柴犬と歩む異世界生活~チート能力を貰いましたがヘタレは直りませんでした~

@mameta_kaku

第1話 社畜、転生す

「疲れた…」


 誰も居ない事務所で僕は呟く。


 時刻は26時、終わらない仕事に背を向けてトイレに向かう。


 水で顔を洗い眠気を飛ばすためだ。眠たい、けど眠れない。


「ひどい顔だな、もう見慣れたけど……」


 目の下に隈が住み着き、離れなくなったのは入社して1ヶ月もあれば十分だった。


 毎日コンビニでカップ麺やコンビに弁当を買い、パソコンの前で食べる事が普通になった。


 アパートを借りているけど帰るのは週に2度あるかどうか。


 寝るためではなく服を洗濯するためだ。僕なりの睡眠時間を確保する手段だ。


 寝る場所は事務所の更衣室、家に帰ると往復の時間が勿体無い。初任給で高めの寝袋を購入したのは良い思い出だった。


 こんなにブラックな生活を繰り返して既に8年が経っていた。


 そんな僕の名前は國本涼介くにもとりょうすけ、今年30になったおっさんである。


 身長は170cmだが、体重は52kgで痩せている。と言うよりやつれている。


 ゼネコンで施工管理をしているが自己管理ができていない状態だ。


 結婚はしておらず、彼女も居ない。経験もない。


 所謂魔法使いだ。賢者になるのも時間の問題と感じている。


 彼女は欲しいけど、作る気力が無い。


 毎月250時間を超える残業、でも記録されるのは20時間の残業。


 給料も安く、こんな会社を辞めようと思っても退職届を出す勇気もない。


 学生のころは楽しかった。もし、時間が戻るならこの会社に入社などしない。


 そんなことを考えながら、ウトウトとパソコンを操作する。


 ふとメールを見ると、見知らぬアドレスからメールが届いていた。





 件名:今の生活に満足していますか?


 本文:突然ですが、貴方は異世界の転生に当選しました!


 今の生活に満足していますか?不満を抱えていませんか?


 異世界に行けば貴方の満足する世界が待っているはずです!


 転生したい場合は下記ボタンをクリックしてください!


 國本様の異世界ライフをお待ちしております


 YES / NO



 最近、異世界転生ものの小説が人気になっているのは知っていた。


 僕だって休日は趣味に時間を費やしている。実際は布団に包まって異世界転生物の小説を読んで寝るだけだけど。


 今の生活に不満を抱いてる人は、異世界という架空の世界に憧れ自分と主人公を重ね合わせることで現実逃避をする訳だ。


 そんな僕も、現実逃避する側だけど……


 普段ならこんなメールはスルーするけど、日頃のストレスからマウスはYESのボタンに向かっていた。


 もし出来るなら、こんな生活から抜け出したい……


 もし出来るなら、充実した生活を送りたい……


 もし出来るなら、彼女とデートしたい。いないけどさ。


 様々なIFが頭の中に浮かんできて、そんな自分が情けなくて涙が止まらない……


 こんなにも弱かったのかと、痛感する。


 スパムでもなんでもいいやと思い、YESをクリックする。


 瞬間、僕は意識を手放した。





「おーい……」


「おーい……」


「起きろや!」


 パッシーンと頭を叩かれ、頭に鈍痛を覚えた。


 僕が体を起こすと、目の前には金髪のゴリマッチョが仁王立ちしていた。


 ゴリマッチョ、便宜上ゴリさんはニシッと笑った。


「やっと起きたかボウズ! 待ちくたびれたぞ!」


 さっきまで事務所に居たはずなのに、今は全てが白い空間に居る。


 僕が戸惑っているのを他所にゴリさんは話を続ける。


「やっと救えた魂があったと思ったら、なんともガリガリでやつれた奴がきたな〜」


 救えた…? どういう意味だろうか。僕は今まで果てのない仕事に追われていただけなのに。もしかして仕事から解放されたのだろうか?


「そりゃ、ボウズが過労で死ぬ前にボタンを押しただろう?」


 過労で死んだ? ボタンを押したってメールの事なのか? 訳が分からない!


「すまんなボウズ。吾輩がボウズの生活を見ていて可哀想になってな! 蜘蛛の糸を垂らしてみたわけだ!」


 なるほど僕は死ぬ前に助けられたのか……


 ちょっと待てよ?


 ふと、僕は起きてから言葉を発していない事を思い出した。


 その瞬間、考えを読まれている事に不気味な恐怖を感じ背筋に嫌な汗が流れた。


「ガハハハッ! そんなに怖がらなくてもいいぞ! 吾輩は神だからな、人の考える事など読めて当然だ」


「それで、僕はこれからどうなるのでしょうか…?」


 恐る恐る聞いてみるとゴリさんは笑顔で答えた。


「そりゃボウズを異世界に転生させてやる為に決まっているだろう!」


 ゴリさんの言葉に少し…いや、かなり心を弾ませる僕がいた。




「その前に、そのゴリさんはやめろや!」

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