第5話

「殿下、勝手は御止めください」


「ルーカス。

 お前まで余の邪魔をするか!」


 アベルが側からいなくなった王太子は、また令嬢を毒牙にかけようとした。

 だがそれを、クランリカード侯爵家のルーカスが許さなかった。

 ルーカスは細身だが引き締まった長身の騎士だ。

 学生の身で騎士に叙任されているの、侯爵家の長男だからではない。

 学園内の剣技ではアベルと一二を争い、歴戦の騎士団に入っても些かも見劣りしない凄腕で、実力で騎士に叙任されているのだ。


 そんなルーカスが冷めた黒い瞳で王太子を見ている。

 心の中では王太子を汚物のように思っているが、それを表に出すほど青くも愚かではないが、御追従ができるほど器用でもない。

 今迄は苦手な役目をアベルに任せていたが、アベル不在とあっては、クランリカード侯爵家の利益のためにも見過ごせなかった。


 これがクランリカード侯爵家の息のかかった令嬢だったら、ルーカスは王太子の好きにさせていただろう。

 だが今回王太子が狙った令嬢は違った。

 アントリム公爵派にもクランリカード侯爵派にも属さない、第三勢力と言うべきか、それとも中立と言うべきか分からない、オーモンド伯爵家の令嬢ステラだった。


 ステラはこの国に多い金髪碧眼で、細身で小柄な身体がキビキビと動き、小動物のような可愛いさがあった。

 そして動く度に、左右におさげにした髪を縦巻きにカールしたロールヘアが、男を誘うように動くのだ。

 それだけではなく、身に付けた香水が男の理性を破壊してしまう。


 どう見ても学ぶために学園に来る姿ではない。

 男を誘い罠に嵌めるためとしか思えない姿だった。

 ルーカスは苦々しい思いだった。

 アントリム公爵派とクランリカード侯爵派に別れていた社交界に、新たな勢力が現れたかもしれないのだ。


「王太子殿下。

 陰からずっと御慕いしておりました。

 どうか我が想いを御汲み取りください。

 いつでも御待ちしております」


「黙れ!

 殿下はマリア嬢と婚約しておられるのだ。

 城下の売春婦のような事を、伯爵家の令嬢が口にするなど、恥を知りなさい!」


 謹厳実直で生真面目な性格のジョシュアが、思わず怒りを露にした。

 全身に力が入り、傍目にも激怒している事が分かるくらいだった。

 当主ケインの野望と、長男アベルのマリアへの優しさを知っているジョシュアは、なにを優先すべきか苦慮していたが、思わず叫んでしまっていた。

 だがそれがマリアを窮地に追い込むことになった。


「ほう、そうかジョシュア。

 確かにマリアが余の婚約者だったな。

 他の令嬢を傷者にしてはいけないと言うのなら、正妃となるマリアに相手してもらおうではないか」

 

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