ボクらはサファイア号に向かう

「てなことが帰りにあったんだけど」

「酷いですわ!」


 昨日のMPKの事を離すと、福子ちゃんは怒りの声をあげた。

 橘花駅から電車で二駅。湾岸センターで降りてすぐの会話だ。

 この区域にはゾンビはいない。そのせいもあってか、ベンチで談笑する生徒がちらほら見えた。そういった人達が声に反応してこちらを振り向くが、すぐに自分達の世界に戻る。りあじゅうばくはしろ。

 まあそれはともかく、サファイヤ号までの道すがら、話題を求めて口に出たのが昨日のMPKの話だった。


「ハンターの風上にも置けません! そんな人たちは即刻通報して、しかるべき処分を――!」

「通報はしたんだけど、疑わしきは罰せずな感じだったね」

「なんでですか!?」


 洋子ボクは憶測も含めて昨日の生徒会の反応を説明する。僕としては終わった事なので、軽く流したいんだけど……。


「納得いきません!」


 福子ちゃんの反応は、その一言に集約された。


「疑わしきは罰せず、で許されるのならどんなことでも許されますわ! 法を司るからこそ慎重な判断をするのは致し方ありませんけど、今回は明らかじゃないですか!」

「でも第三者からすれば難しいんだって」

「……やはり高ランクハンターが優遇されている、と言う事ですか?」


 福子ちゃんも、最近のハンターの扱いには色々思う所があるようだ。


「かもね。特にあの十条は課金アイテム……ええと、特権階級的な高級装備を購入しているからさらにそういう事もあるんじゃないのかな?」

「ですがこれは殺人行為です! 下手をすれば、ヨーコ先輩はゾンビになっていたかもしれないんですよ!」


 瞳に涙を込めて、福子ちゃんが洋子ボクの服を掴む。

 掴んだ場所から感じる振動。見ると、福子ちゃんは怯えるように小さく体を震わせていた。


「……そんなことになったら、もう私は立ち上がれません」

「ごめん。ちょっと軽薄過ぎた」


 そうだ。彼女は過去に大事な人がゾンビ化したという喪失を経験しているんだった。そんな彼女からすれば、昨日のMPKは悪質だった、でしたですましていい話ではない。


「先輩の実力は信じています。ですけど……」

「うんうん、ありがとう。

 とにかく言いたいのは、今度同じことが起きたらその時は証拠をつかみたいんで協力してほしいんだ。証人に立ってくれるとかそんなのでいい」


 複数名の証言があれば、無視もできないだろう。少なくとも注意喚起ぐらいはされるはずだ。最悪、MPKの噂が流れてくれればいい。


「もちろんです! というか、同じことを相手にしても――」

「だめだめ。そんな事、福子ちゃんにさせられない。あんな奴らと同じレベルに落ちないで」

「う……。はい、そうですね。貴族は気高く、です」

「それ、カミラさんって人の言葉?」

「はい。カミラお姉様シュヴェスターはハンターは常に気高くあれ、と言ってました!」


 言って胸に手を当てて微笑む福子ちゃん。


「そっか。そう言えばどんな人だったの?」

「まさにカミラお姉様は美の現身。天の川ミルヒシュトラーセのような金髪。美の女神を思わせる白い肌。彫刻のような顔立ち。黒のドレスを優雅に着こなす気品さ。ああ、正に理想の――」

「うん、それは前も聞いたかな」


 うはー、久しぶりの中二病発動だー。


「福子ちゃんのハンターの先生的な立場だった?」

「先生……というよりはパートナー的な立場でした。眷属を使う私のフォローをしてくれて」


 まだカミラさんが生きていた時のことを思い出したのか、少ししんみりとする。

 死を乗り越えたわけではないが、ある程度は昇華したようだ。それを見て安堵する。


「実際に眷属使役テイマーの事を教えていただいたのは、実はヨーコ先輩が初めてです。

 あの激しさ、なかなか忘れられませんわ……」

「訓練のハードさの事だよねっ!? だよね!?」


 特訓後に色々あったので、必死に訂正を求める僕。

 あの夜手は出さなかった……はずっ!


「え? そうですけど……あのそれ以外にどんな理由が?」

「なんでもないっ! 福子ちゃんが主語を抜くから確認しただけっ!」

「はあ……。ともあれ今日その成果を見せる時ですわ」


 言ってポーズをとる福子ちゃん。うんうん、頑張ったものなぁ。

 前にも述べたが、サファイヤ号攻略はハンターランク15を超えた方が望ましい。15を超えた時点で支給されるアイテム量が増え、それを使う方が楽に攻略できるからだ。

 でも僕はそれを望まなかった。縛りプレイとかそんな理由ではない。


「ですけど、ランク十代のハンター二人で『金晶石』をゲットして、ハンターランク至上主義の流れに一石を投じる。……上手くいくのでしょうか?」


 そう。この戦いはハンターランク至上主義者の鼻を明かす戦いでもある。

 低ランクのハンターでもここまで出来るのだ、という事を示しランク上位者が胡坐をかいでいる権力を揺り動かすのが目的だ。


「それはボク等がチェンソーザメを倒せないかも、っていう懸念?」

「まさか! 私は先輩を信じていますし、訓練を信じています! その事に一点の疑いもありません。

 問題なのは、この事で上位ランク者が揺らぐかどうかと……」


 福子ちゃんの懸念は、当然だ。僕もこれで上位ランク者が頭を下げるなんて思わない。


「うん。これ一回じゃダメだろうね。

 でも似たことを何度も繰り返して実績を重ねれば『ハンターランクってあまり大したことないんじゃないか?』って思う人達も増えてくると思う」


 要は洋子ボクらは旗になればいいのだ。低ランククリアを目指すことで、ハンターランクが絶対ではないと言う事を示す旗に。

 そう思う人が増えれば。そしてそれがおかしいという声が増えていけば、いつかは。


「まー、先は長いかな。正直、ボクはそう言う事は気にせずにガンガン狩りたいんだけど」

「そうなんですか?」

「そうさ! マフラーをたなびかせて、バス停を振るうボク! カッコイイボクがゾンビ達を無双していく! くぅあああああああ! ボクカッコイイ!」

「……時々、先輩はナルシスト方向に暴走しますよね」


 呆れたのか肩をすくめる福子ちゃん。


「むぅ、納得いかない。無双って誰もが憧れるじゃん。ラノベとかでも神様からチート貰って異世界無双! とか」

「そういうジャンルがあるのは知ってます。興味はありませんけど」

「中二病だからそういうのは好きだと思ったのに……」

「私、漫画派なんです」

「ふーん。ちな、どんなの読むの?」


 その後は、とりとめのない週刊誌の漫画の話に移り、海路がゾンビで遮断されてるから電子書籍じゃないと最新のマンガが見れなくて辛い、とかそういう話になる。


「……そう言えば、日本本土との連絡船はまだ復活しないみたいですね」

「んー。ギガクラーケン倒さないと無理なんじゃないかな?」

「ぎがくらーけん?」

「海を封鎖してるゾンビの事だよ。20本近い足を生やした巨大イカ。サファイア号もそれに真っ二つに折られたんだって」


AoDゲーム』では『オウガ』のような定期的に沸くボスゾンビではなく、期間限定のレイドボスだった。超巨大なイカゾンビを相手にかなりのハンター達が挑み……かなりのPCがゾンビ化したなぁ。あのイベント。


「もしかして数か月前の『本土突撃海戦』の話……? あれはかなり厳選されたハンターのみの極秘作戦とききましたけど、なんでその内容を知っているんですか?」

「あははー。まあ蛇の道は蛇ってことで」


 なおレイド参加条件はハンターランク30以上で、参加すらできないハンターもたくさんいたとか。福子ちゃんが知らないのも無理はない。

 僕も2ndで参加してたから知っているだけにすぎない。洋子ボクとしては未知の相手だ。


「あ、見えてきた」


 そのギガクラーケンに真っ二つに折られたサファイア号が見えてくる。島の岩礁に投げ捨てられ、上下ぐちゃぐちゃになった船。その中には、かつて船に乗って脱出しようとした人達がゾンビ化しているという。


「ここから先はゾンビが出てくるから、気を付けてね」

「はい。先輩が暇になるぐらいに殲滅してみせます」

「あはははは。じゃあ競争だ!」


 言って洋子ボクらはサファイヤ号に向かって走り出す。

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