第8話 面接終了。沸き立つ暁月優利の想い。

「はい、きみの」


 狭い部屋に、折り畳み椅子の無機質音トーンがやたらに響く。向かって左におやっさんと呼ばれた中年、左にヒコマロと呼ばれた青年が座り、優利ヒロキは二人の目の前に椅子を置いた。


 こんなに先進的なのに、面接がこれかと、少々気落ちした前で、ヒコマロが壁に向いた。腕に嵌めたミクロ型パソコンアームズ・コンピューターから、履歴書が映し出される。壁に映像を投写する超短焦点タイプのレーザープロジェクターが廃盤になり、100型のスクリーンシアターが主流になった現代でも、まだアームタイプの機器は出ていない。


「暁月優利……いい名前を貰ったねえ」


 おやっさんがのんびりと答える前で、ヒコマロが優利に向いた。


「面接官の、門奈計磨もんなかずまろです。計算の計に、麿」

「モナ?」


 門奈は不思議そうな顔をして、「そうですが」と答え、腕を壁に向けたまま、履歴書を眺め始める。


 ――モナって……まさか。思い出した瞬間、足元が崩れるような衝撃を受けた。見回せば、ここは廃墟の塔VGOだった。大きな剣のような鎌のような武器を構えたツインテールの少女の装備スキンは今も思い出せる。ゴッドブレスや、見た覚えのないアームズ・ガードをつけ、属性は光と風。焔属性の優利は、照らされ、焼かれ、貫かれ、思わず死を意識した。


 VRだった。


「……なんで履歴書にこういうこと、書くかな・ゲームが好きなのは分かったが……そうじゃないのか、ヴァーチュアス・ゴドレス・オンライン中毒か」


 どうしよう。帰りたい。――また挑戦者デュエリストは登って来るだろう。ならば今日からいちから、塔で強化しなければならない。それも仲間は無しで、ゴドレスポイントを貯めて、誰よりも早く実装したネクストワールドへ……結論。


 面接なんか、どうでもいい。


「おい、聞いてる? こういうこと書くと、通常の会社は通らんだろ。おやっさん、どう思う。生粋の重篤患者ゲーヲタだぜ、これ。電磁波の数値プラズマ・ライン、一般レベル超えているし。それでよく普通に生活してるよな」


 今度は先ほどの電磁波の計測データが映し出された。


「――尋常の20倍。改札も、電子マネーも支障が出るレベル。だが、うちには欲しいところですね。……どうした?」


 どうしたもこうしたも。


 優利は脳裏に名前を並べてみた。もんな、モンナ、MONNA、モナ……ありえない話じゃない。ともすれば、自分は面接の前に、運営に殺されかけたことになる。

 確かに、あれはVRだった。仮想現実の醍醐味としては、ホラー・スプラッタの疑似体験もいいだろう。だが、ヴァーチュアス・ゴドレス・オンラインは違う。VGOだけは、リアルから完全に切り離される奇妙な引力があった。


 脳が侵されるような、神経を揺るがすような。


「あの、質問いいですか?」

「どうぞ」


 呆れるでもなく、門奈は真摯しんしな目を向け、眼鏡を掛け直す。一見してホストに見えたが、どうも中身は辛口のようだ。

 運営会社の面接官にしては、規律正しいし、どこか、薬品の香りもするが、隣のおやっさんの煙草臭さを防御しているようにも見える。


「ヴァーチュアス・ゴドレス・オンライン……やってますか?」


「やってます。あれは我が社の最大の試験なので。ああ、今はβ版で、まだ実装が追い付かず……」


「昨日」


 言いかけて、俯いた。膝に置いた手が小刻みに震え始める。嫌な汗が出て来て、「暑いよねえ」とおやっさんが立ち上がり、ドアを開けてくれた。


「うちの娘、そろそろ復帰立ち上げさせていいかな、ヒコマロくん」

「ああ、忘れてた」


 門奈は優利に軽く片手を振ると、壁に向かって止められていた試験体プロト・アンドロイドに手を当て、また、背中に指を置いた。ぐったりしていた機体フィアが可愛く瞬きを繰り返し、ゆっくりと起き上がる。フリック現象を思い出すような電磁シールドに覆われたあと、そこには先ほどの受付嬢が立っていた。


『お父さん! ごめんなさい! また、わたし、お皿を割ってしまったわ』


「奥さんの記憶バグが出てんな……いや、きみは失敗していないから。お皿がどこにあったんですか? ほら、安心して、業務に戻ってください、高遠笑巳子さん」


 高遠笑巳子と呼ばれたアンドロイドは優利に微笑むと、頬を染めて、部屋を出て行った。


「おーおー。惚れやすい妻の性格まで完全模写パーソナル・コピー成功してるねえ」

「軽口言ってる場合スか。ちゃんとプログラム課に修整稟議リライト、出してくださいよ。ああも惚れっぽいと困るでしょ。で、何だって? 昨日とか」


「いえ、何でもないので、帰ります。僕、もっと強くならないと……また、あの地獄は嫌だ」


 門奈は黙って履歴書の画像を消し、立ち上がった。


 また、莫迦を言った。しかし、もう遅いだろう。いつだってこうなる。ゲームが気になって、就職もままならない。どうして、ヴァーチュアス・ゴドレス・オンラインなんかに出逢ったのだろうと思いつつ、また戻っていくのだろう。


「せっかく来てくれたんだ。電磁波も大分減っているし、サーバー内部など見学してはいかがだろう。と言っても、実際には入れないから、立体型VRで見て貰うことになるが」


 ――ヴァーチュアス・ゴドレス・オンラインの内部?!


「いいんですかっ?」立ち上がった折り畳み椅子ががくんと揺れた。


「途端に元気になったねえ」おやっさんがにこにこと和ませてくれた。


「いいね、きみ、ヴァーチュアス・ゴドレス・オンラインが大好きなんだね。わたしはアレは出来なくてね。パックパックのほうが面白いぞ」


 マトリョーシカのようなゲームだった気がする。どんどん大きさが変わるウイルスを追いかけていく変なゲームだが、昔、一世を風靡したらしい。


 旧ハードウェアを思い出して、優利はやっと頬の筋肉の緊張を解くことが出来た。




 部屋を移動して、部屋全体がスクリーンのVRルームで、まずシステム展開図を見せて貰った。ゲーム作成のモーションキャプチャーや、建物はCADデータを組み合わせている。その上で、VRにするコードを入れて行くそうだ。


「実装前だが」特別だとまだARの段階の塔の上を見て、ゲーム熱はマックスになった。


 しかし、今考えれば、それは一種の逃避思考だった。


 ――運営を負かした事実は変わらない。フリックが起こらなかったら、また最下層に堕とされた可能性。

 天上を見上げ、震えながら人を倒し、塔に辿りつくまでのあの、数々の血の旋風。


 リアルすぎて、抜け出せなくなる中毒性。


 ――胡桃を思い出すごとに襲ってくる罪悪感、のようなものとか。


 巨大なパネルが並ぶ部屋では、常にβ版のテストを行っているらしく、SFXを超えた電子効果の実験をしつつの、音響調整が行われている最中だった。

 一通りを観覧して、最後に大きなサーバを拝み、「緊急メンテやめてくれ、でも、詫びはください」と願いを置いて、今日の行程終わった。


 帰りは、受付の高遠笑巳子はにこやかで、頬を染めて『ごめんなさいね』と出て来てくれた。

 門奈とおやっさんが入り口まで送ってくれた。


「楽しかったかい。あんまり思いつめちゃだめだぞ。ゲームはゲームだ。それはきみがきめて、生きなければ」

「はい」


 ちら、と門奈を見ると、もう門奈は優利に興味をなくしたように見えた。面接官は、最後に合否を表情に浮かべると聞く。


 ――終わったか。そうだよな。また、ピザを創る日々に戻るだけだ。


「ありがとうございました」


 頭を下げると、もう夕日がオレンジ色にホログラムを引っ掛けてくる時間だった。門奈が背中を向けたまま「おい」と声を掛けて来た。


「あれは、フリックのせいだ。また、必ず登るから、今度は正々堂々と勝負しろ」


 目を瞠っている表情は、背中を向けた門奈には見えないだろう。


「負けないからな。こっちはまた最下層だ。そういう人間を忘れるなよ」


 低く呟くと、門奈はちらっと横顔を見せた。


「あと、君みたいなのは、ゲーマーではなく、と言うんだ。でも、俺は突き詰めていくことに悪はないと考えている。それが自分を救うと信じる。だが、のも事実だ。むろん、二種類の閃光視覚耐久度を上げねばならないが……焔のみで登りきるなら、違う属性もやってみろ」


 唖然とする前で、門奈はおやっさんと会話をしながら社内に引き返し、片手を上げて、消えた。


 やっぱり、あの、少女は面接官の門奈計磨だったのだ。


 呆然と立っている優利に高遠笑巳子が声を掛けてくれた。



『暁月優利さん、だいじょぶ、ですか?』

「うん、満員電車になる前に、帰らないとね……」

 告げても、足が動かない。


 門奈がモナであったことは、明確だ。でも、それよりも。


 地面に涙が浸み込んだ。 


「――俺、この会社に、入りたかった……!」

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