初恋の再会はいつだって修羅場なのです

「まさか、光、君……」


 葵のほうも気がついたようだ。動揺の色が見て取れる。優霧も気になったのか怪訝な表情をしている。


「んっ、お母さん、どうかした?」

「いいえ何でもないわ。皆本光ってなんだか光源氏みたいな名前だと思って。あなた、彼氏について何も教えてくれなかったから」

「先入観を持たずに会って欲しかったんだ。第一印象って大切でしょ」


 その気遣いは無駄になってしまったようだ。先入観どころか私たちは旧知の仲なのだから。


「どうぞ入ってください。続きはお茶でも飲みながら致しましょう」


 招かれて屋敷の中に入ると外見に劣らず豪華な造りだ。

 ホテルのロビーのような応接室に通され、そこにいた使用人に希望のドリンクを尋ねられ、「紅茶」と答えると菓子をのせた3段のアミューズスタンドと共に一目で高級とわかるティーセットが運ばれてきた。


「それで皆本さん、もう少し詳しく自己紹介してくれませんか。お年は、職業は、家族構成は」


 まるで職務質問だな。高校生の娘が連れてきた男が自分と同い年では無理もないか。


「年は36才。職業は公務員。町役場に勤めています。母は幼い時に、父は10年ほど前に亡くなり、今は一人暮らしです」

「そう、お父様もお亡くなりになったの」


 私が一人っ子なのも母がいないことも葵は知っている。父の死をどう感じたのだろうか。


「失礼な質問ですけど離婚歴とかはおありですか」

「いいえ、ずっと独身です」

「それでも恋愛経験のひとつくらいあるでしょう」

「残念ながら女性にはさっぱり縁がなくて」

「そう、なんですか……」


 葵は懐疑的な目付きで私を凝視している。疑いたくなる気持ちはわかるが事実なのだから仕方がない。


「お母さん、光君ってホントにモテないんだよ。この年になってようやく初恋を経験したんだって。もちろん相手はこのあたし」


 横から優霧が口を挟んできた。しかも誤った情報だ。普段なら聞き流すのだが今の状況では看過できない。


「優霧、悪いんだが私の初恋の相手は君じゃない」

「えっ、ウソ。なら誰なの」

「高校の時、好きになった同級生がいたんだ。思いきって告白したんだが返事は『友人としてならOK』だった」


 葵の目付きが鋭くなった。鬼のような顔でこちらを睨みつけてくる。


「えええ、告白! 光君、勇気あるじゃない。それでどうなったの」

「どうもならないさ。本当に友人のままで終わった。彼女に恋人ができてしまったからね」

「なーんだ。つまらない。でもそのおかげであたしみたいにカワイイ女子高生を恋人に持てたんだし、結果的にはよかったのかもね」

「光さん!」


 バンッと大きな音がした。葵がテーブルをたたいて立ち上がったのだ。怒りとも哀しみともわからぬ瞳で私を見据えている。


「あなたのことはよくわかりました。残念ですが娘の恋人と認めるわけにはいきません」

「お母さん、どうして!」


 優霧も立ち上がった。母親の口からそんな言葉が飛び出すとは夢にも思っていなかったのだろう。


「どうしてもないでしょう。20才も年上の男性との交際を許す親がどこにいます」

「でもお母さんだって15才も年上のお父さんと結婚したじゃない」

「20才と15才では5才も違います。年上すぎます」

「そんなの誤差よ。たいして違わないわ」

「優霧、あなたは勘違いしているのよ。あなたがこの人に感じているのは恋愛ではないの。父親を恋い慕っているだけ。幼い時に亡くした父親への憧憬を恋愛と勘違いしているのよ。いい加減に目を覚ましなさい」


 そうだな。葵の言うとおりだ。それは私自身も薄々気づいていた。もし優霧が葵に似ていなければ交際の申し出は間違いなく断っていただろう。


「違うもん。お父さんだなんて思ってないもん。光君はあたしの初恋の人だもん」

「いいや優霧。お母さんの言葉は正しいよ」


 私も立ち上がった。もう結論は出ている。これ以上長居をしても仕方がない。


「そもそも中年男と女子高生の交際など社会的に許されることじゃないんだ。最初に断るべきだった。許してくれ。今日はこれで帰るよ」

「光さん、賢明な選択に感謝します」


 葵がテーブルのベルを鳴らした。ドアを開けて使用人が入ってきた。


「お客様がお帰りです。お見送りをお願いします」

「かしこまりました」

「優霧、これでお別れだ。君にはもっと相応ふさわしい相手がいるはず。新しい恋を見つけてくれ」

「待ってよ。光君はそれでいいの? それが光君の本心なの?」


 その問いかけには答えずに部屋を出た。もう二度と優霧とお喋りを楽しむことはないだろう、そう思いながら。

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