第5話
人間は目標があると毎日が前向きに生きる事が出来るというが、幸太にとってみて、その目標というのが麻耶と付き合う事であり、まだ仕事が決まっておらず、仮に肝心の仕事が決まったとしても麻耶が付き合うのを了承してくれる保証はどこにもないのだが、それでも動画の作成に精を出している。
「なぁ、幸太よ……」
繁は幸太を半分気の毒そうに見つめて口を開く。
「矢作の妹さんと付き合うのを諦めて、地域活動センターに行って同じ境遇の女の子見つけて知り合うのはどうだ? あの子可愛いからライバルとか多分多そうだぞ……」
幸太はコーヒーを口に流し込んで、口を開く。
「俺はそれはどうしても嫌だね! 必ず受かるんだよ!」
「はぁ……」
高校生のような勢いを放っている幸太を見て、何もつける薬はないなと繁は思い、煙草に火をつける。
テーブルに置いてある、繁の最新のiPhone11からバイブが鳴り、繁は慌てて手を伸ばす。
「うん……?」
「どうしたんだ、繁兄? 何かあったのか?」
液晶を食い入るようにして見やる繁の様子は只者ではないなと幸太は思い、繁に何事かと尋ねる。
「あ、いや、何でもねーよ、市役所の試験っていつからだ?」
「明後日からだ」
「ふーんそっか、悪いな、仕事入ったからそろそろ帰るわ、またな」
「う、うん、またね」
繁はいそいそと立ち上がり、幸太の部屋から出て行く。
(何かあったのかなぁ、焦りようが只者ではなかったが。でもどうせ大した事ではないんだろうな……)
幸太は繁の後ろ姿をチラリと見て、再び視線をパソコンに戻す。
📖📖📖📖
市役所の会議室の前の椅子に、幸太はUSBと履歴書の入っているバッグを持ち、紺のストライプのスーツを着て緊張しながら座っている。
(寒い……何故こう、寒いんだ……?)
夏にも関わらず、幸太には強烈な寒気が襲ってきており、ガタガタと震えている。
「ゲホゲホ……!」
熱があるんじゃないかと幸太は思いながら、iPhoneを開く。
『頑張ってね(^^)』
麻耶からのラインのメッセージに、幸太の顔は綻ぶ。
先週、図書館で自分が麻耶が好きな事が直樹に指摘されて以来、麻耶と幸太の関係はどことなくギクシャクしており、図書館には暫く通っていない。
だが、つい先程麻耶から二週間ぶりにLINEメッセージを貰った事で、すこし幸太の体調は良くなっている。
「豪福寺さん、お入りください……」
部屋の中から声が聞こえ、幸太は意を決したのか飄々とした表情で立ち上がる。
ドアをノックしようとすると、幸太の視界が真っ黒く染まり、その場に崩れ落ちる。
📖📖📖📖
コールタールのような粘着性のあるドス黒い液体の入っているプールのような建物の中に、幸太は横たわっている。
(体が動かない……!)
体を動かそうにも、液体が体に纏わり付き、なかなか動かないのである。
(ここはどこなんだ? 確か俺は、市役所で試験を受けに行こうとしたはずだったが、試験はどうなったんだ? てか俺、部屋に入ろうとした時から全然記憶が無ぇ……ここは異次元なのか?)
幸太は何とか顔を上げて、周りを見渡す。
麻耶が50メートル先にある椅子に座り、俯いており、泣いているのが、裸眼視力2.5の幸太の目に映る。
(麻耶が泣いている……)
た、す、け、て……
麻耶は幸太に向かい口をパクパクさせて言っている。
「行かなきゃ……」
幸太は力を振り絞り、コールタールを押し除けて麻耶の元へと泳ぎ始める。
「俺が麻耶を助けるんだ……!」
📖📖📖📖
「うーん、麻耶……はっ」
幸太は自分の呻き声で目が覚める。
一面白い天井と、カーテンで仕切られた部屋、腕に繋がれた点滴、心配そうに自分を見ている繁と直樹、麻耶を見て、ここは病院なんだなと幸太は何となくそう思い繁に向かって口を開く。
「繁兄、ここは……?」
「病院だ、お前はインフルエンザにかかり、二週間ぐらい入院していたんだ……」
「……そうだ、試験は……?」
「問い合わせたが、病欠は認められないと。お前は落ちてしまったんだ……」
「そうか……」
幸太は深いため息をつき、その場でしょげている。
「だがな、図書館司書補の講習があるんだよ、三ヶ月後に。直樹に教えてもらったんだよ」
「え……?」
幸太は驚きながら、直樹を見やる。
直樹はにこりと笑い口を開く。
「司書補はね、大学に行かなくてもなれるんだよ。そこにいけば講習だけ受ければ取れるんだよ」
「そうですか、でも俺は……」
「そこで、司書補の資格を取れば、ここで雇ってあげる、館長での独断だけどね、俺館長になったんだ、これは内緒だからね。……もし、頑張れば、麻耶と付き合って良いよ」
「え……」
幸太は麻耶の顔を見つめる。
麻耶は照れ臭そうに、幸太に微笑みを送っている。
図書館暮らし 鴉 @zero52
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