第8話

 マリアは屋敷を飛び出して、愛する兄を追いかけた。

 実の兄妹が結ばれない事は、重々承知していた。

 だがそれでも、兄の側にいたかったのだ。

 王太子に襲われた事で、兄以外の人間に触れられるのも嫌だという事が、嫌というほどわかったのだ。


 公爵家の令嬢が、ただ一人大魔境に向かうなど暴挙としか言えない。

 王都でも貧民街は無法地帯だ。

 まして大魔境までの道は、圧政暴政で荒廃した貴族領も多い。

 途中で誘拐され、悲惨な結末が待っているだけだ。


 だがこうなる可能性を、アベルとイアンは考慮していた。

 イアンはマリアの護衛に強力な使い魔を送り、無事に大魔境で戦うアベルのもとにまで無事に送り届けた。

 これは後の世で、聖女マリアの苦難の旅として伝えられることになった。


 王家は王太子の処断を行わず、アントリム公爵家と戦う決断をした。

 クランリカード侯爵が王家に付いた事で、勝てると判断したのだろう。

 だが簡単に勝つ事はできなかった。

 貴族の勢力は王家とクランリカード侯爵連合に有利だったが、イアンの魔法とジョシュアとスカイラーの武勇が、連合軍の圧力を押しとどめていた。


 アントリム公爵家と味方する貴族士族は、不利な中でも遅滞戦略に徹し、アベルとマリアの帰還を待っていた。

 イアンの使い魔から、アベルとマリアが着々と力を付けている事を知っていたのだ。


「愚かな王と暴虐な王太子を斃し、民が安らかに暮らせる国を建国する!

 我と思わん者は共に立て!」


「どれほど傷を負おうとも、必ず私が癒して差し上げます。

 何も恐れず戦いなさい!」


 アベルとマリアの檄を受けて、多くの民が鋤や鍬を持って戦いに参加した。

 だが彼らが戦う必要などなかった。

 アベルとマリアが協力して使う合体魔法が、新たな聖魔法となり、魔獣を聖獣に変化させ、使役獣となり、先頭に立って戦ったのだ。


 聖獣の戦闘力は凄まじく、常に連合軍の先頭にたって勇猛を発揮していたルーカスを一撃で屠った!

 一方的な戦闘になった。

 いや、殺戮と言ってもいい状態だった。


 だがそれも仕方がない事だった。

 戦争中に連合軍が行った戦争犯罪は、略奪に放火、婦女暴行や幼児虐待まで、数多くの許されない行為があったのだ。


 生き残った者は、高位貴族であろうと容赦なく断罪され、石打刑・皮剥ぎ刑・鼠喰い刑・凌遅刑・車裂き刑など、考えられる限りの残虐な処刑が、生き残った被害者家族が行った。


 最初アベルとマリアは、比較的苦痛のない酩酊後の絞首刑を提案したのだが、民からの強い要望で仕方なく残虐な処刑方法を許可したのだ。


 アベルは建国王となった。

 マリアは一旦アントリム公爵家との養子縁組を解消して生家に戻り、実家からアベルの嫁いで正妃となった。

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婚約破棄された聖女な公爵令嬢は、義兄に恋する。 克全 @dokatu

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