図書館暮らし
鴉
第1話
2019年になった現在、生活保護受給者は過去最高を記録しており、国民の血税で賄う生活保障費の負担を年々増やしている。
生活保護の額は自治体によりばらつきがあるのだが、良くて個人で13万程度であり、当たり前なのだが、セーフティネットとしての手段であり、ギリギリ一人で暮らしていける額だけしか支給されない。
だが、裏技があり、障害年金の一級と二級を持っている人間は1万円程多く上乗せされるし、生活保護をもらっていると県営住宅に入りやすくなるのである。
これは、生活保護を受ける事になった、一人の青年の物語であるーー
📖📖📖📖
「来月から、生活保護を支給します」
「よっしゃ!」
豪福寺幸太(ゴウフクジ コウタ)は、市役所内に響かんばかりの声で、ガッツポーズを取り、周囲の冷たい視線を浴びてすぐに我に帰る。
「あ、いえ、すいません……その……」
「えー、生活保護は国民の皆様の税金で賄っているので、くれぐれも無駄遣いはしないでくださいね……!」
原口という名札を掲げている、黒縁メガネをかけた40代後半ぐらいの肌艶の女性職員は、国からの血税をもらうのを喜んでいる幸太をみて、怪訝な表情を浮かべる。
「は、はい……」
(誰が真面目に使うかってんだ、最低限の生活費は近所のスーパーの安売りでなんとかなるし、第一俺県営住宅に住めるし、そんなに生活費はかかんねー、手取りの単発派遣で稼いで、風俗やキャバクラに通いまくるべ……!)
幸太は、国民失格の言葉を誰にも聞こえないようにそっと胸の中にしまい、書類をバッグに入れてそそくさと足早に市役所を後にする。
📖📖📖📖
市役所から出た幸太が向かった先は、2年前から住んでいる県営住宅の一階の自室ではなく、言わずもがな、パチンコ店である。
(いい台ねーかなぁ……)
生活保護を受給する為に約一年前から貯金を下ろして審査に通りやすくするようにし、自宅にはタンス預金の150万円程があり、今日はその中の金を使い、家や市役所から離れたパチンコ店に通う事にしたのである。
店内に入ると、出玉の音と機械の演出による電子音が聞こえ、気分が高鳴る感覚を幸太は覚える。
(いるかなぁ……)
たった1000円が、数万円、もしくは10万以上に化ける可能性を秘めている、社会では決して認められないのだが、警察機関は黙認している、何人もの人間を再起不能にした禁断の場所に、幸太はいる。
出てそうな設定の台がないかどうかキョロキョロと調べていると、ド派手な虎と昇り竜のスカジャンに花柄のハンチングを被った、やや太っている男が、ドル箱を二箱も抱えてスロット台を打っているのが幸太の目に飛び込んでくる。
「シゲ兄!」
幸太は、シゲ兄と呼んでいるこの、怖いビジュアルの20代後半の男の肩を叩く。
「何だよ、幸太かよ、どうだった? 結果は……?」
「勿論もらえたよ!」
「良かったな! これでお前は勝ち組だ!」
目の前にあるスロットがボーナスを弾き出し、シゲ兄はニヤリと笑った。
📖📖📖📖
幸太と、桐生繁(キリュウ シゲル)は、お互いが親がいない孤児であり、血は繋がっていないものの、同じ児童福祉施設出身であり、実の兄弟のように青春の日々を謳歌した。
幸太が18歳になり、児童福祉施設の定めにより高校卒業をしたら退所しなければいけない為、隣の県で工場の正社員の住み込みの仕事を見つけて卒業後にそこに勤めることになった。
ここまでは良かった。
だが、人よりもおっとりしている幸太は、スピードが求められる職場で直ぐに職員から罵声を浴びせかけられ、鬱病になり、ある日職場で暴れて急遽閉鎖病棟に入院することとなる。
一年が過ぎ、身元引き取り人がいないまま、どうせこんな糞の様な場所で一生を過ごすのだろうと思っていた矢先、繁が幸太の目の前に現れる。
一つ年上の繁は幸太よりも一足先に、建築現場での作業員の職を見つけて住み込みで働いており、施設に顔を出したら幸太の事を聞き、急いで駆けつけたのである。
「お前はこんな場所で一生を過ごすべきではない、俺が何とかしてやる……!」
繁は、骨と皮だけに痩せ細った幸太にそう言い、身元引き取り人になり、退院し同居し始めた。
障害者手帳と障害基礎年金の手続きと受給をスムーズに終わらせ、生活保護をもらえるように繁は幸太に施したのである。
📖📖📖📖
単身者用の県営住宅の一室、幸太は一人でポツンと部屋の中で煙草を吸いながら天井を見つめている。
この県営住宅は、たまたま繁が住む街で入居者の募集があり、幸太が障害者手帳を持っていた為、直ぐに入れたのである。
「生活保護、かぁ……」
かつて自分が、税金を支払う為にいじめを受けて働いて稼いだ額以上のお金を今貰えるようになった。
……俺はもう働かなくていい無敵のフリーパスを手に入れたんだーー
20歳になったばかりの幸太はこの現実が嬉しいと思いながらも、心のどこかで素直に喜べないでいる。
半開きの窓から、桜の花びらが舞い落ちて来て、季節はもう春なんだなと、幸太はため息をついた。
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