7
「ここはおそらく地下二階ってとこだろう。地下一階から屋上まではすべて把握しているからな。どの階でもこんな場所は見たことがない」階段を上りながら高槻が言った。「地下一階は駐車場になっているから、そこから出るのが一番手っ取り早いだろう。問題はどうやって監視カメラと警備員を逃れるか」
「あんた、車は持っていないのか?」
「持ってはいるが、キーはデスクに置いてきてしまったんでね。そもそも車で行こうとすれば、どうしても入り口のところで警備員と鉢合わせるし、何より監視カメラに私の車が発進するのが分かれば、私が離反したことを知る者達がすぐに追いかけてくる。歩いて逃げるのが一番得策だ」
そう言っている間に二人は階段を上りきったところまできた。目の前には鉄のドアがあったが幸い鍵はかかっていなかった。
深山は少しだけドアを開けて外を覗いてみた。そこにはデパートなどでよくみるような地下駐車場が広がっていた。見たところ人影はない。
「ここからだと出口ってのはどっちの方向にあるんだ?」
深山は高槻と場所を変わった。
「そうだな……。手前に見えるのがFの2だから……ここからまっすぐ突き当たりに行って右に曲がったところにあるかな」
その時、深山はふと思いついたことがあった。
「そういや、下の階にだって監視カメラがついているんじゃないか? だったら、もう脱走したことがばれるんじゃあ……」
「いや、下の階にはカメラはないよ。私が連れられてきたとき確認した。だが、どうしても信じられないと言うなら戻ってもかまわないが、その時は一人で……」
「分かった、あんたを信じる」深山は高槻がすべてを言う前に遮った。「とにかく、今はここから脱出することを考えよう。カメラの位置は把握していないか?」
「警備員じゃあるまいし、把握なんてしているわけがないだろう。もちろんカメラの死角もどこかは分からん」
深山は小さく舌打ちした。これじゃあ、ずっとここに立ち往生することになる。ざっと天上付近を見回してみたが、薄暗いせいもあって、それらしきものは見つけられなかった。
何か策はないかと、深山が考えていると、高槻が脇を小突いてきた。振り向くと、高槻がニヤニヤしながら言った。
「ちょっとおもしろい案を思いついたんだが、乗ってみないか?」
出口付近の小部屋には一人の中年警備員が部屋に設置されている小さなテレビを退屈そうに見ていた。
この時間帯はほとんど外出車や入場者がないので、話相手もいない彼はテレビを見るかお茶を飲むくらいしかやることがないのだった。
彼が新しいお茶でも入れようかと考えていたとき、すぐ側の窓を叩く音が聞こえた。普段はこの小窓は開けておくものなのだが、クーラーの冷気が逃げないよう、この時だけ閉めていたのだ。
彼は車が入ってきたのかと思い、驚いてそちらを振り向いた。しかし、そこには車ではなく一人の若い男が立っていた。手にはドラマなどでよく見かけるものが握られている。
それを見て、警備員は更に驚いて、慌てて窓を開けた。
「け、警察の方が何か御用でしょうか?」
「ああ、ちょっと車を一台貸してほしいんだが」
「車、ですか? 一体どうして?」
警備員は疑うように眉間にしわを寄せた。深山は平静を装うのに必死だった。
「いや、とある事件でこの施設に勤めているある人物について調べているんだが、その重要参考人としてこの人を署まで連れ帰らなくてはいけなくてね。でも、俺は上にいる先輩の車で来たから、自分のは持っていなくて。先輩達はまだこの施設に用があるというし。そうしたらここの人が車を貸してやると言ってきてくれてね。何か聞いていないか?」
警備員は彼の後ろにいる人物を覗き見た。全体の輪郭から女だということは分かったが、白衣を頭から被っていたため素顔どころか体型すらもよくつかめなかった。
「いやぁ、なにも聞いていませんがねぇ」
警備員は今だ半信半疑な態度で答えた。
「そうか、困ったな。なんとか先輩達のところに戻ったら殴られそうだし、もしかして、まだ連絡が届いていないだけかもしれないし。でも、貸してくれるといったのは本当なんだ。なんとか借りられないか?」
「はあ、ちょっと待ってください。今上に聞いてみますんで」
そう言って、警備員は受話器に手をかけようとした。
「あ、ちょっと待ってくれ! 今はかけない方がいいと思う。先輩は今この施設内を調査中で、もし万が一先輩がちょうど調査しているところに電話がなったらえらいことになる。あの人、調査の途中に邪魔が入るのはものすごく嫌う人でね。おまけにそれが、俺のことに関する事だってバレたら、まだ俺が出発していないことが知られて、どやされるじゃ済まなくなる! 頼む、俺を助けると思って、貸してくれ。連絡なら後から必ず来ると思うから」
深山は両手を合わせて苦笑した。自分が喋れば喋るほど嘘だってことがバレるんじゃないかと思われた。
警備員はしばらく深山と受話器とを交互に見ていたが、一息つくと、立ち上がって壁にかかっている鍵の一つを手に取って出てきた。
「ありがとう。恩に着るよ」
深山は心から礼を言い、警備員の後についていった。
そう遠くないところに、白いバンが幾つも並んでいた。おそらくこの施設のものなのだろう。深山は、駐車場はこの地下にしかないのだろうかと思った。
警備員は一番奥から二三台手前の車の前で止まった。
「この車をお使いください」
言い方は丁寧だったが、まだ少し警戒しているような口調だった。
警備員は深山に鍵を渡した。
「ありがとう。ほら、お前も乗れ」
深山が鍵を開けると女は白衣を被ったまま後ろの座席に座った。警備員から見ると、その姿はまるで幽霊のようだった。
深山も急いで運転席に乗り込んだ。
「本当にありがとう。アンタも早くあっちに戻ったほうがいいんじゃないか? もう連絡が来ているかもしれない」
警備員は手短にそうですね、と言うと深山たちのほうを一瞥してから、戻っていった。
「本当に大丈夫か? こんな堂々と。いくら俺がここに来て間もないからって、顔くらい覚えられているんじゃないか?」
深山は車を動かしながら小声で後ろに座っている女に声をかけた。女はまだ白衣を被ったままだった。
「安心しろ。お前の顔はそう簡単に覚えられるほど印象的じゃあない。ほんの少しカメラに映ったって気づかれんだろう。それにもうここまで来たんだ。後は逃げるだけだ」
深山は自分の顔がけなされているのか褒められているのかよく分からなかった。それに、どう考えてもこの計画は穴だらけのような気がしてならなかった。
しかし、高槻の言うことも一理ある。あとは逃げるだけなのだ。いざとなれば、強行突破してでも……。
そんなことを考えているうちに、いつの間にかもう外に出るところまできていた。バックミラー越しに後ろを見てみると、ちょうど警備員が電話をしている姿が写った。深山は急いでスピードを上げた。
外に出ると、一本道の車道に続いていた。周りは木々に囲まれている。
ミラーから後ろを見てみると、白い新しい建物が見えた。
追っ手が来る気配はない。
とりあえずは上手くいったのだろうが、さっきの警備員が上に問い合わせればすぐに嘘だということがばれるだろう。それまでに少しでも距離を開けないと。
深山はアクセルを踏んだ。
「ほら、私の言った通り、上手くいっただろう」
高槻がようやく白衣を着なおしながら言った。
「何がほらだ。かなりギリギリだったぞ。それに、そう長くないうちに施設のやつらにも気づかれるはずだ。ここから、警備のおっさんが電話してるところ見たからな」
「ふん、どのみちここから抜け出せればこちらの勝ちだ」
少し行くとゆるいカーブになり、片側の視界が広がった。
「え、海……?」
そこには日に反射して輝く広大な海が広がっていた。
「ああ。この付近は元は別荘地だったんだ。あの施設を建てた奴のな」
ずっと灰色の景色ばかりで、視界も気持ちも曇り気味だった深山にとって、その光景は久々に心を和ませてくれるものだった。
しかし、そんな心地よい気分も長くは続かなかった。
「連中が追ってきたぞ。なかなかす早いな」
高槻が先に気づいたらしく、後ろを向きながら言った。
「そんなのんきに言ってる場合じゃないだろう!」
バックミラーで見てみたがまだそれらしい影は見えなかった。それなりに距離はあるだろうが、油断はできない。
深山は限界までアクセルを踏んだ。とはいえ、道はカーブになっており、しかも、片側は海に面した崖となっているので、あまり無茶はできなかった。
高槻はまだ後ろに身を出してを見ている。
「もういいからいい加減座りなおせ。そんな体勢だと酔うぞ。それにスピード出してるんだから危ないだろう」
「ああ……」
それを聞いて高槻はようやく座りなおした。
ミラー越しに覗いてみると、すでに酔ったのか、幾分顔色が悪かった。
だから言わんこっちゃない。
深山は口に出さずに呟いた。
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