ボクと鬼(オウガ)戦、開始!

 さて、状況の確認だ。

 現状視認できるゾンビは7体。『オウガ』と、生徒ゾンビが六体だ。生徒ゾンビの装備は拳銃を持った中距離系。挙動を読むのは難しくない。


(数は多いけど、連携を取るわけじゃない。一定の距離まで近づいて撃つ。それだけの単純思考ルーチン!)


 ゾンビ化した生徒の動きは、基本単純だ。音を立てた者や動く者に近づいて、武器の範囲に入ったら攻撃。洋子ボクがわざと声をあげたのは、アーデルちゃんへの攻撃を減らすためだ。

 え、ポーズを決める必要? だってカッコいいじゃん!


「さあ、鬼退治鬼退治!」


 とにかく目立ってゾンビたちを引き付け、アーデルちゃんの眷属を使う隙を作る。これが前衛の役目なのさ!

 もちろん、引き付けるだけじゃ終わらないよ!


「体が大きいと、当てやすいね!」


 振り上げた腕の死角に回るように移動し、バス停を振るう。分厚い皮膚を裂く感覚。『オウガ』からすればかすり傷だろう。特に気にした様子はない。


「ほーら、こっちこっち!」


 足を止めず、『オウガ』の周りを回るように移動しながら攻撃を重ねていく洋子ボク。生徒ゾンビの位置を確認し、銃の射線に入りそうなら身をかわす。


「彼方より来る夜の帳。永遠の闇から這いずるモノよ。滅びの契約を果たし給え――!」


 耳に届く声。アーデルちゃんの攻撃予備動作だ。

 うーん、中二病はいってる!


疾風をここにシュタイフェ・ブリーゼ!」


 飛来するコウモリ。それが洋子ボクを狙っていた生徒ゾンビ三体を襲う。


「アアアアアアア!」


 襲われた生徒ゾンビはもっている拳銃でコウモリを撃つ。傷つく眷属に動揺したのか、アーデルちゃんの顔がわずかに歪んだ。近くにある柱に手をついて、肩で息をする。


「無理しないでいいから! この程度ならボク一人で何とかなるよ!」

「そういうわけにはいきませんわ。『吸血妃ヴァンピーア・アーデル』として、恥じぬ態度をとらなくてはなりません!」


 洋子ボクの声に毅然とした態度で答えるアーデルちゃん。でも精神的動揺によりウィルス感染率が進んでいるのは明白だ。


(防御用にコウモリ残しているみたいだし。直接ゾンビに攻撃されない限りは大丈夫かな?)


 そう結論付けて、洋子ボクは『オウガ』に向き直る。こっちもこっちで気は抜けない。

 何せ『オウガ』の攻撃を受ければ一発で瓦解しかねないのだ。周りの生徒の銃弾を受けて、足を止めたところを『オウガ』に殴られる。そんなパターンもある。


「貴方こそ、気を付けなさい!」

「あいあい! ま、ボクに限ってそんな間抜けはないけどね!」


 振るわれるコンクリートの柱をバックステップで回避し、大ぶりの隙をつくように距離を詰める。体制が崩れた『オウガ』の角めがけてバス停を叩き込み、そのまま横を通り抜けるようにしてブレードマフラーで『オウガ』の顔を傷つけた。


「ルゴアアアアアアアアアア!」


 痛みを感じないゾンビだが、度重なる洋子ボクの攻撃に苛立ったのか咆哮をあげた。地団駄を踏んで床を壊し、コンクリート片を次々と投げつけてくる。


「鬼さんこちらーっと!」


 だがその攻撃を知っている僕からすれば、それを避けるのは難しくない。三回中型の欠片を投げて、最後に両手で巨大なコンクリート片を投げつける。それさえ分かっていれば、その後に攻撃に転ずることもできる。


「ちょいさー!」


 大コンクリート片がどこかにぶつかる衝撃音。それがフロアに響く時には、洋子ボクは『オウガ』に切りかかっていた。大ぶり攻撃の後は連撃のチャンス! ここぞとばかりに武器を振るい、傷を重ねていく。


「そろそろ囲まれそう……っとナイス!」


 洋子ボクに近づこうとする生徒ゾンビ。その包囲網が狭まりそうになるまえに、アーデルちゃんのコウモリがその生徒ゾンビに襲い掛かる。その数は先ほどよりも少ない。何匹かは拳銃に撃たれ、戦闘不能になっている。


(眷属の戦闘不能は、結構感染率に影響するから……そろそろ抗ゾンビ薬を飲んだ方がいいかも)


 ゾンビウィルス感染率は、肉体的にゾンビに傷つけられるほかに、精神的に動揺すると上昇する。『AoDゲーム』設定では、動揺することで抵抗力が弱まるとかなんとか。わけわかんないけど、まあそう言う事だそうだ。


「それより先に、ボクが倒してしまえばいっか!」


 アーデルちゃんの様子を一瞬伺い、まだ何とかなると判断して『オウガ』に向き直る。だいぶダメージは重ねた。『鬼の角』も落としたし、後は倒すだけだ。単純動作の大振りボスなんか、よほどのことがない限り僕の敵じゃない。このまま一気に――


「カミラお姉様……!」


 アーデルちゃんの声。ドイツ語を使わない、素の叫び。

 見れば、コウモリの翼を生やした生徒ゾンビが、ゆっくりとアーデルちゃんの方に向かっていた。アーデルちゃんの対になるような眼帯付きの牙マスク。手には血まみれのサーベルを持っている。

 アーデルちゃんの顔は青ざめ、防御用に待機させていた眷属コウモリを動かす様子もない。『親しい人のゾンビ化を見た』事による精神錯乱パニック状態だ。呆けるアーデルちゃんに生徒ゾンビは持っていたサーベルを振り下ろす。


「あ……!」


 鮮血が舞い、崩れ落ちるアーデルちゃん。剣に付着していたゾンビウィルスが傷口から侵入し、感染率が一気に上がる。加えて大ダメージのショックで、体が思うように動かないようだ。

 まだソンビ化してはいないようだけど――


「カミラお姉様ぁ……」


 カミラと呼ばれた生徒ゾンビは容赦なくアーデルちゃんに向かう。もう動けない彼女を喰らうために。そうなればもうゾンビ化は避けられないだろう。感染率が100%を超えた状態での大ダメージ。生命が尽きると同時にゾンビとなる。

 ゾンビ化。それはこの『AoDゲーム』の仕様だ。ハンターになる以上、誰もがそうなる可能性がある。彼女も、それは覚悟しているはずだ。


『言っておくけど、貴方がやられそうになったら逃げるから。助けないわよ』


 アーデルちゃんは『オウガ』と戦う前にそう言った。

 それはハンターとして当然の行動。ゾンビになる数は少ないに越したことはない。

 だから洋子ボクがここで逃げても攻められない。

 だから僕が彼女を見捨てる選択をするのも、当然だ。


 当然のこと、なのに。


「うわああああああああああああん……!」


 聞こえてくる泣き声。


「あああああああああああああああ……!」


 そこに含まれる感情など知る由はない。死ぬことへの哀しみか。親しい人への慟哭か。仇をとれず尽きる後悔か。あるいはその全てか、またはそれ以外か。


「ひぃ、あああああああああああん……!」


 それを洋子ボク/僕は、聞いてしまった。


「――――――――っ」


 気が付けば、洋子ボクの体は動いていた。

 気が付けば、僕の思考は回っていた。

 彼女を助けるために。『オウガ』をもう少しで倒せるこの状況を捨てて、どうすれば助けられるかを考え、そして動いていた。

 思考展開。動線確認。敵の行動と時間予測完了。危険度、高し。成功率は――なんとかなる!


「――あらよっと!」


オウガ』の腕を足場にして、跳躍する。その際に足首をひねり、背骨を軸に右回転のひねりを加えた。

 ヤツの顔の位置まで飛びあがり、肩口を強く動かしてブレードマフラーを振るう。狙うは『オウガ』の目。マフラーの鋼線が瞼を裂き、眼球を傷つける。部位狙いクリティカルによる、器官不具合発生。


(ボスゾンビの再生能力を考えれば、スタン時間は五秒! その間に!)


 走る。一直線にアーデルちゃんの元に。途中、何名かの生徒ゾンビに撃たれるが、気にせずに走り抜ける。倒れそうになる足を無理やり動かした。


「バス停アターック!」


 そのまま走り抜け様にカミラの胴体にバス停を叩きつける。走って得たエネルギーを乗せて振りぬいた。手ごたえはあったが、倒すには至らない。カミラゾンビはこちらに振り向き、剣を横なぎに払う。


「ヤバッ!?」


 それをなんとかバス停で受け止めるが、矢次に剣を振るってこちらの防御を崩そうとする。<獣の血>のパワーもあって、じわじわと押されていく。

 そこに――『オウガ』が跳躍してくる! 眼球も再生し、こちらを見据えていた。怒りの気配をビンビン感じる。


「あ。これはキッツいかな……?」


 目の前には『オウガ』とパワータイプ近接武器のゾンビ。

 そして今だショックとダメージから立ち直れないアーデルちゃん。

 詰みじゃね? 僕の冷静な部分は、そう結論付けていた。

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