第4話《現実の実装化》
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『ジ・エンド……』
通り過ぎる風は、木枯らしにも似て、しかし、魔物の息遣いをも含んだような、生暖かさもあった。立ち尽くす前で、モナは変わらず切っ先を優利に向けている。あと少し、腕が奥に入れば、こんな弱い首など、ごろりと転がり落ちるだろう。グリップを握る手が汗ばんで来た。一瞬手を離して、タオルでふき取る。
『そう、ジend。まぁた、最下層からやーりなおしー』
軽妙な口調が余計に、恐怖を呼び起こす。本当は、ここは「仲間の屍を超えて来たんだ」とでも言わなければならないだろうが、仲間などいやしない。
――いや、そもそも、それはモナだって同じだろう? どうしてこんなに差がつくのだろう。ゲームを始めるといつも思う。
あいつと、自分と、同じ世界でスキルを上げているのに、どうしてこんなに差がつくのだろうか。
現実と違って、ゲームには運の要素が少ない。貧困の國に産まれれば、それはある意味天命と受け止めるしかないだろう。生まれる場所は選べないからだ。
しかし、ゲームは違う。同じ環境、同じクエスト……なのに、差が付く。
『どうして、そんなにヴァーチュアス・ゴドレス度が高いんだ』
『わたしが、神を殺すべき人物だから』
会話は終わりとばかりに、モナの兇刃が優利を襲った。会話など続かない。最下層からずっとこの至高天目指して螺旋階段を上って来た。廃墟の魔物が徘徊する中を、一歩一歩。
(僕は現実が嫌いだよ。でも、このヴァーチュアス・ゴドレス・オンラインは現実を実装化しているから、だから、好きなのかも知れない)
第七の世界と呼ばれるシヴォル区域から、スラム、貧民窟、真ん中が人界。この構図は「インフェルノ」ダンテの断面図と呼ばれるものらしい。
『――このゲームの目的を知っていて?』
『いや、知らないよ』
マイクが声を拾う。剣を合わせながらも風圧と剣圧に耐えた。しかし、足場のほうが崩れ始めた。モナはどうみても風に強く、優利は最後の爆発力が頼りの焔に強い。相性が悪すぎるのだ。風は火を煽る。だが、相手のデバフを超えれば、あとは最後の力を振り絞るだけだ。
『……焔使いか、おまえ』気が付いたらしい。モナは剣を振うをやめて、腕を高く翳した。
絶え間ない光の洪水に、押し流される。闇を招聘する暇もない。光は容赦なく暁月優利という存在を貫き、打ち砕き、削除しようと強くなった。
――消える。
そう思った瞬間、モナの姿がかすれ始めた。オンラインゲームの接続障害だろうか。明減とも呼ばれる、リフレッシュレート※1秒間の画面が書き換えられるか計る値※100HZ。フリッカー現象など起こるはずがない。
しかし、目の前で、確かにモナはフリッカー現象を体感していることだろう。モナの向こうの人間は、今頃HMDをはぎ取ったかもしれないほど、点滅は激しかった。
あと一歩で、また地獄のシヴォルからやり直すところだった。片足が崩れた瓦礫を踏んだ感触を訴える。――実際はふかふかの絨毯を踏んでいるから、脳が思わされているだけだけど。
――congratulationの文字と同時に、空から小さなカプセルが落ちて来た。それは天使のような不思議な形をしていて、ほんのりと温かみさえ、指先に感じさせる。
羊水を思わせる水音の後、弾けた中に、胎児の形の鍵が見えた。
『――次回、実装はXXXXYYMMです。今しばらくお待ちください――』
キャッスルフロンティアKK運営一同。
画面が穏やかな音楽と共に暗転し、「そろそろ休憩しましょう」のメディカルマークを視認して、HMDを両手で外した。
咽喉がからからだ。
ふらつく頭を堪えて、クーラーボックスからエナジードリンクを煽った。飲み過ぎて効かないが、気休めにはいいだろう。
「勝った、のか……あの状態から」
椅子にもたれ掛けさせて、額を手で覆った。ギリギリだった。自分が消える瞬間を目の当たりにした。なんというゲームだろう。死とは何かが分かった気がする。
意識も、肉体も、感覚も、全部モナは打ち砕こうとした。
「没入感最高クラス。ヴァーチュアス・ゴドレス・オンラインで神のない世界を生き抜け」
――こんな世界にずっといられたら。
暁月優利はこの世界から消えて……そんな度胸もないくせに。それに、暁月優利が消えたら、少なくとも大泣きしてくれるであろう存在はある。メッセージを開き、またモバイルをベッドに投げ込んだ。続いて己の四肢もベッドに投げ入れた。瞬間で熟睡できるように、マットレスはウレタンの低反発にした。夢に堕ちる瞬間に、ベッドサイドの履歴書に指を伸ばし――そこまでだった。
「VGOはこれだから……」
疲弊した精神を、しばらく休める必要がありそうだった。
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