ボクとMPK(あくい)

「さてと、ボクも寮に帰って寝るか!」


 福子ちゃんを送った後に、駅から学園への道を進む洋子ボク。ゾンビ犬やゾンビカラスを適度に相手しながら、鼻歌交じりで帰路につく。


「おい、犬塚」

「ん?」


 そんな洋子ボクに声をかけてくる後藤。声をかけた後で何を言おうか迷っているのか、所在なく周囲を見回している。


「何? 用がないなら帰るけど」


 あっても聞く耳もたないから帰るけどね。そんなことを思いながら通り抜けようとするけど、体を割り込ませるようにして道を塞いでくる。


「待てって言ってるだろうが。さっきのことで話が――」

「『金晶石』なら売らないよ。っていうか自分らでとってくればいいじゃない。『SVLK-14Sスムラク』あるんだしさ」


 あれだけの課金アイテムそうびがあるなら、チェンソーザメは問題ないだろう。僕なら独力ソロでも余裕だ。


「あ、ああ……。いや、そうじゃなくて!」

「じゃあ何? 悪いけど早く帰って寝たいんだから」

「ええとだなぁ……! とにかく話があるんだ!」


 語気を強める後藤。だけど肝心の話とやらには全く進行しない。何なの、コイツ。


「そうだ! 今謝るんならお前を十条さんに紹介してやってもいいぞ。いい武器を買ってもらえるかもしれないぜ」

「あやまるぅ? あんなヤツこっちから願い下げだよ。だいたい武器で釣られるなんて後藤おまえも情けないと思わないのかい?」

「こ、これはあくまで手付としてだな! オレの実力を見出して、【ナンバーズ】に紹介してくれるっていうから!」


 ナンバーズ。

 その名前を聞いて、僕の頭が冷えた。後藤のたわごとは無視してやろうと思っていたけど、そうもいかなくなる。


「【ナンバーズ】に紹介?」

「へっ、お前程度のハンターでもこの名前は知っているか。

 六学園中最強のハンタークラン。超実力主義の学園の希望。先の『本土突撃海戦』『リバースバベル』『ナイトオブドーン』でも目まぐるしい活躍を遂げたあの【ナンバーズ】! この学園のハンターで名前を知らない奴なんていないだろうな!」


 名前どころか、後藤の上げた戦いイベント全て知ってます。2ndキャラで経験しています。っていうか2ndキャラがそのクラン代表です。……などとは流石に言えないけど。

 にしても、


「へ? あの十条っていうのが【ナンバーズ】の一員なの?」

「ああ。あの装備の豪華さを見れば、納得もできるぜ」


 …………うーん。あんなゴテゴテ課金野郎、いたっけなぁ? あそこまでの奴だったら、覚えて居そうなんだけど……?


「ねえ、もしかしてそいつ――」

「――っと」


 何かを言おうとする洋子ボクだが、後藤は懐からアイテムを取り出し、自分に振りかける。


「ソンビパウダー?」


 鼻腔をくすぐる匂い。それはゾンビと同じ匂いを発するパウダーだ。ゾンビに狙われていない状態なら、ゾンビにターゲットにされることがなくなるアイテムだ。

 主にエリア間でザコ的との戦闘回避に使われるアイテムで、目的地まで移動する際に非常に役立つアイテムである。何せ銃には弾丸があり、戦闘の度に弾丸が減るので目的に血に着いた頃には弾丸が尽きていた、という事もあるのだ。

 まあ、洋子ボクのような近接武器使いにはあまり必要がないけどね!


「おら退けぇ!」


 突如洋子ボクの横を走り抜けるハンター。……? どこかで見た軍服だ。確か十条とかいう男と一緒に居た……ような。違う人のような?

 だがその次の瞬間――犬の咆哮が響いた。ゾンビ犬かー、と振り向けば。


「って、うわああああ! 何この数!?」


 軍服が逃げてきた方向。そこから大量のゾンビ犬とゾンビカラスが走ってきていた。おそらくあの坊さんを追いかけてきたのだろう。そして当の軍服は既に気配を消していた。――<光学迷彩服>……あの軍服は姿を消す課金アイテムだ。ゾンビからも身を隠せる優れモノだ。

 となれば、この大量のゾンビ犬とカラスは誰を狙うのか? ゾンビパウダーでゾンビに狙われないようにしている後藤はターゲット対象にならず……。


「ちょ、ボクかよ!? っていうかMPKじゃないかこれ!」


 20を超えるゾンビ犬とゾンビカラスは一斉に洋子ボクに襲い掛かってくる。

 MPK――モンスター・プレイヤー・キラー。別名、モンスタートレイン。大量のアクティブモンスターを引き連れて、ターゲットから逃れることで特定のキャラを殺す行為だ。

 現実のゲームなら言うまでもなく迷惑行為で、通報されても文句は言えないだ。ただし通報するにせよ、生きて逃げなければならず――


「おおっと」


 洋子ボクの逃げ道を遮るように、後藤が移動した。僅かに迂回すれば通れる程度の通せんぼ。だけどその『僅か』があればソンビ犬たちは洋子ボクを包囲できる。


「後藤!? これ流石に――」

「すまん。つい。逃げようと思ったけど、ゾンビパウダー使ってたこと忘れてて」


 つい、じゃないよ!?

 あくまで自分はMPKには無関係。逃げようとして偶然足止めしてしまった。そのスタンスで行くようだ。このやろー!


「ああ、もう!」


 洋子ボクはバス停を構え、ゾンビ犬とゾンビガラスに立ち向かう。


(回避するスペースを確保しながら、倒していかなくちゃ! 完全に囲まれたらアウトだよ!)


 とにかく動き回って、逃げるスペースを確保する。そうしながら、一匹ずつ片付けなくちゃならない。

 絶え間なく武器を振るってゾンビ犬を傷つける。あともう少しで止めを刺せるけど、背後に回られそうになったので慌てて地面を転がるようにして移動する。


「うひゃああ!」


 ごろん。アスファルトで制服が汚れるけど、そんなことを気にしている余裕はない。少しでも動きが遅れれば致命的に身動きが取れなくなるのだ。

 アクロバティックに移動しながら距離を取る。それでいてゾンビから離れすぎないように自分の距離を保ちながら、攻撃に適した足場を確保する。

 攻撃よりも回避。そして囲まれないこと! 駅周辺の地形を頭の中に思い浮かべ、とにかく動き回らなくちゃ!


「まあ、でも――!」


 状況は、詰みじゃない。

 この程度の集団なら何度も潜り抜けてきた。これ以上のゾンビハウスは先のエリアでいくらでもある。

 バス停を振るってゾンビ犬を倒していくにつれ、危険度は減っていく。三匹倒せば余裕が生まれ、五匹倒すころには鼻歌を歌う余裕さえ出てくる。


「ボクにかかればどうという事はないね!」


 くるくるとバス停を回し、肩に担ぐ。

 二〇そこらのゾンビ犬とゾンビカラスじゃ、洋子ボクの相手にならないのさ!


「さーて、どういうことか教えてもらお――って、もういない!」


 後藤にいろいろ問い詰めようとするが、いつの間にか後藤の姿は消え去っていた。洋子ボクの活躍を見て、これは駄目だと判断したか。

 まったく、洋子ボクをどうにかしようとするなら、あの三倍はもってきてもらわなくちゃね!


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ――あの後、生徒会にMPKのことを報告したけど、軍服と後藤との関係性が判明しないため、不問となった。

 あの軍人と後藤がグルである、という証明が出来なかったのだ。僕からすれば明白なんだけど、第三者からすれば疑わしいけど確証はない、という事らしい。

 ……まあ、例の『ハンター権』がらみで、ランクが上のハンターは処罰しずらいという雰囲気があったのは否めない。それこそ証拠も何もない僕の憶測なんだけど。

 そもそもMPKは悪意の有無が判断しずらい所がある。

 あの軍人も、もしかしたら本当にゾンビに追われて已む無く逃げた、という可能性もあるのだ。意図的にゾンビを多数集め、こちらに向かわせたという証明は証言者を見つけないと難しい。


「うーん……。厄介なことにならないといいけど」


 ゾンビを相手するならともかく、同じハンター同士で足を引っ張り合うとか――


「まさしく『AoD』そのままじゃん。ああ、もうやだなあ」


 黎明期より、MMOは人間同士のトラブルがややこしいのであった。

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