Black Sheep - 憐れな羊たちの愉快なハロウィーンパーティ -

朝日奈

1

 その昔、十月三十一日は死者の復活祭ということで、精霊や魔女などが出現したり、死者がその家族を訪問してくると信じられていた。人々はそれらから身を護るために仮面を被り、魔除けの焚き火を焚いた。これがハロウィーンの始まりと言われている。

 しかし、この日は魔女や精霊たちにとってもある意味特別な日とされている。そして、彼らにとってのハロウィーンは人間達のそれとは少しだけ異なる。

 彼らの社会は人間社会よりも、ずっと厳しい世界である。何せ、杖一振りで大勢の敵を滅したり、粉を振りかけるだけで相手を永遠に眠らせることが出来るので、まさに野生動物以上の弱肉強食の世界なのである。おまけに、彼らの世界では数十種類もの種族が共存しているので、常に争いが絶えなかった。

 そこで、少しでも自分達の種族を生き残らせるため、ある一族が年に一度、種族の清算をするようになった。つまり、争いにおいて足手まといになるものを人間界に捨ててしまうのだ。この試みは実に大成功を収めた。一族の者達は、人間界に捨てられまいと、自らの力や技術を極限にまで鍛え上げた。その結果、彼らの一族は二年連続で世界のトップに成り上がった。

 しかし、他の種族もそれをただ黙って見ている訳ではなかった。彼らはどこから情報を得たのか、例の一族が行った事を模倣し始めた。こうして彼らの世界はより一層激化していった。

 当初、清算する時期や人数は各種族で異なっていたが、彼らは人間のように溢れるほど数がいるわけではないので、生産する人数や時期はだんだんと減り、最終的に、生産時期は当時人間界でも彼らの世界でも一年の終わりとされていた十月三十一日に、清算人数は各種族一~三人と統一されていった。そして、彼らは被清算者に選ばれた者たちを「黒羊ブラックシープ」と呼んだ。


  +++ +++


 北ヨーロッパにのとある森の奥深くに在る薄暗い洞窟。そこは人々にも知られていない無音の空間。中はじっとりと湿気が漂い、時々唯一の音といってもいい水滴の滴るそれが響く。その洞窟に彼らはいた。彼らは動物の油脂から作った天然の蝋燭を地に置き、それを中心にぐるりと円を囲んでいた。数にすると五人程度はいたが、どれも表情は暗かった。それは薄暗い洞窟で蝋燭一本しか明かりとなるものがないせいもあるが、彼らのその表情は、もっと別の理由があるようにみえた。

 彼らの五体は基本的には人間と同じような形をしていたが、所々に人間には在り得ない突起がついていたり、人間のそれとは少し異なった四肢の形をしていた。

「これで全部か?」

 一人が苛ついた口調で言った。

「たぶんそうじゃないか? 最後の奴が来てからもう半刻も経ってる。今回『黒羊』に選ばれたのは俺達だけだろう」

 別の一人が頷きながら、洞窟の周囲を見回した。

「てめえには聞いてねえよ、毛むくじゃらの狼野郎! お前は少し黙ってろ!」

「なんだとお! 俺はお前が聞くからわざわざ答えてやったんじゃねえか!」

「だから、お前には聞いてねえって言ってんだろ! 何勝手にカン違いしてんだ、ばあか!」

「お前なあ! 『黒羊』に選ばれてイラついてるからって、俺に当たるんじゃねえよ!」

「うるせえ! お前なんかクッションか八つ当たりぐらいにしか役に立たねえんだから、黙ってその辺突っ立ってろ! ……って、あーもう! 何回目だよ、このやりとりはあ! くっそ、なんでこのウルトラ・スーパー・エリートヴァンパイアの俺がこんなもんに選ばれるんだ! きっと何か手違いがあったんだ。そうに違いない! ああ、俺はなんて不幸な奴なんだ!」

 そう言うと、吸血鬼の青年は頭を抱えて俯いた。

「いやあ、俺は正当な判断だったと思うな」その横で人狼の青年がぼそりと呟く。

「なんか言ったか、『出来損ない』?」

「あ、てめっ! 俺をそう呼ぶなって言ってるだろう!」

「はっ! てめえにはピッタリの愛称だと思うけどなあ、『出来損ないのブルーノ』」

「てめえ、二度も言ったな……もう我慢できねえ! 人間界に行く前にここでお前をぶっ殺してやる!」

「望むところだ! てめえみたいな半人前の狼野郎が超優秀な吸血鬼である俺には絶対に勝てないってことを身をもって教えてやる!」

 立ち上がり、今にも掴みかからんと睨み合う二人の間で、その様子を見ていた大柄な青年が膝を腕で抱え込んで座ったまま、ニコニコとして言った。

「二人とも、いつも仲がいいなあ」

「いいわけあるかあ!」

 二人は仲良く声をそろえて壁の隅に座る青年を怒鳴った。本人は褒めたつもりが、二人を怒らせてしまったことに驚き、青年は大きな身体を小刻みに震わせた。

「ご、ごめんなさい」おどおどと謝る青年は今にも泣き出しそうだった。その巨躯に似合わぬ表情を見て、二人はすっかり戦意を失ってしまった。

「ちっ、弱虫野郎が。興が醒めちまった」

「うわ、悪かった。頼むから泣くなよ、テリー。お前が泣いたらここいる全員がひどいことになるんだから」

 ブルーノが慌ててテリーを宥める。

「う、うん……」

 テリーはまだ少しおどおどした様子で、首の横から突き出ている太いネジを触った。これは彼が動揺したときに見せる癖だった。

「ほらキル、お前も何か言ってやれよ」

「けっ、弱虫ゾンビと口をきく気なんかないね。弱虫がうつるからな」キルと呼ばれた吸血鬼の青年は、そちらを見向きもしないでその場にどかりと座りなおした。

「お、お前なあ。こいつがこんな狭いところで泣き出したらどうなるかぐらい分かってるだろう」

「大丈夫だよ、ブルーノ。僕は平気だから」

 テリーは笑顔でそう答えたが、それでもブルーノは半ば心配しながら自身も腰を落ち着かせた。

 二人が大人しくなったのを見計らって、黙っていた一人がわざとらしくため息をついた。

「やっと静かになったか。ほんの少し黙っていたと思ったらすぐに小競り合い。その繰り返し。君たちの騒がしい低レベルな論争にはいい加減飽きたんだけど」

 そう言ったのは随分小柄な少年だが、その様子はどこか大人びていた。それに、彼の全身からは淡い光が放たれている。

「なんだ、てめえ。喧嘩売ってんのか?」

「その態度が低レベルだって言っているんだよ、『暴れ馬のキル』。君、自分のこと優秀だって言ってるけど、実際はそんな大したことないってもっぱらの噂だよ」

 少年の嘲笑うような言い方に、キルの機嫌はますます悪くなった。

「クソガキレズリーめ。だったら試してみるか? 俺の力が大したことないかどうか」

「そんなことしなくても、君がここにいる時点ですでに立派な証拠になってると思うけど?」

 クスクスと笑う少年、レズリーに、耐え切れなくなったキルはまた怒りを沸騰させ立ち上がった。

「弱小一族の分際で、随分偉そうな態度取りやがって。てめえの鬼火なんか、片足で踏み潰してやるよ」

「怖いなあ。とても紳士を語る一族とは思えないな」

 怖い怖い、と鬼火族の少年はおどけるようにぶるぶる身体を震わせた。それと同時に彼の放つ光も揺れる。その、人を小馬鹿にしたような態度に、キルは完全に切れた。大股で少年に近づき、拳を振り上げようとした、そのとき。

「ねえーえ、いい加減ここから出ない? この洞窟ジメジメしてて気持ち悪いんだけど」

 甘えるような猫なで声に、四人が驚いたように声の方を振り向くと、そこにはすました様子で爪の手入れをする少女の姿があった。

「キャシー! お前、いつの間に来てたんだ!」

 その少女が見知った者と分かり、ブルーノが近づいていった。

「失礼ねえ。最初からずーっといたわよ。言っとくけど、一番最初にここに来たのはあたしなんだから」

「だったら気配ぐらい分かるようにしとけ、この化け猫女」

「ふん、気付かないあんたたちがまぬけなんじゃない」

 化け猫族の少女、キャシーはつんとそっぽを向いた。

「相変わらずいけ好かない女だな」

「あんたに言われたくないわよ、このナルシスト」

「ナルシストじゃねえ、自信家って言え!」

「大して変わんねえと思うけどな」ブルーノがまたぼそりと呟く。

「聞こえてんだよ、狼。てめえ皮剥ぐぞ」

「それより早くここから出ない? もう誰も来ないみたいだし、こんなゴツゴツしたところでずっと座ってたからお尻痛いしい」

「それには僕も賛成だね。こんなところで君達のくだらないやり取りをいつまでも眺めてられるほど暇じゃないしね」レズリーもため息をついて、肩をすくめた。

「だったらてめえだけ出ていけばいいじゃねえかよ。その方がこっちも清々すらあ」

「それができればもうとっくに出ていってるさ。ぼくらの世界と人間界を結ぶ唯一の場所は、鬼族のゴブリンが管理するこの洞窟のみ。しかも、彼らが洞窟を開けてくれるのは年に一度の清算日にたった一度だけ。つまり今年の『黒羊』が全員揃わなくちゃ開かない仕組みになっているんだよ。まさかそんなことも知らないでエリート気取っていたんじゃないだろうね」

 レズリーは信じられないといった表情でキルを見上げた。

「そ、それくらい知ってらあ! もう全員揃ったんだから扉は開くだろうから、お前が先に出て行けばいいだろって言ったんだよ!」

「ふうん、」レズリーはまだ訝しげにキルのほうを見ていたが、やがてパンパンとズボンを手ではたきながら立ち上がり、洞窟の出口へと歩き出した。「まあそういうことにしておくよ。それじゃあ僕は遠慮なく先に行かせてもらうよ。君達と集団行動なんて真っ平だしね」

「俺だってこんな半人前連中とつるむ訳ねえだろ! もちろんお前とだってゴメンだ!」

 キルは鼻息を荒くしながら、鋭い爪の伸びた指をレズリーに差した。それに対してレズリーはにやけ笑いを顔に貼り付けたまま一瞥しただけだった。そのまま、レズリーは暗闇に飲み込まれていった。

「……あのガキ、外で見つけたらぶち殺してやる」

 キルは暗闇を見つめながら、こめかみに青筋を立てて、血が滲むほど拳を強く握り締めた。

「でもさあ、あの子随分余裕だよね」キャシーも立ち上がって大きく伸びをした。

「どういうことだ?」ブルーノとテリーも起き上がる。

「だってさあ、あたしずっとあんたたちの行動見てたんだけど、あの子、ここに来てからずうっと楽しそうにニヤニヤ笑ってるのよ? まるで『黒羊』に選ばれたのを喜んでるみたいでさあ。普通、『黒羊』に選ばれたら、少しは落ち込むか、そこの人みたいに怒ったりしない?」

 それを聞いて、ブルーノたちは顔を見合わせた。

「確かに、あいつ随分落ち着いてたよな」

「うん。僕も見てて、小さいのに偉いなあって思ったよ」

「けっ。あんなクソガキのことなんて知るかよ。ただ単に強がってるだけじゃねえのか? それより、俺ももう行くぜ。こんな湿ったところでいつまでもお前等と一緒にいる気はないからな」

 キルはそう言ってさっさと出口へ向かった。

「そうだな。いつまでもここにいたって、あっちに戻れるわけじゃないしな」

 ブルーノも一度だけ出口とは反対側、自分たちがやってきた方を見た後、キルに続いて洞窟の奥に向かった。

「おい、ついてくんじゃねえよ、狼」

「方向が一緒なんだよ。俺だってお前なんかと一緒に歩きたくねえっての」

「じゃあ俺が出てからお前が行けばいいだろう? 少しは頭使え、単細胞」

「なんで俺がお前より後に出なきゃなんねえんだよ。お前が俺の後に出ればいいじゃねえか」

「はっ! なんで俺様がお前のケツ追っかけるような真似しなきゃなんねえんだよ。冗談じゃねえ」

 二人は出口に向かって歩きながら、こういった会話を延々と繰り返した。

「あの二人ってホント仲悪いくせに、付き合いだけは長いのよねえ。実は仲良いんじゃないの?」

 キャシーはそんな二人の後を追いながら深々とため息をついた。

「僕知ってるよ。ああいうのって『腐れ縁』って言うんだよね」

 キャシーの隣を歩きながら、テリーは楽しそうに言った。

「『腐れ縁』っていうか『腐った縁』って感じ……ん? なにこの音?」

 不意にキャシーは頭部についた獣耳をピクピクと動かした。

「どうしたの? 何も聞こえないよ?」

 テリーも縫い目の目立つ耳を澄ましてみたが、前を歩く二人の罵り合い以外何も聞こえない。同じ妖怪といえど、動物の聴覚に人間が勝つことは出来ないのだ。

「前のほうから聞こえる。なんだか、岩の擦れるような……って、ちょっと前うるさい! 静かにしてよ! 聞こえないじゃない!」

「ああ? なんだよ、猫女」

「どうしたんだ?」

「出口のほうから音がするんだって」

 眉間にしわを寄せ、音を聞き取ろうとしているキャシーに変わってテリーが答えた。

「音だと? 空耳じゃねえのか? 何も聞こえねえぜ」

「あんたの汚い耳と一緒にしないでよ」

「どんな音が聞こえるんだ?」

 ブルーノが立ち止まったキャシーに近づく。

「うーん、なんていうか、何か大きなものが引きずられるような……」

「はっ、なんだそれ? まさか扉が閉まる音とか言うんじゃねえだろうな」

「あ、そうそう、そんなかん、じ……」

 その言葉を最後に、四人は無言で互いの顔を見やった。時間的にレズリーが扉を開く音でないことは確かだ。

 ということは……。

「閉まる! 急げ! 閉じ込められるぞ!」

 四人は出口に向かって全力で駆け出した。

 ゴブリンの管理する洞窟は、普段は人間側の扉も彼ら妖怪側の扉も全て締め切ってある。この清算日ですら、開けるのはたった一度だけで、「黒羊」たちが皆洞窟に入ったら、入り口の扉は閉められてしまう。また、出口の扉は、人間に入り込まれないよう、一度開けたら程なくして自動的に閉まるよう仕組まれているのである。どちらの扉も一度閉まったら、少なくとも後一年は開くことはない。

「出口だ!」

 前方を見てみると、ちょうど横壁の両側から出た二枚の石壁があと数十センチでくっつきそうだった。

 四人はラストスパートをかけて、細くなった扉を潜り抜けた。キャシーの尻尾が隙間を抜けるのと、扉が閉まるのはほぼ同時だった。

「あぶねー……あやうく餓死するところだった……」

 キルはふらふらと壁に寄りかかった。

「あんな何もないところで死ぬなんて、真っ平だ……」

 ブルーノも四つん這いになって息を荒げた。

「恐かったあ……」

 テリーはしゃがみ込んで今にも泣きだしそうだ。

「ちょっと、あんた泣かないでよね。面倒ごとはゴメンよ」

 乱れた髪を直しながら、キャシーはテリーを睨み付けた。

「そんな目付きで見たら、余計泣くだろ……」

「うるさいわね。それで? どうするの、これから」

「行くしかねえだろ、人間界に」

「行って、どうするんだい?」テリーがおどおどとキルを見つめる。

「知るか。んなもん行ってから決める」

 キルは出口のほうを向いた。彼等からおよそ百メートルほど離れた出口からは丸く切り取られた仄暗い景色が見えた。今は夜なのだ。冷たく乾いた空気が洞窟内に流れ込んでくる。キルは未だよく見えない外の景色に吸い込まれるように外へと向かった。他の三人もそれに続く。

 彼らは生まれて初めて、人間界へと足を踏み出した。

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