第三章 ゲームオーバーのお知らせ(冒険者及び運営の皆様へ)

第23話 家鴨と烏の鳩首協議1

 ナカツ都の片隅にある、知る人ぞ知るといった趣の桜茶屋。そこへ、鳥人族の二人組が暖簾をくぐって現れた時、その人目を惹く容姿に、看板娘も女性客も視線を捕らわれた。


 椅子や食卓、提灯や衝立など、調度品の多くがこの地域で産出される珊瑚晶や水草などで作られたものだ。素朴ながら品のある、落ち着いた温かみを感じさせる装飾の数々に、二人組の口から讃辞が上がる。と、仕事を思い出して我に返った看板娘が、気恥ずかしげに挨拶して二人を席まで案内した。


「所詮、遊園地もどき、とたいして期待していなかったけれど、予想を裏切る素晴らしさじゃないか。電子ゲームに興味がない君でも、そう思うだろう?」

「そうですね。まあ、一番の驚きは、これだけの科学技術力をたかがゲームに注ぎ込む科学者がいたことに、ですが」

「軍事利用よりは平和的で結構じゃないか。うん、この桜茶屋も結構だね。気持ちを和ませる。華美ではないけれど、しみじみと感じさせる心の豊かさが、白鳥たる僕の気品を傷つけないのもいいね」

「あなた、家鴨アヒルでしょう?」


 白鳥を騙る家鴨の耳は、羽毛で蓋がされているらしい。冷水よりも冷やかな指摘を、撥水性の白い羽毛が撥ね返している。


 鳥人の一人は家鴨属で、その白色の翼と尾羽は丸みを帯びて短い。飲食店に入ったからだろう、今は口元から外しているが、主人公像選定時に運よく嘴のお面を引き当てたらしく、首元にぶら下げている。注文を取る看板娘に向けて笑むたび、皓歯がきらりと光って爽やかだ。名をスズシロという。


 もう一人はカラス属で、その黒色の翼と尾羽は鋭く伸びて艶めく。顔にかかる眼鏡もまた黒縁だったが、洗練されたデザインは理知的で、暗色の野暮堅さを消し去っていた。とりわけ視力が低いわけではない。彼の場合、眼鏡には視力補正以外の目的があった。名をクロエダという。


 桜餅と蓬餅、緑茶の一組を四人分頼むと、二人は一息吐いた。注文数がおかしいのは、一人で三人分食べる家鴨がいるためだ。


「さて、困りましたねぇ」


 クロエダは柳眉を幾分ひそめて呟いた。やや長めの黒髪が耳元を真っ直ぐ流れ落ちる。その秀麗な美貌は、医師や弁護士といった役柄を演じる知性派俳優にも勝るだろう。先行きを問うように、視線を前方へ投げかけた。


 スズシロは王侯貴族のような物腰で優雅に一服した。その表情は鷹揚としたものだ。緩やかな曲線美を描く銀髪が、春風にゆったりと揺れた。


「焦ってもしょうがない。こういう時は一息入れるべきさ。ああ、ここの緑茶はまた格別だね。君も飲んだらどうだい?」

「まったりしている場合ではないんですがね。まあ、いただきましょう」


 双方とも、動作の一つ一つに花弁が舞い散るような雅な品格を感じさせる。たとえるなら、スズシロは豪華絢爛な石楠花しゃくなげ、クロエダは冷艶巧緻な曼珠沙華まんじゅしゃげか。因みに、どちらも有毒植物である。


 クロエダはスプリングコートの内ポケットから眼鏡ケースを取り出すと、テーブルの上に置いた。眼鏡ケースには消音装置が仕込まれている。音の波形に逆位相の波形を重ねることで、特定の音――二人の声――を消すものだ。盗聴対策の一つである。


「錬金術師どのに傷一つでも負わせたら、僻地に飛ばされるどころか、首を飛ばされるでしょうね、班長が」


 他人事ではないはずなのだが、謀略の一つでも仕掛けて他人事にしてしまいそうな口調だった。この場に班長がいれば、部下の言動に涙したかもしれない。彼らにとって直属の上司に当たる彼女は、女性職員の中で一番の出世株だったのだが、哀れ、問題児二人を押しつけられてしまったがために、昨今、雲行きが怪しくなってきているのだとか。


 曼珠沙華と言えば、別名が彼岸花、異名が地獄花。含蓄が、あな恐ろしや。


「ここがマホロバでよかったじゃないか。首を飛ばされても復活できる」


 対するスズシロの台詞も人を食っている。


「そういえば、班長、胃薬を携帯していましたよ。かわいそうに」

「それは大変だ。今度、僕の主治医を紹介してあげよう」

「あなた、病院とは無縁でしょう。付ける薬がないんですから」

「相も変わらず、君は敬語に喧嘩を売る男だね。敬語の敬意を無駄にするのだから。それに、彼女の胃痛の原因は君だろう?」

「おやおや、さすがの私も最たる原因に言われたくはありませんね」


 団栗どんぐりの応酬である。不毛さを自覚したクロエダは、一度肩を竦めてから、仕切り直した。


「〇と一の錬金術師どのがマホロバに来ているようですよ」

「そのようだね」

「一般市民を囮捜査に巻き込んだとなれば、新聞の一面を飾る有名人になっちゃいますね。謙虚な私は謹んで辞退させていただきますが」

「謙虚かい。訂正しよう、君は言葉に喧嘩を売る男だね」


 当初の筋書では、スズシロが錬金術師に扮装し、マホロバへ釣り出した標的をおびき寄せて捕らえる予定であった。マホロバが四方を海で囲まれた島である以上、移動ルートは限られる。つまり、罠を張るには絶好の立地なのだ。裏社会に「錬金術師と防諜機関の密談」の偽情報を流し、「マホロバでの機密情報の引き渡し」という擬餌を撒いたのも、そのためである。マホロバは錬金術師の支配領域だ。顔を明かさない彼が姿を現すとすれば、自由に偽装できるここをおいて他はない。流した情報の信憑性にも繋がる。


 少なくとも、標的をマホロバへ釣り出すまでは、計算通りに進行していた。


 彼らの標的、いくつもの名前を持つ女、仮称「ナナシ」。その名の由来は、ともとも。インターネットを自由に渡り歩き、情報を鮮やかに奪い取る、業界屈指のクラッカーだ。国家機関へ挑戦するかのように犯罪を予告し、現場に自身の痕跡をあえて残す、愉快犯とも言える一面を持つ。過去に逮捕されたこともあったが、留置場からまんまと脱走してみせた。以降、捜査の手から逃れ続けている。


 ナナシに関する捜査だが、なぜか警察組織の中でも公安部が取り仕切っている。その罪状を鑑みれば、情報犯罪対策ほうたい部が受け持つべき案件だ。スズシロたちも探りを入れてはいるものの、暗躍が常の公安の動きは糸口を見出すことすら容易ではなく、理由は今もはっきりしない。


 何にしても、公安が手緩い捜査を行うはずもない。それにもかかわらず、彼らの監視網に引っかかったと思った時には、すでにその目を擦り抜けて行方を晦ましているのがナナシだ。亡霊、そう呼ぶ警察官も一人や二人ではなかった。


 そんな女が錬金術師に興味を持ったという。その情報をつかんだ時、スズシロたちの組織はある作戦の決行に踏み切った。


 ――〇と一の錬金術師の名でナナシを誘い出す。


 国家を背負っているのは、何も公安警察だけではない。公安の標的を奪うことになるが、スズシロたちにも譲れないものがある。


 中心となって動いているのはスズシロとクロエダの二人だが、他の仲間もマホロバへ密かに潜り込んでいる。今日は改訂後のテスト運用日で、少しばかり後ろ暗い手を使えば、テスターになるのもさほど難しくはない。それはナナシにとってもだ。


 ナナシ以外にも、錬金術師を狙う有象無象が擬餌に食いつき、このマホロバに集まってきている。だが、これも計算の内だ。この手の輩はいくらでも湧いてくるので、減らせる時に減らしておかねばならない。後の計画に支障を来さないようにするためにも、片づけておく必要があった。


 作戦は順調――かに見えた。


 机上の作戦に計算違いは存在しない。しかし、計算に計算を重ねても、現実の作戦には計算違いが生じるものだ。


 本命を誘い出そうと行動を起こす、その直前で、想定外の事態が発生した。


 本物の錬金術師がマホロバに現れたのだ。スズシロたちの目論見に狂いが生じた。事前に錬金術師の予定を調べ、マホロバから遠ざけるべく仕事の根回しまでしておいたはずなのだが、彼の気まぐれまでは計算できない。


「――いや、気まぐれではないのかもしれない」





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