第6話

「殿下、御止めください。

 婚約をしているとは言っても、結婚式を挙げるまでは指一本触れさせません!」


「ふん!

 何を言おうと無駄だ!

 この事はアントリム公爵も承知の事だ! 

 大人しく言う事を聞け!」


 獣欲に囚われた王太子ロアンは、放課後にアントリム公爵王都屋敷に乗り込んで、アントリム公爵承知の上で、マリアに襲い掛かった。

 獣欲に目を血走らせ、口の端から涎を垂れ流し、荒く大きな息を吐いている。

 その息は半ば消化された酸い獣肉臭がする。

 その悪臭は、暴れて逃げようとしていたマリアが、思わず息を止めてしまうほどだった。


「嫌でございます。

 やめてください。

 御助けください兄上!」


「愚か者め。

 ここにアベルはおらん。

 今頃は魔獣に喰い殺されておるわ」


 部屋の中を必死で逃げ回るマリアのドレスを破り脱がしながら、アベルは満足げに吐き捨てた。

 そうなのだ。

 ずっと自分を制止してきたアベルを憎むロアンは、アベルを暗殺すべく、魔獣に殺されように見せかける刺客を放っていたのだ。


「やれやれ、オイタをする未熟者には、御仕置が必要だね」


「何者だ!

 余の邪魔をするとただではおかんぞ!」


 マリアを押さえ込み、いよいよ欲望をとげようとしていたロアンだったが、それを制止するように、なにもなかったはずの部屋の片隅から、イアンの言葉が届いた。


「父上の命に従うか、兄上の想いに応えるか、正直迷っていたのですが、これはいけませんね。

 それに父上も、王太子が兄上を殺そうとしたと知ったら、今迄と考えを変えるのは必定です」


「何の事だ!

 余は何も知らん。

 何も知らんぞ!」


 自分が何か失言したと気がついたロアンは、獣欲で真っ赤に上気していた顔を今度は真っ青にして、全身を高熱に犯されたようにブルブルと震えさせながら、必死で否定の言葉を吐いた。


「ぎゃぁぁぁぁ!」


 だがイアンは、ロアンの言い訳など聞かなかった。

 御調子者のように見えても、兄想い姉想いなのだ。

 口では父親と兄の間で迷っていたかのように言っているが、最初から兄の頼みを聞いて、姉を助ける心算だったのだ。

 いや、兄の言葉がなくても、姉を助けていただろう。


 だが幸いと言っていいのか、ギリギリで助けようと部屋隅で隠れていた御陰で、王太子の悪事を耳にする事ができた。

 だから王太子には、最初に考えていたより重い御仕置をする事にした。


 最初は、幻覚魔法をかけて想いをとげたように思わせて、満足させて安らかに眠らせて、部屋に放置して風邪をひかせる心算だった。

 それを使い魔の黒猫に急所を噛ませ、電撃を流して悶絶させた。

 更に急所に呪いをかけて、獣欲を感じる度に激痛が走るようにしたのだ!

 

 

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