8

 しばらくは張り詰めた空気が車内に広がっていたが、ふいに高槻が口を開いた。

「お前が見た身体が破裂する現象は、体内に入れた鉱石に対する拒絶反応なんだ」深山は、いきなり何を、と言いかけたが高槻に遮られた。「いいから聞け。この拒絶反応は個人によって時間差があるんだ。摂取して数秒で拒絶反応を出す者もいれば、数週間経ってから出る者もいる。原因はまだ分かっていない。今研究員が行っているのはその調査だ。それと同時に拒絶反応を起こさない『適合者』も探している。今のところ一人も見つかってはいないがな」

「そんなこと、今言わなくても、署に帰ってから説明してくれれば良いだろう。顔色が悪いぞ。酔ったんなら窓でも開けたらどうだ?」

 高槻は窓に寄りかかってぐったりとしていた。今頃になって疲れでも出てきたのだろうか。

「いや、この分だと、おそらく私は麓まで持たないだろう。だから、今のうちにお前に教えておこうと思ってね。質問タイム再来だ。何を聞きたい?」

「持たない、って何言ってるんだ、車酔いくらいで。さっき麓が見えた。連中の車はまだ見えないし、このまま逃げ切ればあと一時間くらいで……」

 すべてを言い終わる前に、深山は信じたくないような考えが浮かんだ。

「まさか、あんた……口にしたのか、あれを……」

「それが一つ目の質問か。そうだ。飲んだよ。私があの部屋に入れられてすぐにね。しかし、ここまで持つとは、我ながら驚いたよ。女性の方が適合しやすいのかな」

「でも、あんたの同僚の姿を見たときだって、そんな素振りは……」

「すれば、お前に気づかれると思った。そうなれば、お前は脱出を躊躇するか、なんとか早く脱出しようと無茶な行動に出るかのどちらかを選んだだろうからな」

 深山はとっさに否定できなかった。

「……っ、危険だと分かっていて、どうして飲んだんだ?」

「どうしても、外に出たかったんだ。だから飲んだ。あの場に留まっていたって連中に始末されるのがオチだ。どうせ死ぬなら、少しでも確率の高い方に賭けたいだろう。まぁその後でお前が来て、私を外に出してくれるということまでは考えてもいなかったけどね」

「じゃあなんで、俺が最初に声をかけたとき断ったんだ?」

「いつ拒絶反応が来るか分からなかったから。逃げている最中に来たらそれこそ足手まといだ。二人で逃げるより、私がお前に情報を与えてお前一人で逃げる方が逃げ切れる確率は高い。でも、あんまりお前がしつこいから、また少し希望を持ってしまった。ああ、だからってお前を責めているわけじゃあないぞ。ほとんど自業自得みたいなものだからな。それに、騙されていたとはいえ、同じエンジェル・ダストで多くの者を殺してきた私にはお似合いの死に方だ」

 高槻は自嘲気味に笑った。

 深山はもう何も言えなかった。何か言おうとしても言葉が出なかった。

 その時、サイドミラーに自分達の乗っているのと同じような車が何台かすぐそばまで走ってくるのが見えた。深山は、自分がいつのまにかスピード落としていたことに気づいた。

 深山は舌打ちすると、スピードを上げた。高槻は先程よりも顔色が悪くなっているように見えた。

 なかなか追っ手と差を開けられず、どうするべきか考えていたとき、高槻が息を吐くような声で言った。

「次のカーブを曲がって奴らの車が視界から消えたら、茂みの中に隠れろ。この森のの草は背が高いのばかりだから、小さなバン一台くらいなら隠せるだろう」

 なんとかそれを聞き取った深山は自分より土地勘があると思われる彼女の意見に従うことにした。

「分かった。しっかり掴まってろよ」

 緩やかなカーブを曲がって後ろの車が見えなくなった瞬間、ハンドルをおもいきりきって茂みの中につっ込んだ。ブレーキをかけて外を覗いてみると、草の隙間から少し海が見えるくらいだった。

 確かにいい隠れ蓑になった。しかし、茂みに入ったときのタイヤの後でバレはしないか、という不安もあった。もし見つかったら、一巻の終わりである。

「なあ、これで本当に大丈夫なのか? すぐにばれはしないか?」

 深山はそう言いながら高槻の方へ振り向いた。しかし、肝心の本人は座席にはおらず、ドアを開けて外に出ていた。

「な! なにやってんだ、あんた!」

 深山も急いで車を降りた。しかし、外に出る直前に外から高槻に押し戻された。

「お前はここに残っていろ。私が連中をひきつける。もとよりあいつらの目的は私一人だろう。なんせ機密情報の塊なのだからな」

「だからって、俺だけ残れるわけ……」

 すべてを言う前に深山の口は高槻のそれに塞がれた。

「聞き分けてくれ、頼むから」

 高槻は微笑みながら今にも泣きそうな顔でそう言うと、茂みの外へ飛び出していった。

「まっ……」

 深山は止めようと声をかけたが、その時、自分の手の中に何か金属質のものが握られているのに気づいた。それは高槻が首から提げていたロケットだった。

 偶然開閉ボタンを押してしまったのだろう、蓋が開いていて、中には今より少し若い高槻と小さな赤ん坊が写っていた。

 深山は道路の方向いた。高槻はもう道路の真ん中まで来ている。

 そして、こちらに振り向いて写真と同じような穏やかな笑顔で何かを呟いた。

 深山がその言葉を聞き取るか否かの刹那、彼女はその場から永久に姿を消した。


 そのすぐ後に、いくつかのバンが高槻の遺体の側に止まり、施設の関係者らしき人物が何人か降りてきた。現場をざっと見回すと、無線でなにか話し、あまりにもあっけなくその場を離れて、もと来た道を戻っていった。

 深山の耳に入ってきた話では、彼らは自分が高槻をおとりにして逃げた、と解釈したらしい。また、現場を片付けるために処理班を呼ぶよう言っていたような気もした。

 しかし、深山はまだ、その場を離れることができず、ただ手の中にあるロケットを見つめていた。

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