2

 と、ここで彼ら五人が「黒羊」に選ばれた経緯を、かいつまんで説明しよう。まず始めに、吸血族のキルから。

 彼は、本人の言う通り、種族としては優秀な実力の持ち主だが、その性格の粗暴さ、荒々しさから、「紳士」であることを誇りとする吸血族からは不似合いだとされ、今回「黒羊」に選ばれることになったのだ。

 次に、獣人族のブルーノだが、その前に、補足として彼の種族について少し説明しよう。獣人族の代表とされる人狼は、本来満月の月夜にのみ自身の血に逆らえず、狼の化け物なってしまうが、普段は誰よりも強い精神力を持ち、冷静で理知的な生き物なのである。しかしブルーノは、満月にだけでなく三日月だろうと、半月だろうと、月を見れば自我を失ってしまうほどもろい精神力の持ち主で、しょちゅう他の仲間に迷惑をかけていた。群れで行動する人狼族としては規律を乱すものは不要ということで、今回「黒羊」に選ばれることになったのだ。彼が「できそこない」と揶揄されるのもその性質のためである。

 同じ獣妖怪でも、化け猫族のケット・シー、キャシーが「黒羊」選ばれた理由はブルーノのそれとは違っている。化け猫族は本来、独自の社会を築き、そこでの集団生活を重んじる一族だが、彼女はそれを守ろうとせず、常に勝手気ままな単独行動を行ってきた。化け猫族は獣人族よりもはるかに規律に厳しい種族であるため、今回の黒羊選抜の際には、まっさきに彼女へ白羽の矢が立ったということだ。

 そして、キルに散々粗暴に扱われていたフランケンシュタインのテリーだが……。まぁ、彼は一目で「黒羊」選ばれた理由が分かると思うが。彼はこの弱肉強食の世界では優しすぎるのである。フランケンシュタインはおよそ感情というものを持たないゾンビ族の一種だが、彼は土台となった人間の感情があまりにも色濃く残りすぎた。特に「優しさ」の感情が顕著に現れやすく、強さが一番の彼らの世界では「優しさ」は「弱さ」に変えられてしまい、常に弱虫扱いをされる始末。しかし、体躯は一族の中でもかなり大きく頑丈なほうで、破壊力も一族の中では優秀な部類に入るのである。

 最後に鬼火族、ウィル・オー・ザ・ウィスプのレズリーだが、性格はともかく、彼は年齢のわりに種族の中でも優秀な妖怪なのだが、なぜか今回「黒羊」に選ばれた。彼自身はその理由をよく知っているようなのだが、他の種族でそのことを知る者は一人もいない……。

 さて、彼らの紹介も一通り終えたところで、本編に戻るとしよう。個性豊かな面々の、憐れなハロウィンパーティの開幕である。


  +++ +++


「ねえ、ちょっとー。あとどれくらい歩くの? あたしもう足痛いんだけどお」

 沈黙の暗闇の中で、突如甲高い声が響いた。声の主は奇妙なパーティの唯一の華、キャシーである。四人はかれこれ二時間くらい暗い森の中を黙々と歩いていた。そんな中、遂に彼女が根を上げたのだ。

「ちょっと休もうよー。あたし疲れちゃった。咽喉も渇いたし、お腹もすいたしー」

 誰にともなく、キャシーは不平不満を並べ立てて言ったが、それに答える者はいなかった。疲れているのは皆同じな上に、自分達の悲惨な状況から、彼女をフォローしてやるほど元気のある者はいなかった。いや、一人を除いては……。

「うるっせえな! 後ろからキーキーキーキー、耳障りなんだよ! 休みたきゃ、自分で勝手に休め! っていうか、別にお前についてこいなんて言った覚えなんてねえんだよ! むしろ、ついてくんな!」

 先頭を歩いていたキルが、キャシーのやかましさに耐え切れず、とうとう立ち止まって吠え出した。

「なによー、そんな言い方なくてもいいじゃない! 疲れてるからって、八つ当たりするの止めてくれない?」キャシーも負けじと言い返す。

「八つ当たりしてるのはお前だろうが! さっきからギャーギャー文句ばっか言いやがって。煩わしいんだよ、どっかいけ!」

 暗闇に火花を散らす二人を横目に、ブルーノがぼそりと呟いた。

「こいつら、元気だなー。俺なんか腹減りまくって、叫ぶ気力もねえよ」

「うん。僕はまだ平気だけど、皆が疲れてるんだったら、ちょっと休憩した方がいいかもね」

「お前、ホント体力だけはあるからな」

 ブルーノは拳でテリーの腹をこつこつと叩いた。テリーの体は元が人間とは思えないほどカチコチだった。テリーはくすぎったそうに微笑む。

「ほら、見なさいよ! テリーだってああ言ってるじゃない! 少しくらい休んだ方が冷静になれてちょうどいいのよ! 特にあんたみたいな短気男はね」

 矛先が自分に向けられたことにギョッとして、テリーは焦りながら二人の方を向き直った。

「誰が短気男だ! そんなに休みたかったら、てめえらだけ休んでろ! 俺は先に行くからな。大体、何が楽しくてお前等と集団行動しなきゃならねえんだっての」

 キルはぶつぶつ文句を言いながら、踵を返して歩き出した。ろくな光のない暗闇の中で、キルの後姿はすぐに見えなくなった。

「ど、どうしよう。本当に行っちゃった。一人じゃ危ないんじゃない?」

 首のネジをいじりながら、テリーがおろおろとキルの去っていったほうとブルーノとを交互に見る。

「いや、その心配はないだろう。あいつ実力だけは確かにあるしな。それにあの性格からして、俺らと行動するのを嫌うのも分かるしなあ。一人で行きたいっていうなら、行かせてやればいいんじゃないか?」

 ブルーノはそう言いながら、近くに手ごろな岩を見つけて、その上に腰掛けた。あとの二人も周辺に腰掛ける。

「あー、腹減った。どっかに食えるもんでもいないかなあ」

 ブルーノは辺りをキョロキョロと見回したが、今は夜のため、手ごろな獲物は見当たらなかった。木の上もざっと見渡してみたが、特に何かが動く気配は見受けられなかった。木々の隙間から見える上空は厚い雲に覆われていて、月の光は完全に遮断されていた。ブルーノはそのことに安堵し、ほっと息をついた。こんなときに変身してしまっても、どうしようもない。他の二人に迷惑をかけるだけだ。

 不意に、側からぐずつくような声が聞こえた。まさか、テリーが泣く? ブルーノが慌てて視界を地上に戻して、テリーを見たが、近くに立っていた当の本人も驚いたように視線を下に向けていた。その視線の先には木に寄りかかりうずくまったキャシーがいた。顔を膝に埋めている。すすり泣く声はそこから聞こえた。

「お、おい! 何泣いてんだよ!」

 ブルーノは慌ててキャシーの側による。テリーも近づいてきた。

「だってえ……なんだか急に自分の立場実感しちゃって……あたしたち、捨てられたんだよ? ……もう家に帰れないし、おいしいご飯も食べられないし……なんで、『黒羊』に選ばれ……」

 そこまで言うと、キャシーは声を上げてわんわん泣き出した。先程までのツンとした様子はどこにも窺えない。彼女がこれまであんなにも気丈だったのは、意地もあったのだろうが、「黒羊」に選ばれたという実感がなかったのだろう。きっと、また故郷に戻れると、それが当たり前だと感じていたのだ。しかし、実際に人間界に足を踏み入れた今、それが叶わないと知った。彼女の涙はその絶望からだろう。そして、その絶望を感じているのは、他の二人も同じだった。全身に感じる疲労がそのことをより強く感じさせる。

「だ、大丈夫だって。何も一人で放り出されたわけじゃないんだし。人間界でも生きていけないわけじゃねえんだ。俺達みんな顔見知りだし、協力すればなんとかなるって」

 ブルーノはキャシーを元気付けようと、必死であれやこれやと言い繕った。例え出来損ないといえど、冷静さでは誰にも引けを取らない種族だけはある。すぐに、落胆するより先に自身のすべきことを悟った。

「でも、キルも、あのレズリーって子も行っちゃったよ……」キャシーは真っ赤に晴らした大きな目を前方の暗闇へ向けた。「きっと、皆どんどんバラバラになって、最後には一人になっちゃうよ」

 キャシーはまた顔を膝に埋めた。すっかりマイナス思考になってしまっている。どうしようかとブルーノがあれこれ考えていると、テリーがすっと腕を伸ばし、よしよしとキャシーの頭をなでた。

「キャシーが一人になることなんてないよ。だって、僕も一人は怖いもん。だから、僕は頼んででもキャシーの側にいたいよ。それに、ブルーノにもね」

 テリーは照れたようにそう言って微笑んだ。二人はしばらくテリーを見つめていたが、同時に噴き出した。

「いや、お前は少し自立しろよな」

「っていうか、それ自慢できることじゃないよ」

「ええ、だって怖いんだから仕方ないじゃないか」

 困ったような顔をするテリーがさらに面白くて、二人は声を出して笑った。それにつられて、テリーも自然に頬が緩む。

 三人の周りの空気が暖まってきたとき、不意にキャシーが獣耳をピンと張った。

「! ……誰か来る。足音がする」

 キャシーは前方、キルの進んでいったほうを見た。

「誰? 人間かな?」

 テリーは怯えたように体を震わせた。

「人間は昼間しか行動しないって聞いたことあるぞ。キルの野郎が戻ってきたんじゃないか? それかレズリーか」

 そうは言ったものの、ブルーノは警戒するように拳を強く握った。

「分からない。でも、こっちに向かってる。走ってきてる……」

 三人は固唾を呑んで前方を凝視した。やがて、他の二人にも分かるほどに足音が近づいてきた。周辺の草ががさがさと鳴る。

 ブルーノは二人を庇うように、前に進み出た。キャシーは仮にも女の子だし、テリーなどすっかり縮み上がって、使い物にならない。

「だ、誰だ!」

 ブルーノは前方に向かって声を張り上げた。足音の主は声に気付いたらしく、さらにスピードを上げて近づいてきた。そして、とうとうブルーノたちから数メートルまで近づいたとき、その姿が露わになった。それは、

「キル!」

「あ、てめえら! まだこんなところでちんたらしてたのか! っとに、どんくさい奴らだな!」

 暴言を吐き散らしながら現れたのはキルだった。見慣れた青年の姿に、三人はすっかり力が抜けてしまった。

「驚かせんな、この馬鹿!」

「ああ? 誰が馬鹿だ! この毛だるま野郎が!」

 目が合った瞬間から喧嘩を始めてしまうのだから、この二人の因縁も相当なものだ。

「どうしたの? 様子見に戻ってきてくれたの?」

 再会したことがよほど嬉しいのか、テリーが声を上ずらせて聞いた。頬もすっかり緩んでいる。

「んなわけねえだろ。てめえらの心配なんてするわけねえっての。……いや、そんなことより大変なんだ! ここ人間界じゃねえ!」

 一瞬、その場の時間が止まった。キルの発言の内容を理解するために。

「は? 何言ってんだ? ついに頭おかしくなったか?」

「ちっげーよ! お前は黙ってろ! 死ぬまで口を開くな!」

「なんだと、てめえが黙れ! 行ってる意味が分かんねえんだよ!」

「だから、ここは人間界じゃねえって言ってんだよ! 一回で理解しろ! 脳みそも獣並みかよ!」

「理解できねえから聞いてんじゃねえか! ここが人間界じゃない? じゃあどこだってんだよ!」

「そんなもん、俺が知るか!」

 それまで弾丸のように飛び交う二人の言い合いに感心していたテリーは慌てて二人の間に割り込んだ。

「お、落ち着いてよ、二人とも。ここが人間界じゃないってどういうこと、キル? 君は森を抜けて町へ出たの?」

 それまで鼻が擦れ合いそうになるほど、近距離で睨み合っていた二人だったが、巨体に割り込まれては離れざるを得ず、ようやく冷静になることができた。

「おう、そうだ。お前等がだらだら休んでる間、俺はさっさと歩いてたからすぐに町に出れたんだがな、」

「あ、ってことは、もうかなり町の近くまで来てたんだな。良かったあ。俺も腹減って仕方なかったんだよな。麓まで出れば、何か食いもんくらいあるだろ」

「まともな食い物があるようには見えなかったがな……って、話の腰折るんじゃねえよ、馬鹿! お前はその辺の草でも食ってろ!」

 二人がまた小競り合いを始めそうになったので、今度はキャシーが間に割って入った。

「それ、どういう意味、キル? あんた町で何を見たの?」

「ん、ああ、実はな……」

 キルは町で見たことを三人に話した。彼曰く、そこには人間ではなく、自分達と同じような様相の者達がうやうやいたという。

「俺達の仲間みたいなやつもいれば、見たこと無いような化け物のいた。人間ってのは皆テリーみたいな格好した奴ばっかりじゃないのか?」

「う、うん。僕達とは肌の色とかが少し違うけど、大体こんな感じのはずだよ」

 テリーは両手を広げて自身を見せた。

「だろう。けど、あそこにいた連中、あちこちに角やら羽やら尻尾やらが生えてたぞ。町の様子も聞いてた話と違ってたし。やっぱりここは人間界じゃない」

「けど、あの洞窟はあたしたちの世界と人間界しか繋いでいないって聞いたけど。そもそも、あそこ一本道だったし」

 しばしの間、沈黙が広がった。皆、ここがどこなのか推測してみたが、特にこれといった考えが浮かばなかった。やがて、ふっきれたようにブルーノが顔を上げた。

「とにかく、一度町まで行ってみよう。自分の目で一度確認したいしな」

「俺の言うことが信用できないってのかよ」

「念のためだよ。お前が尻尾巻いて逃げるほどの連中がどれほどのものか見てみたいってのもあるしなあ」

 ブルーノは口の端を持ち上げてキルを見た。

「俺に尻尾なんてねえよ! それに逃げてきてもねえ! お前等が怖がらないよう、わざわざ伝えに来てやったんだよ!」

「そりゃどうもー。あ、お前怖かったらここに残っててもいいぞ」ブルーノは歩き出しながら、依然にやにやしたまま言った。

「てんめえ、どうあっても、俺が逃げてきたと思いてえんだな……」キルはぶるぶると体を振るわせたと思うと、大股で歩き出し、さっさとブルーノを追い越した。「よおし、それなら俺が道案内してやる! そんでもって、今度はお前があれを見て文字通り尻尾巻いて逃げるところをしっかり見届けてやるよ!」

 さりげなく、自分が逃げてきたことを暴露するキルだった。

「僕、怖いから残っていいかな……」

「別にいいけど、一人になるのも怖いんじゃなかったっけ?」

「ええ、キャシーも行っちゃうの?」

「あの二人を一緒にしたまま放っておいたら暴走しそうだしね。それじゃ」

 すっかり元気を取り戻したキャシーはさっさと二人の後追いかけていった。

「ちょ、ちょっと待ってよー。置いてかないでよおー」

 テリーも半泣きになりながらその後を追いかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る