5

 研究員……。

 そういえば、自分はエンジェル・ダストの中心的関係者だと言っていた。でも……

「携わっていた、って……今は違うのか?」

「あぁ、私は裏切り者だからな」

 高槻は"裏切り者"の部分だけやけに強調して言った。

「裏切り者? 何かしたのか、あんた?」

「ふん、私から言わせれば、連中の方が裏切り者だけどね」

 高槻は今まで余裕を振りかざしていたが、この時だけ妙に憎しみをこめて言った。が、現状把握すらよくできていない深山には、連中というのがこの施設の人間のことだろうということぐらいしか分からなかった。

「それで……何したんだ?」

「私は、騙されたんだ。私だけじゃない。この研究の実験体になった多くの者が騙されたんだ」

 高槻は深山の質問には答えず、まだ吸っている途中の煙草を潰して、新しい煙草に火をつけた。

 深山は気になったが、高槻に合わせた。

「騙されたって、どういうことだ? 実験体になったものはとにかく、あんたは自分から研究員になったんじゃないのか?」

「最初はね。でも、その時はまだこのプロジェクトの本当の目的を聞かされてはいなかったんだ」

「本当の目的?」

「さっき言った、人体兵器の作成だよ。上の連中は私たち研究員や実験体になった者たちには別の理由をつけてこのプロジェクトを進めていたんだよ。まぁ研究員の中にはそのことを知っていた者もいたみたいだけど」

 高槻は眉間にしわを寄せて毒づいた。

「あんた、そんなあぶない目的だと知らずに研究してたのか?」

「お笑いだろう? 笑ってくれてもかまわないぞ」

 そう言って、高槻は自分を嘲るように笑ったが、深山は笑えなかった。

「でも、研究員だったんなら、途中で気づいてもおかしくないんじゃないか?」

「そうだ、だから、今ここにいるんじゃないか」

 それを聞いて深山はようやく高槻がここにいる理由を把握した。

 彼女は離反したのだ。自分がしていることの本当の目的を知って……。

 高槻は平然として煙草(いつの間にか五本目に入っていた)を吸っていたが、おそらく内心は後悔の念でいっぱいなのではないか、と深山は思った。

 それでも、どうして彼女がこのプロジェクトに参加したのか気になって仕方がなかった。

「あんたは、どうして、この研究に参加しようと思ったんだ? 別の理由をつけられたっていっても、人体実験なんて、それなりに理由がないとできないだろう? このプロジェクトってのがあきらかに違法なのは目に見えて分かるはずだ。それなのになぜ?」

 高槻はこの質問にすぐには答えず、煙草を丸々一本吸い終えるまで黙っていた。

「お前は、このプロジェクトの名称がなぜ『エンジェル・ダスト』と呼ばれているか分かるか?」

 答えが返ってくると思っていたのに、突然全く関係ない質問をされて深山は一瞬戸惑った。

「え、さぁ、目を逸らすためにばら撒いているドラッグと同じ名前にした方が目くらましとしては効果的だから、とか?」

「全然違う」高槻は呆れたように言った。「このプロジェクトの名称である『エンジェル・ダスト』ってのは、本来はある鉱石のことを指すんだ。といってもその鉱石をそう呼んでいるのは私たちだけだがな」

「鉱石? なんだかえらく話が飛んだな」

「何を言っている? 飛ぶどころか、このプロジェクトの中枢に迫っているんだぞ。そもそも人体兵器なんて、普通に人体を研究してできると思っているのか?」

 そう言われると、深山は何も言い返せなかった。

 高槻は続けた。

「『エンジェル・ダスト』はこのプロジェクトには必要不可欠ものなんだ。せっかくだから、この鉱石について私が独自で調べて得たことを教えてやる。

 約半年くらい前に中東地方の炭鉱場で一人の坑夫がおかしな鉱石を発見した。それはソフトボール大くらいの大きさで半透明色をしていた。坑夫は宝石かとも思ったが、それにしては手触りがなにか違う。男は長年炭鉱場で

働いていたが、そんな奴が今まで触れたことのないような感触だった。男はそれを見つけたことを誰にも言わずこっそりと家に持って帰ったそうだ。そして酒を飲みながらその鉱石を触っていると、手を滑らせてコップの中にそれを落としてしまった。男は急いで鉱石を取り出してみたが、幸い欠けたりヒビが入ったりはしていなかった。男はほっとして、鉱石をしまい、残りの酒を飲み干した。その時なにかざらざらしたものが咽喉を通る感覚がしたが、鉱石についた砂が入り込んだのだろうと、男は大して気にしなかった。その日はそのまま寝ることにした。

 次の日、男が目を覚ますと、やけに体が軽いような気がした。そしてそれは気のせいではなかった。その日、男は炭鉱場で誰よりも働いた。二三人がかりでやっと運べそうな岩を難なく持ち運んだ。動きもいつもの倍は速かった。休憩時間ですら、やけに体がうずいて、一人だけ仕事をしていた。男の仕事仲間はもちろん、本人も驚いていた。そしてそんな日が数日続いた。仕事仲間の何人かは男がクスリでもやっているんじゃないかと疑ったが男はそれを否定した。実際、当の本人ですら、なぜこんなに体が動くのか疑問にすら思っていた。しかし、仕事ははかどるし、給料も上がるし、オマケに十は若返ったかと思うくらい体が軽くなるし、といいことが続くので男はこの異常さに大して気に留めなかった。

 しかし、一週間くらいたったころ、男は仕事場に現れなくなった。何日かして疑問に思った同僚達が男の家に訪ねてみた。すると、男の姿はそこにはなく、家じゅうから鉄の臭いが漂っていた。家の中を見回してみると、いたるところに赤い斑点と、肉のカケラのようなものがこびりついていた。同僚達はそれを見てすぐに警察に連絡した。その間に気分を悪くして病院に運ばれるものもいた」

 深山ははっとして、口を開きかけたが、高槻に邪魔をするな、と言わんばかりの目で威圧された。

 高槻は続けた。

「警察が家の中を調べると、こびりついていた血や肉はあの坑夫のものであることが判明した。そして、警察は家のテーブルに変わった鉱石が置いてあるのを発見した。警察は念のためにとその鉱石を調べてもらった。すると、その鉱石はこれまで発見されたどんな宝石や鉱石とも違う新種のものであると分かった。警察はこの鉱石をどこで発見したか男の同僚に聞いてみたが、誰一人、男がそんな鉱石を見つけていたことすら知らなかった。警察では男の死亡事件に関して何も情報が得られないまま数日が過ぎた。しかし、あるとき、一人の日本人がどこからその噂を聞きつけたのか、その鉱石を見てみたい、と警察に訪ねてきた。最初は警察は拒否したが、なんでも自分は日本の学者で、世界中の鉱石について研究しているから、事件の参考になるかもしれないというと、警察は男に見せてみることにした。鉱石を渡すと男は興味津々でそれを眺めた。そして、この鉱石を研究のために譲ってほしいと言い出してきた。さすがにそれはできないと警察側は拒否したが、金ならいくらでも払う、事件に関することが分かればすぐ知らせる、と何度も頭を下げるので警察も遂に折れて、その鉱石を譲ることにした。警察はこの事件に鉱石はほとんど関係ないと考えていたし、何より、その男が出した金額が相当のものだった、というのが一番の理由だった。それ以来警察に男から連絡は一切なかった。

 一方、鉱石を日本に持ち帰った男は、実はこの死亡事件の真相をほとんど知っていた。もちろんその原因がその鉱石であると言うことも。その鉱石のことをなぜ知っていたのかは分からないが、とにかく、男はそれが人間の身体に多大な影響を与えるという事実を知っていた。男はさっそく専用の研究施設を建て、研究員を募集した。研究員の中には当初から男と組んでいて、男の目的を知っていたものもいたが、それ以外のものはみなこう伝えられていた。

 この鉱石は、体内に含むことで、人の身体を著しく活発にさせるものである。つまり、生まれつき病弱な者や体の弱い者に与えると、普通の人と同じような生活ができるようになる。しかし、この研究はまだ国に認められていないため極秘裏に行いたい。それでも、いつかはこの国に貢献できるようになる。今は犯罪を犯しているということになるが、それでもすべての人々を救いたいと思う者のみ、このプロジェクトに参加してほしい。このプロジェクトはこの鉱石の元に成り立った。この鉱石はまさに人々を救う天使のような存在、天使が我々に落としたかけらといっても良い。よって敬意を持ってこの鉱石を『エンジェル・ダスト』と、そしてプロジェクトを『エンジェル・ダスト計画』と名づける――」

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