ボクの鬼(オウガ)戦、開始前

 橘花駅三階。

 三階は階段を上ったところにあるドアと、その向こう側にある『オウガ』エリアで構成されている。

 三階エリアにあった物はすべて『オウガ』に破壊され、コンクリートが露出した改装になっていた。コンクリート柱とひび割れた床。そんな破壊の権化を感じさせるエリアだ。


「うわあああああああ!」


 その扉が突如開いて、誰かが飛び出てくる。ガスマスクにライフルと言った、分かりやすいライフルスタイルだ。遠距離からソンビを狙撃する戦闘法で、『AoD』でもかなり一般的且つ有用なものである。


「テ、テメェは犬塚!?」

「えーと……後藤だっけ? なにやってるの?」


 ガスマスクで顔は見えないが、声で判断できた。学校で絡んできた後藤だ。

 よく見れば装備はボロボロ。息も荒く、この中でかなり酷い目にあったのがうかがえる。

 そのストレスを発散するように、洋子ボクに怒鳴りつけた。


「なんでランク0がこんな所に居るんだ!」

「ボク、今ランク7なんですけどー」

「ウソつけ! 一昨日まで1か0だったくせに!」


 まあ信じられないのも無理はないか。ランクが0から一気に7まで上がったとか普通はありえない。


「ホントだって。あ、ボク『オウガ』相手しに来たんだ。何なら一緒に狩る? 抑え役やるよ」

「やなこった! 俺は帰る!」

「あらま」


 あれはかなり手ひどくやられたみたいだ。可哀想に。


「貴方のお友達は挨拶もできないのかしら?」

「友達じゃないやい」


 そこははっきりと言っておく。不名誉だ。


「んじゃ、作戦と言うか配置の確認だよ。

 ボクが『オウガ』を押さえておくから、その間にアーデルちゃんが攻撃。周りのゾンビは――」

「任せなさい。この子達を飛ばしてお相手するわ」


 コウモリたちを撫でながら、アーデルちゃんは言う。うんうん、自分の戦い方が分かっているね。


「むしろ心配なのは貴方ですわ。そんなアクスト? と衣服クライドゥングでアレの前に立つの? 殴られたら、終わりですわよ」


 あくすと? っていうのはバス停の事かな。


「殴られたら、ね。ボクは『オウガ』如きの攻撃なんか喰らわないよ」

「……言っておくけど、貴方がやられそうになったら逃げるから。助けないわよ」

「ほーい」


 非情なように見えるが、戦術としては正しい。迂闊に助けに入って死亡者数が増えれば、それだけゾンビが増える。そうなれば『オウガ』攻略難易度はかなり跳ね上がるのだ。


「私の目的はカミラお姉様シュヴェスター。『オウガ』はついで。

 だから貴方の手助けもついでよ」

「あ、了解。じゃあ『鬼の角』は無理に狙わなくてもいいか」

「そうね。…………まあ、狙えるなら狙ってもいいんじゃないかしら? 何なら貰ってあげますわよ」


 レアアイテムはどんな状況でも人の心を引き付けるのであった。まる。

 っと、その前に確認することが一つあった。


「そういえば、そのカミラしゅべなんとかって、どんな人?」

「シュヴェスター。美しい御方よ。天の川ミルヒシュトラーセのような金髪。美の女神を思わせる白い肌。彫刻のような顔立ち。黒のドレスを優雅に着こなす気品さ。ああ、正に理想の――」


 うわー。顔赤く染めて乙女の顔になってる。そういう関係だったのかな。女子同士のあれとかそれとか本当にあるんだ。

 いや、そう言う事じゃなくて。


「あ、うん。凄い人なんだね。で、ハンターとしてはどういう戦い方をしていたのかな?」

「私と同じコウモリの遺伝子を持ち、優雅に敵の前に立って戦うお方でしたわ。銀のサーベルを振るう姿は、正に薔薇ローゼ……」


(<獣の血>の剣使いか。……洋子ボクと相性悪そう)


<獣の血>……光華学園キャラが選べる特徴の一つだ。獣の精神を宿し、精神的な動揺を抑えることができる。また、感情の高ぶりに比例して近接の攻撃力が増す。そんなパワー型特徴だ。

 ただまあ、何度も言うように近接系はこのゲームでは不遇なので……。


「カミラお姉様シュヴェスターは仲間を逃がすために殿を務めて……そのまま帰ってこなかったの。それが10日前の話」


 そういう結果になってしまったという。

 

「で、キミはその話を聞いてハンターになって、今日までゾンビを狩ってたと?」


 ゲーム的には『そういう設定を生やした』2ndキャラを作り、10日でランクをここまで上げたのだ。10日でテイマーの知識と技術プレイヤースキルをここまであげたのは大したものである。

 まあ、そんなメタはともかく。


「ええ。装備は入念に強化しましたわ」


(10日前か……『AoDゲーム』だと一週間で生徒ゾンビは装備ごと消えるロストするんだけど……)


 果たしてその法則が当てはまるのかはわからない。ここは『AoDゲーム』世界ではあるが、ゲームではないのだ。


「よっし! それじゃあ行こうか!」

「ええ。精々足を引っ張らないように」

「おっけ! 期待に応えるよ、アーデルちゃん!」


 装備を構え、扉を開ける。埃のようなにおいに混じった死臭。それが鼻を突くと同時に吼え猛る『何か』の声。


 ヴオォォォォォォオォォォ!


オウガ』。そう呼ばれる巨大ゾンビ。

 体躯は3mを超えるだろうか。巨大な腕はコンクリートなどスチロールのように破壊し、その牙は防弾チョッキさえ易々と貫通する。圧倒的な力の権化。それを証明するかのように、奴が倒した生徒ゾンビが数名彷徨っていた。


(う……。分かってはいるけど、慣れないなぁ……)


 生徒ゾンビを見た時に発生する、精神チェック。

 自分もああなるかもしれない。そんな衝動が洋子ボクの精神を揺らす。アーデルちゃんも多少は心揺れたようだ。

 慣れないのはそういうゲームシステムという事もあるが――に慣れてしまったら、人としてお終いなのかもしれない。


(カミラって子はいる?)

(いませんわ。ですがどこかに居るはずです)


 ショックを紛らすように、小声で会話する。もしかしたら一週間でロストしたのかもしれない。

 ともあれ、今は作戦通りに動くまでだ。


「今日もカッコカワイイ洋子ボクの登場だ!」


 マフラーをくるんと回して、ポーズを決める洋子ボク。生徒ゾンビを含むゾンビ達の注目が洋子ボクに集まり、迫ってくる。全ゾンビの位置を意識しながら、全力で『オウガ』の元に向かった。


(こいつの攻撃動作モーションは五つ! 『腕振るい』『岩投げ』『柱攻撃』『噛みつき』そして『跳躍』!)


オウガ』はパワーとタフネスは高いけど、その分動作が大振りでそれを知っていれば避けることは難しくない。

『腕振るい』は言葉通り大きく腕を振るい、『岩投げ』と『柱攻撃』はそれら武器を装備する動作がある。『噛みつき』は大きく上体を逸らすため、むしろ攻撃のチャンスだ。


(問題は『跳躍』だね。一気にアーデルちゃんのところまで詰められかねない!)


 一気に移動する『跳躍』。これにより『オウガ』は一気にハンターとの距離を詰める。状況を仕切り直されるため、要注意の行動だ。


「もしかして後藤もそれでやられたのかな。あんだけの巨体が飛んでくるとか、恐怖だもんね」


 距離を離してライフルで撃つ後藤からすれば、一気に距離を詰められれば逃げるしかないだろう。ご愁傷様。

 誰かに足止めしてもらって、部屋の隅からライフルを撃つ作戦だったんだろうけどまさか『オウガ』にそんな移動方法があるなんて思いもしなかったようだ。


「あれ、その足止め役は?」


 その疑問はすぐに氷解した。


「ゴ、トーさ……アアアアア……」

「タズ、ケ……テ、オオオオ……」


 今起き上がったゾンビの二匹。その顔に見覚えがあった。後藤と一緒に居た二人組。防弾チョッキとガスマスクに拳銃という中距離スタイルだ。……名前は……なんだっけ?

 おそらく後藤に誘われて『オウガ』狩りに来て……『跳躍』で距離を詰められた後藤が逃げて、援護を失った二人はそのまま殺されたって流れかな? 


「後でお線香ぐらいは立ててあげるから、出来れば手加減してね!」


 聞いてはくれないだろうけど、そんなことを言いながら洋子ボクは戦いに挑む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る