6

 そこまで話し終えると、高槻は深く息をついた。

「なんか、まるで宗教じみてるな……」

 深山はまだ信じられない、と言った顔つきでぽつりとつぶやいた。

「そうだな……。しかし、その当時の私にとっては希望の光にすら思えた。もちろん、私はすぐに参加を希望した」

「どうしてそこまでして……? あんた、一体何があったんだ?」

「そこまで教える必要はないだろう」

 深山の質問にそっけなく答えると、高槻はそっぽを向いて煙草を吸うことに専念し始めた。

 結局、高槻は深山が最初に聞きかたかったことを教えてはくれなかった。

 しかし、この事件に関する大体のことは把握できた。

 深山は今、自分がしなければいけないことを察して、立ち上がった。

 まだ、体は少しフラフラしたが、行動を起こすのに問題はなかった。

「ん? どうした? もう質問タイムはおしまいか?」

「ああ。大体のことは分かったからな。後はここを抜け出して署にこの場所のことを報告する。あんたにも重要参考人としてついてきてもらう」

「重要参考人ねぇ。なんだ、急に警察みたいなこと言い出してきたな」

「みたいじゃなくて警察なんだよ。人から手帳をふんだくっておいてなに言ってんだ」

 深山はドアの取っ手を引きながら答えた。当然、鍵がかかっていた。次に鉄格子越しに窓を覗いてみた。廊下や壁もこの部屋と同じ灰色だった。窓の正面にはこの部屋にあるのと同じようなドア立っていた。視線をずらしてみると、突き当りの壁が見えた。反対側を覗いてみると、廊下が続いているようだったが、どこまで続いているのかは分からなかった。

「なんだ、ここは?」

「だから、牢屋だ。これで三度目だぞ」

「そうじゃない! このフロアだ! ここと向かいに部屋がある以外何もないぞ。ここは何のために作られたんだ?」

 深山はいい加減この女の態度にイライラしてきた。

「さぁね。私もここにくるのは今回が初めてだから。この部屋が何のために使われているのははっきりは分からん。だが、推測くらいは簡単につく。おそらく連中はいずれ研究員や関係者から離反者が出てくることを予想していたんだろう。私の他にもう一人この件の真相に気づいた者がいたが、そいつも私とともに他の研究員には極秘で捕らえられた。生きていれば向かいの部屋にでもいるんじゃないか?」

「そうか。じゃあどのみち、ここから出ないことには話しにならないってことだな」

 深山はまたドアノブをいじってみた。しかし、やはり、なんの反応も起こさなかった。

「やめておけ。ここから出たって連中に見つかって始末されるのがオチだ。ここのセキュリティは最新式だからな。まぁ、出なくたって、最終的には始末されるか実験体になるかのどちらかしか選択肢はないがな」

「だったら、少しでも生き延びるく確率の高い方を選んでやる。こんなどこかも分からないような所で死んでたまるか」

 深山の言葉を聞いたとき、高槻は意外そうな顔をした。

「へぇ、最近の若者は『諦めが肝心』ってやつばかりだと思っていたが、そうでもないようだな」

「若者をばかにするなよ、おばさん」

「誰がおばさんだ。私はまだ二十八だ。まぁ、そんな意外な熱血君にプレゼントをあげよう」

 意外は余計だ、と言おうとしたが、高槻が白衣のポケットから取り出したものを見て言葉を飲み込んだ。

「この部屋の鍵だ。本当は私が使おうと思ってくすねておいたんだが、どうせ連中からは逃げ切れないと諦めて使わずじまいだった。煙草の礼だ。お前にやる」

 高槻は鍵を差し出した。彼女の側には空になった煙草の箱があった。

「いいのか?」

「もちろん。どうせ私が持っていても使わないからな」

 深山は鍵を受け取った。半信半疑だったが、鍵穴に差し込むとカチャリと音がした。どうやら鍵は本物らしい。

「あんたは行かないのか?」

「私はいい。警察官ならともかく、室内に引きこもりの研究員が逃げ切れるとは到底思えん。それに、私は罪を犯しすぎた。万が一ここから出られたとして、今後まともな日を送れるとも思えんしな。短い間だったがなかなか楽しかったよ。ほら、これも返そう。それから、これもやる」

 高槻はそう言って警察手帳と深山の手帳を投げてよこした。そして、首から提げていたネックレス(服の中に隠れていたので気がつかなかった)を取り出した。それはロケットになっていて、それを開けると、小さな石のかけらが出てきた。

「それは……?」

「エンジェル・ダストのかけらだよ。万が一ここから逃げきることができたら、警察に持って帰るといい。少しくらい役にはたつだろう」

 高槻は床に放り出されていた自分のハンカチにそれを包んで深山に渡した。

 深山はそれをしばらく眺めていたが、以前壁に寄りかかり動く気配のない高槻に向かって言った。

「やっぱり、あんたも来るべきだ」

「私はいいと言っているだろう。遠慮するな。さっさと行け。またここに戻ってくることにならないよう祈っているよ」

「ダメだ! さっきも言った通り、あんたは貴重な重要参考人なんだ。俺と一緒に署に戻って、俺に話したように、この事件の一切を話してもらう」

「分からないやつだな。いくら私が話したところで、連中が否定すればそれで終わりだ。それくらいの権力をやつらは持ち合わせているんだ。それに、この施設のセキュリティは並大抵のものじゃあない。確率の高い方を選ぶんなら、私をここに残していくべきだ。どうせ、私はもうすぐ連中に始末される。裏切り者なのだからな」

「俺が死なせない!」

 そう言って、深山は自分の言ったことに少し恥ずかしくなったが、勢いに任せることにした。

「たとえ、俺だけが助かったって、真実を知る人間がいなかったら、なんの意味もない! 向こうが権力を持って否定くるんなら、こっちは組織の力で対抗してやる! 俺やあんたみたいな証人だっている。だから、あんたには何が何でもこここから出て、俺と一緒に来てもらう」

 そこまで言い終えると、室内には煙草の煙とともに沈黙が流れた。

 それを破ったのは高槻だった。

「身の安全は保障してくれるんだろうな」

「できる限りは」

「それじゃあ、確信はできん。保障してくれるのか、くれないのか」

「……分かった。保障する。だから、来い」

「来てください、だろう?」

 深山は女の飄然さに言葉も出なかった。

 深山は返事をせずドアを少しだけ開けて外の様子を覗いた。幸運にも廊下には誰もいなかった。廊下は意外に短く三十メートルくらい先のところに階段が見えた。

 高槻は返事をもらえなかったことで若干顔をしかめたが、それでも、立ち上がって、ドアの方へ近づいた。

「どうせ誰もいないだろう、早く出ろ」

 高槻はそのまま深山を廊下に蹴りだした。

「うわっ、何すんだっ……」

「こんなところで慎重になって時間を割いたって無駄だろう。とっとと先へ進むぞ」

 そういって高槻はスタスタと階段の方へ向かっていった。

「お、おい、ちょっと待て……」

「なんだ、この場を離れるのが名残惜しいのか? だったら、ここにずっと住むか? 私は先に行くが」

 さっきまで、留まる気満々だったやつのセリフとは思えなかったが、深山にはもうつっ込む気力もなかった。

「さっきこの向かいの部屋にもあんたの同僚がいるかもって言ってただろう。だったら、この人も助けて一緒に逃げよう」

 深山はそういって向かいの部屋に近づいた。高槻は、どうして確率を下げようとするののか、などとぶつぶつ言っていたが、渋々戻ってきた。

 窓から部屋の中を覗くと、深山は目を瞠った。

 中は悲惨なもので、原因は考えなくても分かった。

「そういえば、あいつもかけらを隠し持っていたな。一か八かの選択だったんだろうが、バカなことを……」

 いつの間にか背後から窓を覗いていた高槻がつぶやいた。しかし、すぐに踵を返して、階段に向かって行った。

「死んでいたんじゃあ、一緒に連れ出すことはできない。あきらめて、私たちだけで行くぞ」

 深山は高槻の言い方に少し反感を覚えたが、急がなければならないのは事実なので、ドアの前で合掌をして、高槻のあとを追った。

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