第4話

「兄上様。

 本当に行ってしまわれるのですか?」


 マリアは不安だった。

 聖騎士に認定されたとは言え、アベルはまだ十七歳だ。

 魔獣の跳梁跋扈する大魔境に討伐に行くとなると、何も心配するなと言うのが無理な話だった。


「何の心配もいらない。

 護衛の者達も腕の覚えのある歴戦の戦士だ。

 相手が魔獣であろうと、不覚を取ったりはしないよ。

 それよりもマリアの方が心配だよ。

 ジョシュアとスカイラーの言う通りにするのだよ」


 一方アベルはマリアの事が心配で仕方がなかった。

 王太子殿下は劣情の激しい方だ。

 今迄は自分の力で抑え込んでいたが、男爵子息と男爵令嬢の立場しかないジョシュアとスカイラーに抑えきれるか心配だった。

 敵対する相手ではあるが、ルーカスの手腕に期待するしかなかった。


「どうしても行くと申されるのでしたら、私も御一緒させてください。

 私が御一緒すれば、どのような傷でも治して差し上げられます。

 どうか私も御連れください」


 マリアはアベルの側にいたかった。

 いつかは王太子に嫁がなければいけない身であるからこそ、少しでも長く兄の側にいたかった。

 それが、その残されたわずかな期間に、兄が大魔境の遠征に行くと言うのだ。

 どんな理由をでっちあげても、側にいたかった。


「ちょっと、ちょっと、ちょっと。

 これじゃまるで死出の旅路に出る恋人を送る令嬢じゃないですか。

 兄上も姉上もたいがいにして下さいよ。

 家臣達が不審に思いますよ」


 ふざけた感じで次男のイアンが話に加わってきた。

 兄想い姉想いの弟だが、重い雰囲気が苦手な御調子者で、この場の雰囲気が嫌になってチャチャを入れてきたのだ。

 周りの家臣達も助かったと言う顔をしている。

 死の危険のある討伐に参加する家臣達にも、この雰囲気は遠慮したかったのだ。


「馬鹿な事を言うな、イアン。

 俺はマリアが心配なだけだ。

 何と言っても殿下が相手なのだ。

 従属爵位を借りただけのジョシュアとスカイラーの言う事を、聞いて下さるかどうか心配だったのだ」


「……」


 アベルに他意はなかったので、何のわだかまりもなく答えたが、マリアは違った。

 恋人同士のようだと言われて、のぼせ上って顔が真っ赤になってしまった。

 とてもではないが、顔を上げる事などできず、下を向いて黙り込んでしまった。

 マリアには周囲の温度まで急上昇したように感じられていた。


「姉上はそうでもないようですよ。

 まあ、姉上の兄上好きは今に始まった事ではないですがね。

 ですが姉上の心配ももっともです。

 だから僕がついて行って差し上げましょう

 僕が御一緒すれば百人力ですよ」

 

「まあまて、俺としてもイアンに着いて来てもらえたら百人力なんだが、イアンには別にやってもらいたいことがあるんだ」

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