武器に構えなおすまで近づかれた相手に攻撃できない。

 だからこの距離まで迫れば、洋子ボクの勝ちは確定だった。生徒ゾンビが銃を落として素手への攻撃に移行する前に、その場で背骨を軸に回転するように体を動かす。

 振るわれたバス停。そしてブレードマフラー。それが生徒ゾンビの身体を切り裂いた。


「流石にまだ倒れないか!」


 だが、ハンターとして訓練を受けていた生徒の肉体は頑丈だった。銃を捨て、腕を振り上げて洋子ボクに迫る。回避は間に合わない。

 一撃受ければ、激情値の確率で性格に応じたパニックを起こしてしまう。『お調子者』の場合は、『超弱気』だ。腰が抜けた姿勢になり、攻撃も移動もままならない虚脱状態になる。


「そんなのごめんだね! ボクは何時だってカワイカッコいいんだから!」


 僕はゾンビの動きを見て、適切なタイミングでバス停を振るう。

 攻撃に合わせた攻撃。近接武器に許された攻撃回避法。――切り払い。タイミングさえ合えば、相手の攻撃を弾いて一瞬硬直させることが出来る。

 当然、切り払いに使用した武器は振りかぶった後なので使えないが――


「ボクにはコッチの刃もあるんだよ!」


 体を大きくひねって回転する洋子ボク。その動きを追うようにブレードマフラーが振るわれる。洋子ボクの動きに合わせた追撃武器。それが生徒ゾンビの喉を裂く。


「オ、ゴァ……!」


 崩れ行く生徒ゾンビ。

 その表情は苦しみから解放されたかのように穏やかなものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る