第3話 セントラルタワー2
サキが目を覚ましたときには、室内は明るくなっており、誰もいなかった。翼の付け根に汗をかいていて、むずむずと気持ちが悪い。ソファには抜けた羽根が何枚か落ちており、それを集めて色あせていく様子を眺めていた。
サキがぐずぐずしていると、清掃員の男性が入ってきた。
「ゴミは持ち帰ってよ」
と不機嫌に言った。
その後、二階の食堂へと降りていき、食事をとった。鳥人は雑食だが、豆や果物を好むものが多く、肉はあまり食べない。酒には弱く、甘いものは好き嫌いが分かれるようだ。
サキは、そら豆のスープとヨーグルトを食べ、夕食用にサーモンのサンドイッチを包んでもらった。鳥人は火が苦手なので、自分たちで料理をすることはまずない。鳥人たちの住むアパートには暖炉すらなかった。
「サキ、本当に行かなかったんだ!」
食堂の入り口で鳥人の子供たちに声をかけられた。まだ十歳にも満たないほどで、瞳はアクアマリンの宝石のように澄み切っていた。瞳の色も白い羽根も幼ければ幼いほど、よく澄んだ純粋の色をしている。
子供たちはわーっと甲高い声を上げながらサキのまわりをぐるぐると回った。
「どけよ」
歩きだそうと右足を出すと、それに一人の子供がつまずいて転んだ。まだ幼いせいか、身体と翼のバランスをとることが下手で、なかなか立ち上がることができないでいた。それを見下ろすサキの瞳には表情がなかった。
「サキの翼はニワトリの羽根!」
子供たちはそう叫びながら、走り去った。
かっと顔が熱くなった。全身の産毛が針にでも変わったかのように、細かな痛みが肌を撫で、胸の中心にある隙間は痛みを覚える余地のないほど深く淀んでいた。
そんな彼の意識がそれを呼んだのか、それともただの不運か、サキは黒く細い影がエレベーターから出てくる姿を目の当たりにし、ぶるっと身体を震わせた。
しかし、ジールはサキに気がつくと灰色の瞳で見下ろしただけで、何も言わずに通り過ぎていった。
「ジールの翼はカラスの羽根!」
後ろからそんな声が聞こえてくる。
カラスは飛べる。しかし、ニワトリは――
サキは夢中で歩き出した。泥水のような濁った瞳が、心の中まで汚染していくようだった。自分の瞳と翼の色は、まだ大丈夫だろうか。ふと、そんなことを考えた途端に、夜風を浴びたみたいに身体の中が冷え冷えとした。痛みを感じていた肌が下のほうからぞくぞくと震えて吐き気がした。しかし、背中はじわりと汗ばんで嫌な感じがする。
タワーを出ると北風が出迎えてくれた。翼の間に風が入りこみ、すっと背筋が涼しくなる。心地よいような薄気味悪いような居心地の悪さを感じて、助けを求めるように空を仰いだ。
冬がはじまると、空は灰青色に変わる。
セナの瞳はこんな色をしていた。
サキは冬になるたび、そう思う。
澄んでいたようにも思う。澄んでいなかったようにも思う。
セナが死んでから、三年になる。
あの日はもっと寒い日だった。
サキは翼を縮めながら、歩いて帰った。
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