第10話 マホロバ講座2 ~時代は「エクササイズPvP」

「次、保守部武具班!」

「異常ありません。想定外の武具が発生しているだけで」

「それを異常と言うんだ、馬鹿者!」


 異界の人族は武器を持って産まれてくる。己の体内で生成された、生涯を共にする「祝武具ほぐ」だ。


 序幕に流れる動画で、主人公の誕生場面がある。赤子の両手の甲と腹部に浮かび上がる紋様は、祝武具の種類を示すものだ。


 祝武具には両手用と片手用がある。両手用は一つ、片手用は二つまで、プレイヤーは好きな武器を選ぶことができる。武器種は全部で十種類あり、「長刃」「短刃」「長柄」「大弓」「小弓」「長銃」「短銃」「盾」「呪符」「道具」となっている。「長柄」「大弓」「長銃」が両手用、それ以外が片手用だ。


 マホロバには、防具の鍛冶屋はあっても武器の鍛冶屋はない。武器の強化に鍛冶屋を必要としないためである。祝武具の強化は主人公の体内で行われる。腹部に浮かび上がる紋様へ、祝武具と強化材をしまい込むのだが、その際に現れるエフェクトは呪術のそれに勝るとも劣らず、一見の価値がある美しさだ。


 祝武具は「材料」と「経験値」を合成することで強化できる。材料は勝ち得た獲物や採取物といったものを指し、経験値は主人公の能力値八項目から抽出されたものを指す。経験値を抽出し武器合成に消費すればするほど、主人公の能力値が減少していくのだ。自身の強化を取るか、武器の強化を取るか。選択はプレイヤー次第だ。


 また、祝武具は合成を繰り返していく過程で、派生して形を変える場合もある。


 特に、「道具」の派生武器は多種多様で、初期武器は「道端の石ころ」なのだが、「罠」「爆弾」「鋼糸」「楽器」といったように多方向へ派生する。調子に乗って自由度を持たせすぎたらしく、「想定外」の派生がちょいちょい現れてしまい、その収拾に追われているのが保守部武具班側の実情だった。


 悪夢の始まりは「武芸百団」なる冒険団に目をつけられてしまった日からだった、と彼らは語る。運営部から彼らへ向けられる目は、阿呆を見るが如くに冷たい。


「次、保守部大百科事典班!」

「異常ありません。物が捨てられないくらいで」

「ごみまで溜め込むな!」


 プレイヤーの持ち物に「大百科事典」という本がある。その機能はいわゆるアイテムボックスに近い。異界に散らばる様々な物体は、取得しようとすると一枚の紙に化ける。これを事典に綴じ込むことで保存していくのだ。


 限界品目数が容易く確認できないほど多量に取得できるのだが、集めすぎると取り出す時に苦労する。また、めくられることがなくなったページは、時間の経過と共に劣化していき、最終的にぼろぼろと崩れ落ちてしまう。取捨選択と整理整頓はプレイヤー次第だ。


「次、保守部NPC班!」

「異常ありません。魅坊すだまぼんに人生相談をしたくらいで」

「人生の相談相手は人間にしろ!」


 人間の相談に乗れるほど、NPCは人並の人格を有する。とはいえ、人間の精神よりも単純明快な出来だが。あるいは、現代人のそれが複雑怪奇すぎるのかもしれない。


 遺跡で生まれ異界に広がったモンスター、「すだま」。冒険者はこの魅を狩りながら、日々を暮らしていく。


 六人種と同じく、魅にも「駆魅くみ」「飛魅ひみ」「泳魅えいみ」「植魅しょくみ」「冥魅めいみ」「禍魅かみ」の六種族がおり、それぞれ種族特性を持っている。


 マホロバにおいて、集落の発展はプレイヤーの攻略具合に比例する。冒険者に狩られた魅の内、人族に興味を持った者が、集落に移り住み発展させていくのだ。


 人族に協力する魅を「魅坊」という。神話に登場しそうな二枚目の魅が、どうやったのか、童話に登場しそうな二頭身の魅坊に化けるのである。威圧は茶目に、壮美は愛敬に、ころっと変化へんげしてしまう。ついでに直立二足歩行まで覚える始末だ。どことなく、江戸時代の妖怪絵巻を思い起こさせるような、ほっこりする風貌だった。


 マホロバはヒノキ国の各ゲーム企業と提携している。二〇世紀末のテロ事件以来、低迷し続けるゲーム業界の振興を目的としたものだ。この提携によりマホロバでは、各社の商品に登場するキャラクターたちが、魅として出演している。少年時代の名作に出会って感極まる中高年のプレイヤーは少なくない。そんな大人たちのために、往年の自社製品のキャラクターが集まる開拓村を作ろうと、日夜努力する企業戦士もいるのだとか。


「次、保守部魅卵すだまご班!」

「異常ありません。僕に出逢いがないくらいで」

「それは本当に魅卵の話か!」


 魅の卵を「魅卵」と言い、冒険者はこれを拾うことができる。滅多に発見できないためにそうはいないが、二度三度とたびたび出会う幸運者もいる。成長具合で姿形を変えるため、卵だったり、足や尻尾の生えた卵だったり、卵の殻を被った魅坊だったりと、魅卵の見目は様々だ。


 魅卵は冒険者の子分となって冒険に同行してくれるのだが、得られる経験値が頭割りになるので気をつけなければならない。子分が多ければ多いほど、親分は養うのに苦労するものなのだ。子分が子や孫を連れて来た日には、おこづかいもあげないといけない。


 また、信頼度が低いと家出してしまう。場合によっては帰ってこない。冒険協会会長の魅卵は、彼の妻がそうであったように、家出から帰ってこないらしい。


 プレイヤーの能力値にある「連係」は、主に戦闘時における魅卵との連係動作の巧拙を示す値である。連係の値が低いと、味方による誤射や誤爆で死亡することもありうる。


 魅卵にも生き様判定が存在し、経験内容で進化先が変化する。最弱が最強に化ける可能性は、プレイヤーの行動次第である。是非とも仲間にしたいところだ。


「次、保守部結界班!」

「異常ありません。呪符のなぞり書きで赤点を取ったくらいで」

「安倍晴明に謝ってこい!」


「結界」と言えば、霊的な障壁や霊場の禁制地などの意味合いで使われる語句だが、マホロバでは戦闘フィールドを指す。


 マホロバの売りの一つが、戦闘である。


 冒険ゲームに戦闘は欠かせない。しかしながら、マホロバはリアル冒険ゲームである。まさか実際に殴り合いをさせるわけにもいかない。そこで採用された方法が、プレイヤーの分身となるロボットに代行させるものだ。戦闘時にのみ現れる、プレイヤーの相棒である。


 感波による遠感現象を応用し、プレイヤーとロボットの動きを連動させる。プレイヤーが右手を振り上げれば、ロボットも右手を振り上げるし、プレイヤーが左足を蹴り出せば、ロボットも左足を蹴り出す。


 ただし、プレイヤーが直径三メートルほどの「小結界」から出てしまうと、ロボットとの連動が切れてしまう。では、移動、跳躍、飛行などの大きな動きは、どうやって行うのか。それらは手足の動作ではなく、脳の想像で行う。プレイヤーが思い浮かべた動作を、ロボットが読み取って動くのだ。電子ゲームのコントローラでたとえるなら、手足で〇ボタンを押し、想像で十字キーを動かす、といったところだろうか。


 癖のある操作方法なので多少の慣れが必要だが、これが電子ゲームに興味のない客層の獲得に大きく寄与した。二〇代から四〇代にかけての主婦層に大当たりしたのだ。マホロバの戦闘には大まかに分けて、「対魅戦PvE」と「対人戦PvP」の二つがある。ツクモ社も全く予期していなかったのだが、特に後者が主婦層に「エクササイズPvP」として人気を呼んだ。夫や息子などそっちのけで、主婦仲間とPvPを楽しむ女性たち。常日頃のストレス発散も兼ねてか、一日中戦闘を行う強者もいるのだから恐れ入る。


 自分の分身たる相棒は、プレイヤーが容姿を設定できる。自分が着飾るのは恥ずかしい、そんなプレイヤーは相棒を着飾らせているようだ。


 マホロバに、杖を振り呪文を唱えるといった、いわゆる魔法は存在しない。それに代わるものとして「呪紋じゅもん」がある。空中に紋を描くことで発動する、摩訶不思議な呪術だ。紋様の芸術性によって効力が決まるという、武骨者を震え上がらせる仕組みを備えている。呪紋の教本に当たる「呪符」を装備し、そこに描かれた紋をなぞって発動させる方法が一般的だ。


 実は、教本にある二次元の呪紋「平呪紋ひらじゅもん」の他に、三次元の呪紋「立呪紋たてじゅもん」も存在するのだが、それを駆使できるプレイヤーはまだ現れていない。


 満点を一〇〇として採点され、高得点であればあるほど、強大な威力を発揮する。だがしかし、二〇点を下回ると赤点になり、恐怖の教育的指導が下される。


 呪符を使えば、まず赤点を食らうことはない。ないはずなのだが、怨霊うんえいぶの怨念か、保守部は赤点常習犯であった。


「次、保守部両替商班!」

「異常ありません。金の饅頭をこしらえる越後屋になった気がするくらいで」

「水戸黄門に倒されてしまえ!」


 電子ゲームでよく見られる、数限りなく湧く商品は、この異界にない。例えば、回復薬を買い占めたとしよう。すると、回復薬は品薄になり、値段も上がる。薬屋から出される薬草の納品依頼をこなせば、品薄は解消され、値段も元に戻る。


 マホロバには、簡易的ながらも経済が構築されている。売り手の量と買い手の量で商品の価格が上下する、いわゆる市場価格で成り立っているのだ。両替商班の仕事は、物品の流通状況から相場を定めることにある。因みに、マホロバの通貨単位は「ぜに」だ。変動する相場の情報は、今後の運営方針を決定する材料として活用するため、資料化されて運営部に提出される。


 リアル冒険ゲームの特性上、マホロバの商いには電子物と実物の売り買いがある。電子ゲーム版の場合、電子物の取引に終始するので問題ないのだが、一方、リアルゲーム版の場合、電子物の取引以外に、飲食物を始めとする実物の売買が発生するのだ。


 実物の取引をどのような手段で行うか?


 企画段階から「せっかくの異界で現界の貨幣を使うのは味気ない」や「プレイヤーにはマホロバの主人公にとことんなりきってもらいたい」といった意見が根強く、現金を使わない方向で苦慮に苦慮を重ねた結果、一種の金券で賄われることに決まった。金券を報酬とした、企業側が出す限定依頼を介して、実物の取引を行うのだ。


 限定依頼とは、依頼元によって依頼先が限定された依頼のことである。マホロバ来場者限定の特別な依頼を達成すると、食事券や土産券といった引換券が報酬にもらえる、というわけだ。逆に言えば、マホロバ内の食事処で実物を食べたければ、特定の依頼をこなすしかない。何せ、現金が通用しないのだから。


 それもあって、マホロバは外界からの飲食物の持ち込みを特に禁止してはいない。ただ基本的に、現界から持ち込まれた物には映像処理が施される。そのため処理によっては、おにぎりが蛙の丸焼きに変わったり、お茶が蝮酒に化けたりする。これは担当技術者の茶目っけだ。


 限定依頼を上手くこなすことができれば、事実上無料ただで商品を得られる。この博打的な要素は、プレイヤーを面白がらせて熱くさせ、来場者数の増加に一役買った。一見、企業側の丸損のように思えるが、客の目に映らぬ裏側で、利益を出す絡繰がしっかりと設けられている。筒元が損をする博打など存在しない。


 両替商班の仕事は決して軽いものではない。何と言っても、運営部に資料を毎日届けなくてはならないのだ。幸い、保守部の中では一等多忙なこともあってか、両替商班は運営部から比較的温かく見守られていた。金の饅頭しりょうが足りないと、お代官さまうんえいぶの怒りを買ってしまうが。


「次、広報部瓦版班!」

「午前〇時に新しい瓦版と差し替えました。現在、第一線冒険者の内容になっています」

「ん? んん? そ、そうか、何も突っ込むところがないな!」

「保守部ではないので」


 広報部瓦版班は、裏の花形である。なぜならば、保守部と同じく、業務を口実にしてマホロバではしゃげるからだ。表の花形と違い、まだ運営部に目をつけられていない。そこがまたいい。


 彼ら瓦版班は「瓦版屋」という役柄のNPCに扮しながら、各地に飛んで取材を行っている。攻略の最前線、未踏の遺跡、伝説の秘宝、謎の魅……。プレイヤーの話題になりそうな写真を撮り、プレイヤーの好奇心をかき立てる一言で飾る。時に、意味深長な記事を交ぜながら。


 瓦版は冒険協会で貼り出される。映画の予告編のように、プレイヤーを巧みに釣り上げ、マホロバの利用を継続させるのだ。


「次、広報部広告班……以降は時間がもったいないから省略だ!」

「「「「えええっ!」」」」


 社長の無情な判断に、省略された社員から悲鳴が上がった。


「むごい」

「殺生な」

「あんまりだ」

「無慈悲すぎる」

「ええい、文句は社長になってから言え! 朝会は終了だ、業務を開始しろ!」


 猛々しい咆哮に追い立てられ、社員は自席に着くとすぐさま仕事に取りかかった。





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