第13話 憑依操作は仮称

 帯を締め、手袋を嵌め、長靴を履く。耳に遠感式通信機を付け、肩に防熱防撃マントを掛け、腰に光刀ひかりのかたなを挿す。最後に、開発者用のマホロバ装具を腕に装着すれば、準備万端ばっちりだ。コタロウは無表情ながら満足気に頷いた。蛇足だが、マホロバの改訂作業に戦隊服は必要ない。


 ある年、兄に誕生日プレゼントのリクエストを聞かれて、弟はロボット王国の制服と答えた。それ以来、誕生日にはロボルンジャーの戦隊服がプレゼントされるようになった。兄らしからぬ凡ミスだったが、せっかくの贈り物なので着ている。でも、そろそろ再リクエストしたいとも思っている。もちろん、ロボット王国の制服を。


 室内を哨戒していた蠅虎はえとりぐも型擬躯が、壁から少年の肩へと大跳躍して引っ付いた。八つある目玉の内、前方中央の二つだけが大きい、やや短足気味の蜘蛛もどきだ。黒い体色に白い三日月模様を背負った姿は本物そっくりだが、大きさは拳ほどもある。実は、原寸大の蠅虎もどきもいるのだが、小さいあまり少年に幾度となく踏み潰されそうになり、結果、原寸大の彼らは滅多に天井や壁から下りて来なくなってしまった。


 コタロウは肩口を見つめた。くりくりとした目玉が見返してくる。


 蠅虎型の後続部隊として、長足の足高蜘蛛あしだかぐも型を研究所に放して以来、なぜか肩へ跳び乗ってくるようになった蠅虎もどきの親玉。擬躯に縄張り争いの習性などないはずなのだが。と、肩に乗ったハエトリ伍長と、ドアの横で控えるアシダカ軍曹を、交互に見やり、小首を傾げる。脳内で広げたAIの思考回路図を辿りつつ、畳敷きの私室から出て、鶯張りの廊下を歩いていく。何度か躓き転びそうになりながら、コタロウは最先端の科学技術が詰め込まれた商用室へと向かった。


 東風研究所は、研究所という名からは想像しがたい和風建築である。外観だけであれば、武家屋敷といった趣か。通りすがりの目には古風な豪邸としか映らないだろう。上空から見ると、往年の鍵穴のような形を成しており、円形の建物と長方形の建物が隣接している。


 外観に反して、内部は科学の粋を結集させて造られていた。


 先端研究施設として最新かつ万全の機能を整えてあるのは無論のこと、とんでもない研究員には同じくとんでもない研究所を、と考えた出資者が、忍者も真っ青な満載の絡繰屋敷にしてしまった。罠に引っかかる筆頭者は、研究所の主であるはずの少年だった。


 円形の建物は専門的な研究施設として用意されたもので、半球状に覆う特殊透明板の屋根が特徴的だろう。その高さは五階建て建築物を優に超える。最大限まで機能性を高めた植物園の温室、そんな印象を受けるかもしれない。天井を伝う蔓葉の間から、木洩れ日が射し込み、思わず寝転がりたくなるほどに心地よい。


 中心部は吹抜けで、屋根は取り払われていた。これは建物から頭を突き出すほどに高く成長した大樹のためであった。中央に一本の「世々葛よよかずら」が、その周囲に六本の「小世々葛こよよかずら」が、どっかりと鎮座している。根元に祀られているものは鳩笛だ。


 もう片側、長方形の建物は一般的な研究施設となっており、居住もできるように整えられていた。


 世々葛は葛と名づくが、その蔓は太いものでは木の幹かと思うほどに逞しい。数百本なのか数千本なのか、無数の蔓が螺旋を描いて縒り合わさり、一本の大樹を作り上げていた。高さが約六〇メートル、胴回りが約三五メートル、というヒノキ国最大級の巨木である。


 感波を送受信する際に必要となる感波塔の役割を担っており、地球の裏側まで情報を伝達することができる。一目瞭然だが、樹木としては最大級の高さを誇ってはいても、電波塔に比べればかなり低い。空間以外に、地殻あるいは地核が感波を伝達させる媒介として機能しているのではないかと予測しているが、現象の解明にはまだまだ検証が必要で、仮説の域を脱してはいない。


 いつの日か、森のお化けを世々葛に招いてみせる。超自然的存在の研究にも熱心なコタロウは、そんな野望を胸に秘め、大樹の根元に鳩笛――森のお化けへの捧げ物――を安置していた。大中小、三種類。団栗どんぐりも必要かもしれない。秋になったら拾ってこよう。


 東風研究所の防犯設備は押し並べて、兄タロウが自身のつてを駆使して用意した最新鋭機器らしい。彼いわく、地球防衛戦隊でも使われている飛びっきり、なのだとか。兄の許可が得られ次第、ばらばらに分解してねじの一つまで解析してみよう、と弟は狙っている。


 マホロバの改訂作業は、研究所内の商用室で行われる。商用室はマホロバの各種情報機構に対して、直に情報の送受ができるようになっている。そのため、防犯水準が研究所の中でも取分け高く設定された部屋なのだが、そこは壁と床しかない空虚な空間だった。


 生体認証を通過すると、商用室の自動ドアが開く。コタロウの足が室内の床に触れた、その直後、壁と床を構成する六面全ての回路に光が走った。床から各種機器が迫り上がり、壁の一面がスクリーンに切り替わる。マホロバの宣伝映像を思い起こさせるような場景だ。中央の空間では、マホロバの三次元模型映像が構築され、窓ガラスに貼られた付箋のように、いくつもの短いメッセージがその上空に投射された。


 コタロウは、室内に現れた各種機器の保護機能を解除すると、引っ切りなしに浮かび上がる虚画面の表示を確認し、入力値を操作していった。試験環境で作製した改訂版をマホロバに反映させるだけなので、比較的単純な作業だ。


 時計の長針が一周した頃、無機質で単調な音が鳴りやんだ。更新内容に問題がないことを確かめた後、コタロウは耳元の通信機からツクモ社に連絡を入れた。


 正義の味方は正体不明でなければならない。ある日のこと、兄タロウは鼻歌交じりにそう言うと、通信機にあれこれと手を加えた。出来上がったものは、設定一つで音声も映像も変換できる通信機である。兄の手で用意された人物設定は、五人分。わかりやすいようにであろう、人物ごとに色分けまでされていて、至れり尽くせりだった。ツクモ社との連絡は、必ず赤色の人物を設定して行う約束だ。なるほど、地球防衛戦隊も正義の味方である以上、戦隊見習いたるコタロウも正体を隠しておく必要があるのだろう。


 なぜ、正義の味方は正体不明でなければならないのか。それはだからだ。人間社会のルールを、少年も破るつもりはない。兄の期待に応えるためにも、怪人二十面相になったつもりで五役を使いこなさねば。


 因みに、いつの間にか得ていた「戦隊見習い」の称号だが、ロボルンジャーの部下になったロボドレックスの部下は、地球防衛戦隊の見習い隊員として扱われるのだそうだ。


「お疲れ様です、オヤベ社ち――」

『お疲れ様です、大先生! 諸君、大先生から連絡が来たぞ!』

『『『『おお!』』』』


 待ち構えていたらしい。間髪を容れず、と言うより、間を容れず、応えが返ってきた。語尾を食う勢いに、びっくりして椅子からずり落ち、あたふたと座り直す。


「改訂作業が終わりま――」

『こちらでも更新内容を確認しました、大先生! 諸君、準備はいいか!』

『『『『おお!』』』』

「最終確認をおね――」

『了解しました、大先生! 諸君、最終確認を開始しろ!』

『『『『おお!』』』』

「よろ――」

『よろしくお願いします、大先生!』

『『『『よろしくお願いします!』』』』

「…………」


 耳元の通信機を手に取ると、コタロウはじっと見つめた。自分はもしや口ものろいのだろうか。願わくは、足ほどではないといいのだが。しばし、じっと対応策を摸索した後、ぱくぱくと口に運動をさせながら、コタロウは通信を切った。


 クロスチェックは不具合防止の基本である。最終確認はツクモ社による実地確認なので、コタロウは完了の連絡が入るまで待機だ。問題が発生しない限り、特にすることはない。ツクモ社から全作業工程完了の連絡が入るのは、おそらく明朝になるだろう。


 商用室から休憩室に移動し、コタロウが腰を伸ばしていると、ほうじ茶と笹団子を乗せたお盆が、すすっと横合いから現れた。少年は腰を抜かしかけ、少女が即座に右手で支え起こす。左手のお盆を微塵も傾かせない手腕は、もはや妙技だ。


 どうやら少年の仕事が終わるのを休憩室で待っていたらしい。コタロウはタンポポにお礼を言って腰を下ろすと、笹団子を少女の手にも渡して、仲よく並んで食べた。


 翌朝。ツクモ社からコタロウへ、全作業工程がつつがなく完了したとの連絡が入った。ハエトリ伍長が短い前肢で万歳三唱する。それを見た少年も、生真面目に万歳三唱した。


 ツクモ社ならば打上げの一つや二つをやるところだろうが、コタロウにはタロウから頼まれた仕事が待っていた。


 地球防衛戦隊見習いを見込んでの依頼、と兄に言われて、弟は一も二もなく引き受けた。兄の友人と共にマホロバの観光名所を巡ればいいそうなので、割と簡単な仕事だ。詳細は、マホロバ冒険協会に預けた手紙を読め、とのことだった。


 改訂は土曜に実施され、翌日曜を特定の対象者によるテスト運用日と定めている。公募されたテスト希望者の中から選ばれたテスターに、マホロバで実際に遊んでもらうのだ。彼らを招待客と呼んで羨むマホロバ会員は少なくない。


 コタロウは早速、腕のマホロバ装具を起動させた。待ち合わせ時間よりも早いが、彼とてリアル冒険ゲームで遊びたいお年頃なのだ。


 マホロバには二種類の出演方式がある。遠隔操作と直接操作だ。


 遠隔操作は電子ゲーム、つまりパソコンなどの家庭用端末機で主人公を動かす方式となる。操作方法もこれまでの電子ゲームとさして変わらない。しかしながら、内部の仕組みは大きく異なる。マホロバにいるロボット「擬核ぎかく」を文字通り遠隔操作するのだ。


 ロボットと言っても、人の形をしているわけではない。プレイヤー用の擬核は人頭大の球体に環節状の手足が付いた形をしており、容姿の映像をまとうことで人型に化けている。プレイヤーと見分けられるようにするため、ぬいぐるみのような二頭身の容姿ではあったが。だからだろう、種族名をもじって獣坊やら鳥坊やらと呼ばれている。


 因みに、擬核にはNPC用のものもあり、プレイヤー用のものと同じく球体をしている。ただし、その大きさは色々で、酢橘すだち大もあれば西瓜すいか大もあった。手足の本数も様々である。役目によって異なるのだ。


 擬核の大元は、災害時の救助活動を支援するために製作された擬躯にあり、当然、屋外活動にも十二分に耐えられるよう設計されている。雨の中で働かされても風邪一つ引かず、二四時間休みなく働かされても文句一つ言わない、社畜の鑑である。


 蛇足だが、現在、コタロウは人型の擬核を製作中であった。苦労してまで擬核を人型にする必要性は、実のところ全くない。あるのはただ一つ、ロマンだ。


 直接操作はリアルゲーム、つまりマホロバに来場して主人公を演じる方式となる。女優が超一流の美容師に化粧を施されて天使や悪魔へと変身するように、プレイヤーは自身に映像を重ね合わせて主人公へと変身するのだ。


 遠隔操作では情報体のやり取りで終わってしまう飲食も、空想世界を模した現実世界なのだから当然楽しめる。冒険、観光、演劇、狩猟。来場するプレイヤーの目的は様々である。


 であれば、コタロウは遠隔操作でマホロバに出演するのかと言えば、否だ。彼の出演方式は、現在開発中の第三方式、憑依操作である。


 憑依操作と仮称しているが、プレイヤーの生霊を擬核にかせる、というわけではもちろんない。遠感により、擬核が収集した感覚情報を操作者に伝達させ、操作者が応答した運動情報を擬核に反映させることで、主人公になりきる方式である。


 この方式が完成すれば、遠隔操作でも直接操作に近い体験が可能となるだろう。目下、収集する感覚情報の精度について実験中であった。


 脳裏を流れる文字と音声に導かれながら、コタロウはまぶたを閉じた。


 実像から虚像へ、視界が切り替わる。自身が構築した図式の海に、ゆっくりと深く深く沈んでいく。暗い深海の中、光の粒子が文字列や数式となって、鳥居を形作る。


 少年は連なる鳥居をくぐっていった。


 ――生体認証を承諾……成功。

 ――保守解錠を承諾……成功。

 ――回路起動を承諾……成功。

 ――対象走査を承諾……成功。

 ――接続開始を承諾……成功。

 ――情報転送を承諾……成功。

 ――全工程完了、正常稼働を確認。

 ――環境名[異界九九〇一]に接続を開始します。

 ――環境名[異界九九〇一]に接続しました。

 ――物語名[マホロバ]に接続を開始します。

 ――物語名[マホロバ]に接続しました。


 お伽噺の魔法陣かと見紛う回路図が、少年の足元に浮かび上がり輝く。


 転移の時、コタロウはここぞとばかりに見得を切り、声を揃えた。


 ――汝、理想に挑め!

「――俺は、理想に挑む!」


 地球防衛戦隊見習いを名乗る以上、ここぞという場面での「決め姿」と「決め台詞」は必須なのだ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る