第2話
5月初旬、世間様ではゴールデンウィークと呼ばれる長期休暇の週なのだが、幸太の場合はもう既に一生を終えるであろう数十年間の間、国が破綻しない限りは働かずに暇人である。
いつも、と言っても過言では無い、生活保護を受給してからの一月が過ぎ、オンラインゲームと無料動画でアニメと映画を見てだらだらと毎日を送る幸太は、朝の10時に起きて、部屋から少し離れた場所にある、住んでいるZ市内では一番大きな紅図書館図書館へと、足繁く通っている。
底辺高校しか出ていない幸太は、勉強が嫌いだったのだが、長い暇潰しになればと試しに最新の文庫本を借りてハマり、色々な本を片端から読んでいるのである。
(さて今日は何を借りようかなぁ……YouTubeに興味があるんだよなぁ、そっち関係の本とかねーかなぁ、今更IT関連のところに行けるスキルとか職歴とかねーし、第一こんなぬるま湯から脱出なんざしたかねーが、面白そうなんだよなぁ……)
建物の中にある二階の階段を登ろうとし、パーマがかかったボブカットの、自分と年がさほど変わらない、図書館書士の制服を着た女性と通りすがり、可愛いなと思ったが、生活保護を受けている自分に誰も関わろうとする人間は居ないんだなと思い、ため息をついてIT関連の書物のコーナーへと足を進める。
本棚に並べられている、webコーキングだとか、HTML5だとか、難しい内容の本に自分が理解できるのかどうか疑問に思いながらも、その中の薄い、ポイントを押さえただけのwebデザイン関連の本を手に取り、受付に足を進める。
受付には、先程、軽く気に入った可愛い顔の女の子がおり、左に泣きぼくろがある、水商売の方が向いているのでは無いかと幸太は思いながら、どんな名前だ、どうせ俺とは付き合えないんだが気になると思いネームプレートを見やる。
『紅図書館書士 矢作麻耶(ヤハギ マヤ)』
矢作という名前は珍しい名前だなと思いながら、それにしても可愛いなと心の中で幸太は深いため息をつく。
📖📖📖📖
生活保護をもらうのは並大抵のことでは無い、当然の事ながら、国民の血税の中から生活費を払うのだが、社会保障費は年々増加の一途を辿っており、日本が衰退していく原因だと言っても過言では無い。
だが、裏技的なものがあり、障害者で身寄りがいないものは簡単に受給できてしまう。
それに、障害年金を貰っていると、約2万円分ぐらいが上乗せで貰えることができる。
幸太は障害基礎年金の一級に該当しており、生活保護費約12万円の他に2万円が降りている為、月に14万もの収入を貰い、社会弱者が比較的容易に入ることができる県営住宅に入居をして、月数千円の家賃で好き勝手やっているのである。
ーー図書館でいつものように時間を潰し、スーパーでタイムセールで安く買ったパンと一杯88円の缶コーヒーを持ち、休憩所に幸太はいる。
(さっきの人可愛かったなあ、でもな、俺では付き合えないだろうな。生保だし。でも目の保養になるからいいか……)
格安SIMフリーのスマホのバイブが鳴り、幸太は液晶を見やると、そこには繁からのラインメッセージが入っている。
『お前図書館にいる? 仕事早く終わったから、そっちに行くわ』
繁と市役所の人間とケースワーカー以外連絡する人間がいないスマホを見て、幸太はため息をつく。
「……やめて」
奥の部屋から聞こえてくる女性らしき声が幸太の耳に入り、何事かとパンとコーヒーを置き、幸太は声の方へと足を進める。
「なぁ、いいだろ、これからさ、カラオケ行くべよ」
「決まり、行くべ」
ラッパー崩れなのか、パーカーとキャップを被ったヒップホップスタイルに身を包んだ男と、トレッドヘアーの男が場の空気をわきまえずに麻耶をナンパしている。
「や、やめてください、人呼びますよ……?」
麻耶は嫌がっており、腕をつかんで無理やり誘おうとしている男から何とか腕を離そうともがいている。
「やめろ……!」
喧嘩に弱い幸太は、なぜか見て見ぬ振りをせずに、自然に声が出る。
「人呼ぶぞ!」
「あ!? 何だとてめぇ!」
トレッドヘアーの男は、ゴツい指輪がはめられている手で、幸太の頭部を殴り飛ばす。
「う……!」
その場に崩れ落ちた幸太の腹を、ラッパー崩れは思い切り蹴り飛ばし、幸太は胃の中に入っている、昨日スーパーの見切り品で調理したゴーヤチャンプルーの消化物を吐き出す。
「こいつ弱いぞ、やっちまえ!」
「はいお前ら、傷害な」
彼らの背後には、スマホで動画を撮影している長身の痩せている男が他の書士と共に立っている。
「あの、警察を呼びましたし、カメラで撮影されてます……」
気弱そうな、ショートヘアーの男性職員は彼らにそう言い放つ。
「おい、幸太!? どうしたんだ!?」
作業着に身を包んだ繁がやって来て、幸太は安堵したのか気を失ってその場に崩れ落ちた。
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