第31話 ブツと言えばヤク

 アウンの言葉に驚き、彼の視線を追えば、こちらを睨みつける集団に気づいた。荒っぽい雰囲気の冒険者が二〇人ばかり、道を塞ぐように広がりながら、ゆっくりと近づいて来る。粗野な態度はとても演技とは思えない。


 冒険者の集団はコタロウたちと対峙するかのような位置取りで立ち止まると、いらついた様子で口々に文句を吐き捨てた。


「ったくよぉ、手間かけさせやがって」

「ようやく見つけたぜ」

「一発二発ぶん殴ったくらいじゃ、気が済まねぇよ。サンドバッグにしねぇと」


 その台詞回しに、コタロウは拍手を連打した。おそらく冒険者崩れの荒くれ者といった設定なのだろう。ここまでリアル冒険ゲームを堪能してもらえるとは、開発者冥利に尽きるというものだ。


「おい、兄ちゃんよぉ。てめぇの持ってるぶつ、こっちに渡してもらおうか」

「素直に渡しゃあ、俺らも手加減してやっから」


 ぶつと言えば、やくだ。荒くれ者らしく、薬物を催促してきているのだろう。薬物、つまりはだ。胸鰭でぺたぺたと鱗を探ってみるが、口をぎりぎりと軋ませるほど口惜しいことに、イワシは御煮虎魚の毒刺しか持っていなかった。きっと彼らは、回復薬の一つや二つは所持しているはず、と期待して声をかけてくれたのであろうに、これではに乗ってやれない。コタロウは肩を落とした。


「るるる」

「くっくっ、敵いませんね」


 イワシの身が、もとい、気が萎れてしまっては、と心配したのか、アウンは四次元の内懐を手で探った。


「仕方ありません、渡しましょう」

「そうそう、さっさと渡しゃあいいんだよ、半殺し以上にされたくねぇならな」


 アウンは内懐から取り出した薬を相手に投げ渡した。受け取った荒くれ者は、眉間の辺りに困惑を滲ませた。拳大の黒く硬い球体をした「薬」に。


「ああ? 何だ、これ?」

です」


 直後、閃光が奔った。


 光が網膜を焼き、音が鼓膜を貫く。衝撃に転倒が続き、叫騒に怒号が重なった。


「ああ、失礼。より正確に言えば、爆弾でしたね。まあ、爆薬も確かに詰め込まれていますし、たいして差はないでしょう」


 大有りだ、と叫んだ荒くれ者もいたかもしれない。


 倒れ伏した人影が、次から次へと砂塵の海に浮かび上がった。死屍累々、と表現したくなる光景だが、息はあるようだ。


 戦闘狂に容赦という文字はなく、最凶旧魅に卑怯という文字はない。不意打ちも騙し討ちも、人間族の十八番である。神の目も口も点に変える、大魔王の所行だ。


 そんな人間も、一応、神を崇めていないわけでもないらしい。爆弾が炸裂する直前、コタロウはアウンにむんずと魚頭を鷲づかみにされて、荒っぽい扱いながらも閃光と轟音の衝撃から庇ってもらえた。直に受けていれば、水底を転げ回っていたに違いない。イワシは身をくねくねと動かして、人間の親指と人差指の隙間から顔を出した。安堵の息を吐く。やれやれ、なんとか無事で済んだぞ。


「こいつ、音響閃光弾なんか使いやがった!」

「ちくしょう、てめぇ、ふざけんじゃねぇぞ!」


 立つ者、伏す者、半々といった中、荒くれ者の一人がいきり立って喚き散らした。後方にいたようで、爆発に巻き込まれずに済んだらしい。


「優しくしてやりゃあ、付け上がりやがって! けったくそな兜ごと、そのつらぁ粉々に砕いてやらぁ!」


 一人が短刀どすを手に威嚇すれば、周囲も同調し武器を持って恫喝しだした。


 ここに至っても迫真の演技を続けるプレイヤーの姿に、コタロウは金魚鉢の中央で両胸鰭を天に上げてくるくると回転した。名づけて「感動の舞」。刺千本の舞以外にも、新種イワシは舞えるのだ。上手下手は別にして。


「舐めんじゃねぇぞ、てめぇ。ゲームの中でしかやり合ったことがねぇくせしやがって。本当まじの殴り合いって奴をてめぇに教えてやぶぼあぁっ!」


 台詞の末尾が野太い悲鳴に取って代わられる。荒くれ者はアウンに殴り飛ばされた。最後まで満足に喋らせないあたりが、裏ボスらしい鬼畜っぷりである。人間族とはかくも恐ろしい存在なのだ。


 ここに至り、コタロウはようやくおかしな状況に気づいた。イワシ頭が傾く。あれ、結界が張られていないような?


 原則、NPCが結界を構築することなく戦闘を開始することはない。結界はプレイヤーに対して相棒が召喚できる場であることを明示するものだ。また、戦闘時の行動半径を表すものでもある。戦闘は結界の内側でしか行われないし、呪紋などの影響が結界の外側まで及ぶこともない。


 だが、アウンはすでに攻撃を仕掛けている。しかも、生身の冒険者に対して。


 はっとなって、小魚の口がぽっかりと丸く開いた。イワシは、右の胸鰭でを、左の胸鰭でを作って、打ち合わせた。びっくり印の感嘆符が頭上に浮かぶ。


 原則には例外があるものだ。


 ――即ち、暴徒制圧機能。


 マホロバは広い。当然、人の目が届かない部分も出てくる。そのため、NPCに警備用の機能を搭載させていた。つまりは、おおよその魅が警備員もどきというわけだ。凶器や爆発物といった殺傷の危険性を感知すると、対象の無力化を目的とした行動を起こす。結界を張らずに脳内投影を行い、虚実入り交じった力で押さえ込むのだ。


 荒くれ者の役柄にのめり込みすぎて、彼らは法を犯してしまったらしい。と、コタロウは思った。本物の無法者という可能性は、幸か不幸か、イワシの小さな頭では思い至らなかった。


「あ、あいつ、妙に場馴れしてやがんぞ。誰だよ、って言った奴は」

「冗談じゃねぇぞ、のくせして修羅場を踏んで来てるとでも言うのかよ」


 荒くれ者たちは予想外の事態に声を上擦らせた。天才だ何だとちやほやされているところで、所詮、奴はお勉強ができるだけの存在、そのはずだろう?


 彼らもまた、数多の被害者と同様、アウンこそが〇と一の錬金術師であると信じきっていた。彼らの両目にイワシの存在は映らない。


 拳を振う時、錬金術師は毛ほどの躊躇いも塵ほどの狼狽えも見せなかった。奴にとって、この程度の争闘など物の数ではないのだ。荒くれ者どもはぞっとして総毛立った。そうして、彼らはを思い出した。尾鰭に背鰭と腹鰭まで付いた虚言ほらだとして信じていなかった噂を。不気味な声なき声が、耳の奥底で轟き渡る。


 錬金術師に捕まるくらいなら警察に捕まれ――。


 誰かの唾を飲み下す音が聞こえた。手はひとりでに汗ばみ、足はおのずと下がった。相手が悪かった。命あっての物種だ。逃げよう。そう考えが至るまでに、間は必要なかった。


 一人が背を翻せば、他の荒くれ者も我先にと向き変わり、一目散に逃げ出した。


 ――否、逃げ出そうとした。


 振り返った彼らは見た。逃げ道を断つように立ちはだかる魅の群れ。驚愕のあまり、つんのめって転ぶ者もいれば、引っくり返る者もいた。


 蹴鞠のように宙へ吹っ飛ぶ人影を、コタロウは仰ぎ見た。アウンが動く素振りを見せなかったのは、この結果がわかっていたからなのだろう。


「ぎょっ!」

「狩らずに狩られるなど情けない」


 片っ端から魅に狩られていく荒くれ者たち。その中で一人だけ、上手いこと魅の攻撃を避けていく緑人がいることに気づいた。暴徒制圧モードとなった擬核から逃げきるなど、普通はできない。コチ家のように、現実で柔術や拳法を修めているプレイヤーなのかもしれない。


 最後の一人が魅たちの包囲網を破って逃げていく。並のAIで対処できない以上、並ではないAIに対処してもらわなければならない。コタロウはアウンを見たが、最新鋭AI搭載型の裏ボスは何の行動も起こさなかった。


「きゅる?」

「他の輩とは違い、素手の冒険者でしたのでね。こちらとやり合う気もなさそうでしたし。それに……」


 素手とは、この場合、法に触れるたぐいの凶器を所持していないということだ。そのため、制圧の対象外と判定されたらしい。


 ただ、たとえそうだとしても、最凶旧魅の性格上、冒険者を見逃しはしないように思うのだが。開発者はアウンの性格設定を思い返しながら、小首を傾げた。彼が冒険者を目溢ししてくれていたなら、冒険協会昇級試験で大量の骸骨を生み出す事態にはならなかったはずなのだから。


「神さまから、冒険者は大物に育ってから狩るように、と言われましたので」

「きゅる!」

「適度に見逃すとしましょう、適度にね」


 そういえば、そんなことを言った気がする。まさか素直に聞き入れてくれるとは。もっと早くに言っておけばよかった、具体的には昇級試験前に。と、イワシは金魚鉢の底に胸鰭を突いて反省した。


「適度に、なので、次の獲物は狩ることにしましょうか。主菜の翼綿玉だけでは物足りませんし。副菜もなければね」

「きゅも?」


 アウンは顔を右方へ向けた。コタロウも釣られるようにして横を見たが、副菜になるような魅は見当たらず、きょろきょろと辺りを見回した。





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