第6話 真の人類最強

 古代エジフト国を発祥の地とし、卑金属を貴金属に変化させ、不老不死の万能薬を生成すると言われた錬金術。その名を冠する現代科学者が、しかしながら科学の道に踏み込んだ切っかけは、余人が噂するような尊い志にあったわけではなかった。


 彼が自身の歩む道を定めたのは、よわい四の時分である。それは少年らしいものであり、高みにまで到達した理由はひとえに、火の中だろうが大真面目に直進してしまう素直さと、水の中だろうが大真面目に突進してしまう執念っぷりとの、明後日の方角へ見事なまでにぶっ飛んだ結実だった。酸いも甘いも、辛いも苦いも、とかく噛み分けた大人では、こうは行かなかっただろう。


 母親を亡くした少年は、その後、タロ家に引き取られた。少年タロ・コタロウにとって、人類は自然界の頂点に立つ恐ろしい種族である。義理の家族が自分に対して敵意を持っていないことは早々に理解したものの、部屋に閉じこもって日がな一日ぼうっと過ごしていた。


 それでも、一つ屋根の下で暮らしていけば、時と共に怖いという感情も薄れていった。部屋から出てくるようになったコタロウを、タロ家の家族は温かく迎え入れてくれた。義父には抱き締められ、義母には鼻を抓まれ、義兄には頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜられた。


 コタロウが居間に居つくようになった、ある日のこと。テレビをつけると、それが放送されていた。


「地球防衛戦隊ロボルンジャー」


 はっと息を呑んだ。人類の敵だった「お母さん」をやっつけた、正義の味方だ。名のりを覚えている。間違いない。


 それは正義の味方を撮っただった。画面越しに、コタロウは再び彼らと相対した。


 その放送回は一時間の拡大版だった。ナレーターが言うところには、地球防衛戦隊ロボルンジャーが宿敵ロボドレックスと直接対決するらしい。少年の視線は一瞬たりとテレビから逸らされることがなかった。


 ロボルンジャーが乗り込んだ五体の巨大ロボットと、大型恐竜のようなロボットに変身したロボドレックス。テレビ画面の向こうで、互いに一歩も譲らぬ激戦を繰り広げる両者。


 コタロウはロボルンジャーを憎んでいるわけではない。人類が人類の敵をやっつけるのは当然のことで、だから「お母さん」の件も仕方がないことなのだと思っている。ただ、もやもやはしていた。なので、ロボドレックスには頑張ってもらいたい、とこっそり応援した。


 そして、凹んだ。


 ロボット王国の王様ロボドレックスは、生まれ故郷の惑星が爆発してしまったため、民と共に地球へとやって来る。ロボット王国再建のため、人間社会で資金集めに奔走するのだが、方法が悪かった。悪の組織として、ついにはロボルンジャーの合体変形ロボットにぼこぼこと伸されてしまったのだ。幸い、コタロウと同じく、廃棄処分にはされずに済んだようで、少年は胸を撫で下ろした。


「お前の目指すものが間違っているとは思わねぇ。だからこそ、なんで誤った道を行った!」

「正しいことをやるには金が要る!」


 ロボルンジャー隊長レッドに返したロボドレックスの言葉は、雷となって少年を貫いた。


 この時、コタロウは決意する。ロボドレックスの家来になって、王様の代わりにお金を集めよう、と。


 そんな少年の人生を加速させたのは、一五年上の兄タロ・タロウであった。野性味に溢れすぎた野生児とでも表現すべきか、国境を軽く越えて行動するため、標準装備が音信不通と行方不明になってしまっている精悍な青年だ。


 コタロウはてっきりタロウも地球防衛戦隊ロボルンジャーの隊員だと思っていたのだが、どうも違うらしい。言葉を濁しつつも、「正義の味方ではあるが、ロボルンジャーではない」と最終的には否定された。ただ、友人にロボルンジャー隊員がいるのだとか。


 弟がロボルンジャーに興味を持った。そう思ったらしい兄は、翌日にはロボルンジャー隊長レッドを家に連れて来た。翌週には宇宙怪人ウチュモンの一団を家に招いて、仮装パーティーを開いてくれた。後の日、彼らウチュモンを参考にして、マホロバのキャラクターが出来上がるのだが、それはさておき。


 ウチュモンと友人の関係にある兄ならば、ロボドレックスとも友人なのでは?


 コタロウのお願いに、タロウは快く応えた。翌々週、兄はロボドレックスを家まで引きずってきた。ロボット王国の王様は敗北の傷がまだ癒えていなかったようで、しなびていた。サービス残業で疲労困憊なサラリーマンのように。その姿に、コタロウは決意を固く固く固め、宣言した。


「ろぼどれっくすのけらいになる!」


 その直後、タロウの鉄拳制裁が下った。なぜか、コタロウではなく、ロボドレックスに。


「てめぇ、俺の弟を悪の道に引きずり込むたぁ、いい度胸じゃねぇか」

「どんだけインスタント悪道!? 三分間クッキングにもほどがあるぞ」

「言い残すことはあるか」

「お前の弟とは今日初めて会ったんだが!」


 人類は最強の種族だが、その中でも兄は最強の人間に違いない。ロボルンジャーすら仲間と組んで戦ったのに、単独でロボドレックスを圧倒している。明かされた真実におののくコタロウだったが、風前の灯だろう王様を助けられるのは自分だけだと奮起した。今こそ、破急須われきゅうすのウチュモンに伝授された「人間を止めるための呪文」を使う時。


「おにいちゃん、かっこわるい!」

「よし、知的生命体同士、殴り合いの前に話し合いだな」

「すでに殴った後だよな、お前!」


 三人で膝を突き合せて話し合った結果、折衷案と言うべきか妥協案と言うべきか、ロボルンジャーの部下になるロボドレックスの部下になった。他ならぬロボドレックスに頼まれては、頷かないわけにはいかない。おそらく、人類にやっつけられてしまうことがないよう、表向きはそうしておいた方がいいのだろう。


 数日間、ロボット王国再建の資金集めについて、コタロウは頭をひねった。タロ家の両親に相談するも、父ウスには「働くなんてまだ早い!」と押しとどめられ、母カネヨには「金は天下を回らない! だから、天下からぶんどってやれ!」と尻を叩かれたものの、具体的な方法は教えてもらえなかった。頼みの綱は兄だ。弟は兄の帰国を待った。


 国が立て直せるくらいのお金を稼ぐにはどうしたらいいか。コタロウは帰宅したタロウに早速尋ねた。何事も余裕綽々な態度で対処する兄が、珍しくびっくりした表情を見せた。


「貯金目標が国家予算……お前、大物だな」


 異国の砂塵にまみれた無精髭を一撫でし、そして、彼は真剣な面持ちでこう答えた。


「千里の道も一歩からだ。手始めに、ロボルンジャーの七つ道具を作るってのはどうだ? 映画化を記念して、制作局がコンテストをやるらしいぞ。優勝者には金一封な」

「ろぼどれっくすのななつどうぐがいい」

「…………」


 心持ち片眉を傾けてから、タロウは人差指をぴんと立てた。


「いいか、よく聞け? ロボドレックスはロボルンジャーに負けて部下になったから、ロボルンジャーの七つ道具はロボドレックスの七つ道具でもあるわけだ」

「ん? んん? ん、がんばる」

「でもお前、運動音痴だからなぁ。上達って文字が辞書から逃げ出すほどの。枝で作った剣とか振り回して、自分にぶっ刺しそうだよなぁ。とりあえず、レッドの刀とグリーンの槍は作るな。ピンクのステッキは……微妙に危険な気もするが、まあ、いいか」

「ん、わかった」


 こうしてコタロウは戦隊ヒーローの七つ道具を作るべく、俗に言うところのオタク街道を勇往邁進する。


 ――〇と一の錬金術師へ至る道を。


「お前はいつも、発明品の山に埋もれているか、発明品の海で溺れているか、どっちかだな。オタクの一点集中力って奴を侮ってたよ。作り上げた発明品も、予想以上っつうか、想定外っつうか」


 帰宅するたびに増えている発明品をかき分けて、弟を助け出しながら、兄は「オタク一念岩をも通すか」と笑った。


 因みに、七つ道具コンテストなのだが、優勝はおろか受賞すらできなかった。兄いわく「レベルが違うどころか次元が違う」作品だったせいだとか。親が作ったものだと思われたらしい。後日、兄の留守中にロボドレックスが訪れ、頑張った褒美にロボット王国の金ぴかメダルをくれた。家来になってよかったと思う。





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