第1話 世界平和セミナー
僕の名前はディル・ケッパー、人間だ。
なぜ人間と前置きしたかって?それは、この星には人間族と魔物族の2種類の種族が生活しているからだ。
けれど、人間と魔物の仲はサイアクで、しょっちゅうイザコザがある。僕が産まれる随分前に、異種属の戦争が禁止される条約が結ばれたって歴史の授業で習ったけど、どうしても種族間の憎み合いは拭えないみたい。それでも、中には本当に平和的で友好的な者だっているんだよ?
現に、僕は人間だけれども、僕を育ててくれたのは魔物の夫婦。なんでも、僕がまだ、ほんの赤ちゃんだった頃、山奥に捨てられていたんだとか。
僕と一緒に手紙が置いてあり、それにはこう書かれている。
「この子の名前はディル。私たちは罪深い事をしている事、そして図々しい事を承知しています。私達はタチの悪い人間に騙されて、借金取りにつけ狙われ、命が奪われそうです。せめて、この子だけでも助けてやりたい。この山は心の優しい魔物の方が住んでいると聞きました。人間であるのに人間が信用できません。これを見た魔物の方、どうか、どうかこの子を育ててやって下さい。もし、私達の命が無事であったなら、必ず迎えに来て、お礼をさせて戴きます。この子の母・ツマミナ/父・クレソン。」
なんで手紙の事がわかるかって?
それは簡単な話。現物がここにあるんだもん。しかも両親の写真付きで。
どうやら、両親の言う、優しい魔物が住む山と言うのは正しかったようで、事実、僕をここまで、家族として育ててくれた。
この山には小さな町があり、そこは人間を憎んでいない魔物だけでくらしているんだ。
おかげさまで、僕もこの歳まで、人間だと言う理由での嫌がらせやイジメなんてものは無かった。
でもなぁ。この写真に写っている人達が両親と言われても正直ピンとこない。本人を見たわけでもなければ声も知らない。育ててくれた父さん母さんの方が、よっぽど両親だ。
前置きはここまでにしよう。実は僕、この町を出ることになったんだ。
父さんと母さんは、ずっとここにいてもいいって言ってくれてるんだけど、やりたい事ができたんだ。
あの日、僕が都会へ出かけた時の事。
そこで偶然、世界平和セミナーのチラシを目にした。
元々僕は人間だ魔物だと差別はしないけれど、都会の人達はそうでもない。表面上仲良くやってる様に見えても、ちょっとしたところで差別をしたり、取っ組み合いになったりしてる。そんな中、争うより互いに手を取り合って、それぞれの長所を生かした方が生産的だ、という声もちらほら上がりだして来たとか。
そこで、平和セミナーを開き、有志をつのって現状の調査、及び打開策を考え世界に広めよう、という動きがあり、調査員を募集していた。
「…と、いうわけで、どうか皆さん。世界平和の為、異種属間でのいさかいをなくす為我々に協力して下さい。協力してくださる方には、面接と、ちょっとしたテストを受けて戴き、合格者は調査員として採用させて戴きます。」
僕もそろそろ仕事に就かなきゃ行けない年齢だし、何より人間と魔物が仲良く平和に暮らせる世の中になったら、なんて、前々から思っていた。
調査員になれば町の外の現状も自分の目で見る事ができるし、僕みたいな共存を望む者達の輪が広まればいいなって思う。周りがそうだからって理由で、何となく周りに合わせている人も多いと思うんだ。だから、僕は試験を受ける事にした。
面接官は各国の人間や魔物の人がいて、一般的な企業の面接の他、異種属間の今の状況についてどう思うか、などを聞かれた。
「では、ケッパーさんは異種属間でも仲良く平和に暮らせると、心から信じていらっしゃるんですね?」
当然僕はこう答える。
「はい。もちろんです。」
「随分自信があるようですね。なにか、根拠的なものがおありで。」
「はい、私は、見ての通り人間です。ですが、育ててくれたのは魔物の夫婦で、魔物達の暮らす小さな町で育ちました。」
僕が町の名前を告げると、面接官達はおおっと声を上げた。
「と、言うことは、例の山の中にある町の出身という事ですか。これはいい、噂によれば、あの町では魔物も人間も仲良く暮らしていると聞く。」
「そうですね。私の他にも、山で拾われた人間の子どもを育てている方も大勢いらっしゃいました。なので、偏見もなく、憎しみもないんです。歴史の授業では異種属間で憎み合いがあると習いましたが、そちらの方が信じられません。」
面接官達は、これはいいぞと言い合っている。
「なるほど。分かりました。あなたは見込みのある方だ。面接や試験は充分です。本日から採用とさせて戴きます。」
と、言うわけで、僕は晴れて調査員として採用されたのである。
その事を父さんと母さんに話したら、
「ディル…お前は立派になって。母さん嬉しいよ。」
「そうだな。しかし、魔物と人間の平和のための調査員となるなんてな。この町の他にも似たような町はあるが、ごく少数。調査は色々苦難があるだろう。頑張れよ。」
父さんも母さんも喜んでくれた。
それで……
「ちょっと言いにくいんだけど、僕、この町から出ようと思うんだ。」
この事を伝えると、やっぱり両親とも少し悲しそうな顔になる。正直、僕も少しさみしい。
「このまま、ここに住んでいてもいいのよ?」
「でもね、母さん。あちこち調査に行かなきゃ行けないんだ。だから出張も多くなるし、本部への報告も必要なんだ。そりゃあ、僕だってずっとここにいたいけど、移動に時間をかけるより、活動を効率よくしたいんだ。」
父さんと母さんは、仕方ないなって顔で、
「お前は昔から言い出したら聞かないからな。それに、何かに熱中すると、とことんまで突き詰める癖がある。わかった。身体には気をつけるんだぞ。」
「そうね。たまには連絡をよこすんだよ。」
2人ともそう言ってくれた。
「もちろん、連絡するよ。それに、年末年始やなんかには帰ってくるよ。ありがとう。」
そんなこんなで僕は調査員として活動をする事になった。旅費は経費で降りるし、ちょっと特殊な仕事だと言う事で、給料だってそれなりに入る。
家を出るときに、
「これを持っていきなさい。この町に代々伝わるお守りよ。それと…。」
僕の本当の両親の写真と、一緒にあった手紙を持たせてくれた。写真や手紙は別にいらないけど、と言ったらちょっと怒られちゃった。本当の両親もお前に会いたいだろうって。たから、この写真の人を見かけたら話しかけてあげなさいって。
「わかったよ。でも、僕の両親は父さんと母さんだし、故郷はこの町だ。それは変わらないよ。」
ちょっと恥ずかしいけど言ってやった。しばらく会えないからね、たまにはこう言うセリフもいいんじゃないかな。
「ディル…。」
父さんも母さんは今にも泣き出しそうで…。
僕も貰い泣きしそうで…。
だから、僕はごまかすように、大きな声で元気よく。
「じゃあね、行って来ます!」
こうして、僕の活動が始まった。
活動記録—
この町の魔物と人間は支え合って生きている。互いの長所と短所を補いながら。
日本中、いや、世界中がこの町の様になったらいいな。
ディル・ケッパーの活動記録 いざよい ふたばりー @izayoi_futabariy
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