ボクvs鬼(オウガ)+コウモリ剣士!

 目の前にはパワー系のボスゾンビ『オウガ』と、生徒ゾンビのカミラ。

オウガ』の攻撃パターンは読みやすい。大ぶりな予備動作を知っていれば、前もって避けることは不可能ではない。


(問題は、。パワー系剣士とか、相性悪すぎだよ)


 生徒ゾンビの性能は、生前の生徒の能力に依存する。

 アーデルちゃんの言う通りなら、カミラとかいう剣士の能力は<獣の血><剣術熟練>あたりと思う。性格スキルまでは分からないけど、ゾンビ化したら性格のスキルは消失するので、今は考慮しない。

 両方とも近接で剣を振るうのに特化したスキル構成で、バス停の弱点を埋めるためにスピード&クリティカルに能力を割り振ったの洋子ボクとは別方向の近接型だ。

 型にはまれば強いカミラと、あらゆる状況に対応できるタイプの洋子ボク。そして今、カミラの型にはまっている状況なのだ。まともに切り合えば、押し負ける。


(こういう時は仕切り直すために距離を離すのがが基本なんだけど……)


 背後にいるであろうアーデルちゃんをちらりと見る。

 今洋子ボクが移動すれば、アーデルちゃんが狙われるだろう。


「ねえ、アーデルちゃん! 動ける!?」

「……うぇ……無理……無理ぃ……!」

「よし! 自分の状況が分かってるね! ならOKだ!」


 か細いアーデルちゃんの声に、洋子ボクは最悪の状況は避けれたと声を出す。この場合の『最悪』は、動けないのに動けると錯覚して無謀に特攻することだ。自分がどういう状態かわかっているだけ、マシだ。


(でもま、事態は好転してないんだよね)


オウガ』の攻撃と、カミラゾンビの両方を相手取る。しかも動ける範囲はごくわずか。

 移動しながら戦う洋子ボクにとって、これはハンデ多すぎだよ!


「ちょ!? この状況で柱攻撃はやめない!?」


 近くの柱を引き抜こうとする『オウガ』。攻撃を止めるには柱を引き抜いている所を攻撃して一定のダメージを与えて止めるか、この間に防御を固めるか距離を離すかだ。素の防御力が低い洋子ボクの場合は防御を固めても意味をなさず、今距離を開けるわけにもいかないので――


「止めるしかないじゃん!」


オウガ』に向かって走る洋子ボク。だけどその背中に切りかかってくるカミラゾンビ。


「うっそぉ!?」


 振り下ろされる剣をバス停で受け止める洋子ボク。だけどその隙をつくように剣が突き出される。灼熱がわき腹に走り、意識がもうろうとし始める。


(やば、い……。何とか、耐えなきゃ……!)


 洋子ボクの性格である『お調子者』。ゾンビウィルスの感染率が一定値以下なら速度が増すが、一定数を超えると途端に調子を崩す。最悪、その場でへたり込んでしまうのだ。


(『AoDゲーム』ではザマァキャラとか、おもらしキャラとかさんざん言われてたけど……)


 調子に乗ったキャラが命乞いをしたり、水場でへたり込んで動けなくなるスクショがぞうでネタにされるスラングだ。


「負っけるもんかー! ボクはおもらしなんかしないもん!」


 気合を入れて立ち上がる洋子ボク。いやだって自分のキャラがおもらしするとか、僕もヤダ。そういう性癖はナイナイ!


「柱攻撃停止ー!」


 言いながら『オウガ』に切りかかる洋子ボク。狙うは柱を掴む手首。そこに集中して打撃を加え、攻撃をキャンセルさせる。

 そのまま振り向いて、追撃してきたカミラゾンビに切りかかる。ヨコを通り抜け様に走り抜けて、ブレードマフラーで斬撃を加え、その背中から延髄をバス停で切りかかる。先の打撃も加え、かなりの切り傷を加えたはずだ。


「はぁ……はぁ……!」


 呼吸が荒い。ゾンビ生息エリアに居る人間は、空気中からもゾンビウィルスに感染する。ダッシュ移動などをすれば呼吸が増し、その分ゾンビウィルスの感染速度も早まるのだ。

 ブレードマフラーは布マスク程度には感染を防いでくれるが、アーデルちゃんがつけている革マスクや後藤が持っていたガスマスクに比べれば雀の涙程度だ。


「これ、かなりピンチだよね……!」


 アイテムボックスから『抗ゾンビジュース イチゴミルク味』を取り出し、ストローを刺して飲む。甘い味が口の中に広がり、気分をすっきりさせてくれる。余裕があればもう三本ぐらい飲みたいけど、それを許してくれるゾンビじゃない。


「逃げ………」


 聞こえてくるのは、アーデルちゃんの声。


「逃げなさい……そうすれば、貴方は助かるから……」


 嗚咽交じりだけど、覚悟を決めた声。あるいはもう助からないと諦めた声。


「私はいいの……。カミラお姉様に殺されるのなら、本望よ」


 仇は取れないけど、姉妹は同じ場所に永遠に存在できる。死は二人を別つことなく、朽ち果てるまで共に過ごせた。

 それはある意味、ハッピーエンドなのだろう。ゾンビあふれるこの学園都市で、救われた死の形なのだろう。


「ウソだ!」


 まあ――

 そんなの洋子ボク/僕にはウソだってすぐわかるけど。


「そんなふうに泣いてるくせに、本望なわけないよね」

「……っ! こっちのこと、見る余裕ないくせに……」

「見なくても分かるさ。ボクはカワイケメンだからね!」


 言って親指を立てる洋子ボク。背中越しにダイジョブだよ、と伝わっただろうか?


「……でも、貴方このままだと死ぬわよ……?」

「かもね。でも戦うよ。キミも助かりたいんだろ?」

「なんで……? 私なんか、一度度会ったっただけの仲で……こんな性格でパーティすら組めないのに?」

「なんでって、そりゃ簡単さ」


 言って背後のアーデルちゃんに笑顔を見せる洋子ボク。『オウガ』とカミラゾンビは洋子ボクの戦意がそれたのを感じ、地を蹴った。

 洋子ボク/僕にとって当たり前で不変で恒久的で永遠に変わらない常識で唯一無二の世の中の大前提を告げる。


「ボクはカワイイんだ! 泣いている子を見捨てるようなブサイクなことはできないよ!」

「貴方……馬鹿でしょう……!」

「もー。どーして理解されないの、」


 言うと同時に身をかがめる。同時に下からバス停を切り上げた。


「かな!」


 洋子ボクの頭部を狙っていた『オウガ』の拳は空を切り、袈裟懸けに切りかかったカミラの剣はブレードマフラーで弾き飛ばす。


「ま、信じてもらえないなら」


オウガ』とカミラゾンビ。この攻撃がほぼ同時なら、ヤバイことになっていた。アーデルちゃんを守り切れないブサイクなことになっていた。


「――実力で示せばいいよね」


 だけど今、二体の攻撃はのタイムラグがある。


「コンマ六秒。そんだけあれば、ボクにとって十分さ!」


 僕は脳内で二体の攻撃速度を計算する。同時に洋子ボクの攻撃速度をそこに割り当てる。移動速度、バス停を振るう速度、ブレードマフラーの追撃。その全てを。攻撃を受けることなんて考えない。そんな事はありえない。

 それらを上から順に並べ、イメージする。最善手を浮かべ、さらにその上の手を求めて演算する。


 ――再演算、終了!


 接近状態からダッシュで移動し、ブレードマフラーでカミラゾンビの胸を裂く。そのまま『オウガ』のところまで駆け抜け、バス停を肩に担いだ。


(超高速でとどめを刺す! 狙う個所は喉元、心臓、そして脳天!)


オウガ』の膝を足場にして跳躍し、大きく腕を振り上げて角があった部分にバス停を叩き込む。頭蓋骨を砕いた感覚が伝わってくる。

 そのまま胸を蹴ってその勢いでわずかに距離を離し、自由落下の勢いに任せて首を狙って切りかかる。ザクリ、肉を裂く音。気管を裂いた硬い手ごたえ。このまま次は心臓を突いて――


「ってそこまでうまくいかないか!」


 蚊を潰すように両手を合わせて洋子ボクを潰そうとする『オウガ』。それから逃れるために後転しながら『オウガ』から離れる。パァン! と大きな音が響いた。

 そこに切りかかってくるカミラゾンビ。だけど、その動きは予想通り。剣の軌跡に合わせるようにバス停を切り払い、攻撃を回避する。この後攻撃を二度受け止めて一度切り返す。四度目の攻撃が来る前に『オウガ』に向かって走る。


「これで、トドメ!」


 コンクリ片を持ち上げようとする『オウガ』に向かって跳躍し、その心臓にバス停を突き立てる。槍のように突き刺さるバス停の駅名表示板。それがとどめになったのか、『オウガ』はバランスを崩して倒れ込んだ。


「よし、後はカミラゾンビを――あれ?」


 立ち上がり、振り向こうとした洋子ボクは、突然の脱力感に腰が砕けてしりもちをつく。今まで堪えていた痛みと精神的な反動があふれ出たのだ。

『お調子者』のパニック状態だ。あ、もうだめ。剣の痛みが脳内で蘇り、立ち向かう心が折れた。


(あ、ヤバイ。腕も上がらないや)


 迫る剣に死を覚悟する。目を閉じるという事さえできないほどの、脱力感。


 ――ぱぁん。ぱぁん。ぱぁん。


 連続して放たれる火薬音。そしてカミラゾンビが崩れ落ちる音。


「カミラ、お姉様ぁ……あああああああああああ!」


 崩れ落ちるカミラの向こう側。

 そこにはアーデルちゃんが、拳銃を構えた格好のまま、泣いていた。既に弾切れの銃を何度も引き、嗚咽を漏らしながら立っていた。


「ひぐぅ、うあああああああああああ!」


 その銃口から、かすかな煙が噴き出ていた――

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