第8話 面接終了。沸き立つ暁月優利の想い。
「はい、きみの」
狭い部屋に、折り畳み椅子の
こんなに先進的なのに、面接がこれかと、少々気落ちした前で、ヒコマロが壁に向いた。腕に嵌めた
「暁月優利……いい名前を貰ったねえ」
おやっさんがのんびりと答える前で、ヒコマロが優利に向いた。
「面接官の、
「モナ?」
門奈は不思議そうな顔をして、「そうですが」と答え、腕を壁に向けたまま、履歴書を眺め始める。
――モナって……まさか。思い出した瞬間、足元が崩れるような衝撃を受けた。見回せば、ここは
VRは仮想現実だが、あれは確実に、齎される死、そのものだった。
「……なんで履歴書にこういうこと、書くかな・ゲームが好きなのは分かったが……そうじゃないのか、ヴァーチュアス・ゴドレス・オンライン中毒か」
どうしよう。帰りたい。――また
面接なんか、どうでもいい。
「おい、聞いてる? こういうこと書くと、通常の会社は通らんだろ。おやっさん、どう思う。生粋の
今度は先ほどの電磁波の計測データが映し出された。
「――尋常の20倍。改札も、電子マネーも支障が出るレベル。だが、うちには欲しいところですね。……どうした?」
どうしたもこうしたも。
優利は脳裏に名前を並べてみた。もんな、モンナ、MONNA、モナ……ありえない話じゃない。ともすれば、自分は面接の前に、運営に殺されかけたことになる。
確かに、あれはVRだった。仮想現実の醍醐味としては、ホラー・スプラッタの疑似体験もいいだろう。だが、ヴァーチュアス・ゴドレス・オンラインは違う。VGOだけは、リアルから完全に切り離される奇妙な引力があった。
脳が侵されるような、神経を揺るがすような。
「あの、質問いいですか?」
「どうぞ」
呆れるでもなく、門奈は
運営会社の面接官にしては、規律正しいし、どこか、薬品の香りもするが、隣のおやっさんの煙草臭さを防御しているようにも見える。
「ヴァーチュアス・ゴドレス・オンライン……やってますか?」
「やってます。あれは我が社の最大の試験なので。ああ、今はβ版で、まだ実装が追い付かず……」
「昨日」
言いかけて、俯いた。膝に置いた手が小刻みに震え始める。嫌な汗が出て来て、「暑いよねえ」とおやっさんが立ち上がり、ドアを開けてくれた。
「うちの娘、そろそろ
「ああ、忘れてた」
門奈は優利に軽く片手を振ると、壁に向かって止められていた
『お父さん! ごめんなさい! また、わたし、お皿を割ってしまったわ』
「奥さんの記憶バグが出てんな……いや、きみは失敗していないから。お皿がどこにあったんですか? ほら、安心して、業務に戻ってください、高遠笑巳子さん」
高遠笑巳子と呼ばれたアンドロイドは優利に微笑むと、頬を染めて、部屋を出て行った。
「おーおー。惚れやすい妻の性格まで
「軽口言ってる場合スか。ちゃんとプログラム課に
「いえ、何でもないので、帰ります。僕、もっと強くならないと……また、あの地獄は嫌だ」
門奈は黙って履歴書の画像を消し、立ち上がった。
また、莫迦を言った。しかし、もう遅いだろう。いつだってこうなる。ゲームが気になって、就職もままならない。どうして、ヴァーチュアス・ゴドレス・オンラインなんかに出逢ったのだろうと思いつつ、また戻っていくのだろう。
「せっかく来てくれたんだ。電磁波も大分減っているし、サーバー内部など見学してはいかがだろう。と言っても、実際には入れないから、立体型VRで見て貰うことになるが」
――ヴァーチュアス・ゴドレス・オンラインの内部?!
「いいんですかっ?」立ち上がった折り畳み椅子ががくんと揺れた。
「途端に元気になったねえ」おやっさんがにこにこと和ませてくれた。
「いいね、きみ、ヴァーチュアス・ゴドレス・オンラインが大好きなんだね。わたしはアレは出来なくてね。パックパックのほうが面白いぞ」
マトリョーシカのようなゲームだった気がする。どんどん大きさが変わるウイルスを追いかけていく変なゲームだが、昔、一世を風靡したらしい。
旧ハードウェアを思い出して、優利はやっと頬の筋肉の緊張を解くことが出来た。
部屋を移動して、部屋全体がスクリーンのVRルームで、まずシステム展開図を見せて貰った。ゲーム作成のモーションキャプチャーや、建物はCADデータを組み合わせている。その上で、VRにするコードを入れて行くそうだ。
「実装前だが」特別だとまだARの段階の塔の上を見て、ゲーム熱はマックスになった。
しかし、今考えれば、それは一種の逃避思考だった。
――運営を負かした事実は変わらない。フリックが起こらなかったら、また最下層に堕とされた可能性。
天上を見上げ、震えながら人を倒し、塔に辿りつくまでのあの、数々の血の旋風。
リアルすぎて、抜け出せなくなる中毒性。
――胡桃を思い出すごとに襲ってくる罪悪感、のようなものとか。
巨大なパネルが並ぶ部屋では、常にβ版のテストを行っているらしく、SFXを超えた電子効果の実験をしつつの、音響調整が行われている最中だった。
一通りを観覧して、最後に大きなサーバを拝み、「緊急メンテやめてくれ、でも、詫びはください」と願いを置いて、今日の行程終わった。
帰りは、受付の高遠笑巳子はにこやかで、頬を染めて『ごめんなさいね』と出て来てくれた。
門奈とおやっさんが入り口まで送ってくれた。
「楽しかったかい。あんまり思いつめちゃだめだぞ。ゲームはゲームだ。それはきみがきめて、生きなければ」
「はい」
ちら、と門奈を見ると、もう門奈は優利に興味をなくしたように見えた。面接官は、最後に合否を表情に浮かべると聞く。
――終わったか。そうだよな。また、ピザを創る日々に戻るだけだ。
「ありがとうございました」
頭を下げると、もう夕日がオレンジ色にホログラムを引っ掛けてくる時間だった。門奈が背中を向けたまま「おい」と声を掛けて来た。
「あれは、フリックのせいだ。また、必ず登るから、今度は正々堂々と勝負しろ」
目を瞠っている表情は、背中を向けた門奈には見えないだろう。
「負けないからな。こっちはまた最下層だ。そういう人間を忘れるなよ」
低く呟くと、門奈はちらっと横顔を見せた。
「あと、君みたいなのは、ゲーマーではなく、重度のゲーム依存症と言うんだ。でも、俺は突き詰めていくことに悪はないと考えている。それが自分を救うと信じる。だが、一つの属性だけに囚われると、複数の敵に対応できないのも事実だ。むろん、二種類の閃光視覚耐久度を上げねばならないが……焔のみで登りきるなら、違う属性もやってみろ」
唖然とする前で、門奈はおやっさんと会話をしながら社内に引き返し、片手を上げて、消えた。
やっぱり、あの、少女は面接官の門奈計磨だったのだ。
呆然と立っている優利に高遠笑巳子が声を掛けてくれた。
『暁月優利さん、だいじょぶ、ですか?』
「うん、満員電車になる前に、帰らないとね……」
告げても、足が動かない。
門奈がモナであったことは、明確だ。でも、それよりも。
地面に涙が浸み込んだ。
「――俺、この会社に、入りたかった……!」
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