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最初、この女が何を言っているのか分からなかった。
「は? 何言ってんだ?」
「だから、ビンゴだって言ってるだろう」
「だから、何が?」
深山がわけが分からない、と言う顔をしていると、女はニヤニヤしたまま、手帳を振った。
「これ。お前、エンジェル・ダストについて調べているんだな」
その言葉を聞いた途端、深山は怪我のことも忘れて、上半身を起こした。
「何か知っているのか?」
「知ってるも何も、私はそのエンジェル・ダストの中心的関係者だ。そして、この施設がエンジェル・ダストを研究している場所だ。だから、言っただろう、ビンゴだって」
突然すぎる告白に、深山の頭はついていけなかった。中心的関係者? 研究?
呆然とする深山の表情を見てそれを察知したのか、女は笑いをこらえながら言った。
「そんな顔になるのも無理はない。何せ、エンジェル・ダストはほんのごく一部の人間にしか知られていないからな」
深山は自分がどんな顔をしていたのだろう、と気になった反面恥ずかしくもなった。
何か話さなければ、と思い、深山は口を開いた。
「エ、エンジェル・ダストってのは麻薬だろう。あんたがそれを作っているってことか?」
「違う」
女は急に真面目な顔で答えた。
「確かに、ドラッグの一種に同じ名前のものはあるが、今回の件とは無関係だ」
「関係がない? じゃああんたの言うエンジェル・ダストっていうのはなんだ?」
女は少し間を置いてから言った。
「エンジェル・ダストとは、あるプロジェクトの名称だ」
「プロジェクト?」
「そう。最近ドラッグのエンジェル・ダストが多く出回っているのを聞いたことはないか?」
「え?」
いきなり話を変えられて、深山は動揺した。ドラッグは関係ないんじゃあ……。しかし、そんな話を聞いたことはあった。最近、一種類の麻薬が異常に多く出回っていると。
女は続けた。
「あれは、このプロジェクトから世間の目を離すために研究員達がばら撒いたものなんだ」
深山は呆然としていた。
「どういうことだ? ドラッグをばら撒いた? 目を離すため? そもそもプロジェクトってのは、一体何なんだ?」
女はすぐには答えず、また少し間をおいた。話すのをためらっているようにも見えた。
「プロジェクトというのは……人間兵器の作成だ」
「人間、兵器? なんだ、それは?」
「簡単に言えば、殺しても死なない不死身の兵隊、ってところだ」
この女は夢でも見ているのか、と深山は思った。不死身の兵隊など、漫画か映画でしか見たことがない。
「あんた、正気か? それ、本気で言っているのか?」
半ば心配するような深山を見て、女は自嘲気味に笑った。
「ああ、これでも一応正気のつもりだ。人間兵器の作成も実際にあったことだしな。お前も見たんじゃないか」
「俺も?」
「その服と顔。被験体が壊れたとき、側にいたんだろう」
女はそう言われて、深山は自分の服を見た。
服はいたるところに赤黒いシミがついていた。
「っ!!」
深山はまた吐き気に襲われた。しかし、先程すべて出してしまったので、出てくるものはなかった。
なぜ今まで忘れていたのだろう。あんな衝撃的なことを。
それと同時に、今まで寝ていたのかと思うくらい、深山の脳が覚醒された。
「そうだ! あの時、男がいきなり爆発して、事件に関係がありそうだったから署に連絡しようとして、俺は誰かに殴られて……あれはあんただったのか?! それに、被験体って……」
深山は女の詰め寄った。
「なんだ、急に元気になったな。とりあえず、お前を殴ったのは私じゃないぞ。私はお前が運ばれてくる前からここにいたんだからな」
女は特に驚いた様子もなく、自分の冤罪に対する弁解だけした。
「あんた、あれのこと知っているのか? あれはなんなんだ?! 火薬もなしに体が爆発するなんて」
「正確にいうと、あれは爆発したんじゃない、体細胞が膨張して破裂したんだ」
「どっちだっていい! あれはあんたがやったのか?! この間のやつも、俺が会ったやつも、あんたが殺したのか?! どうやって?! どうして?!」
「落ち着け。そんなに一気に質問したら、何から答えていいか分からないだろう。急いだって、ここから出られるわけじゃあるまいし」
その言葉で、深山今更ながら現状を見直した。
そういえば、ここはどこだ? それに、この女こんな牢屋みたいなところにいるのに、どうして平然としているんだ?
少しおとなしくなった深山を見て女は言った。
「自分の目の当たりにした現実を思い出して、パニックにでもなったか。少しは落ち着いたようだが。ほら、これでも吸え。もっと落ち着くぞ。それから顔も拭け」
女は深山の煙草とライター、それに彼女のものと思われるハンカチを差し出した。深山はまた吐き気を覚えたが、なんとかこらえ、ハンカチで顔を拭いた。それから煙草を一本取り出し、一度深く吸った。
煙草を吸うと、確かにさっきよりは落ち着いて、頭の中を整理することができた。しかし、それでも分からない事だらけだった。
女も二本目に火をつけると、おいしそうに吸った。
「一つずつ答えていこう。まず最初に何を聞きたい?」
深山は何から聞くべきか迷った。だがとりあえず、現状把握を優先することにした。
「ここは、どこだ?」
「さっき言わなかったか。ここはエンジェル・ダストを研究している施設だと」
女はさもつまらなさそうに言った。
「いや、そうじゃなくて、ここだ。この部屋」
「それもさっき言っただろう。牢だよ」
「どうして、俺は牢屋なんかに入れられてるんだ?」
「そんなことは、私にだって分からないさ」女は深山が冗談でも言ったかのように、声を上げて笑った。「警察であるお前にこの施設のことをかぎつけられて、身の危険を感じた連中がお前を拉致った、ってところじゃないか?」
「かぎつけるって……。俺はこの件に関する情報はほとんど知らなかったんだぞ。現場にすらロクに行ってないのに」
深山が困惑したように言うと、女は顎に手をあてて考えた。
「確かに。手帳にもほとんど何も書いてなかったし、所持物にもほとんど手を触れられていなかった。何よりこの施設のことを知らなさ過ぎる。現場にもロクに行かないというのは、警察官としてどうかと思うが」
深山は、余計なことを言ってしまった、と後悔したが、女はそんなこと微塵も気にすることなく続けた。
「となると、可能性としては、この間の事件で慌てた連中が被験体ども回収しようとしたところ、お前がその場に居合わせたため、仕方なく拉致した、ってのが妥当かな」
「ということは、俺は巻き込まれた、ってことか」
「今の仮説があっていればの話だがな。でも、良かったじゃないか。これで一気に事件の真相に迫ることができたわけだし」
女はコロコロと笑っていたが、当の本人にとっては、とても笑える内容ではなかった。
深山は肩を落とした。拉致されるなんて、初めての経験だった。事件の真相に迫ることができると言っても、何をすればいいのか検討もつかなかった。
よりによって、なぜ自分が。他にもっと優秀な先輩がいるにも関わらず……。
その時、深山ははっとして顔を上げた。
「そうだ! 携帯で署に連絡して応援を呼ぼう! そうすれば先輩たちが……」
と、携帯電話を探ろうとしたが、衣服のどこにも見当たらなかった。
「携帯はもともとなかったぞ」
女は他人事のように煙草をふかしながら答えた。
人の持ち物探りすぎだろう、と言ってやりたかったが、それよりも、携帯電話がないということにショックを受けた。
「どうして?! ちゃんとズボンのポケットに入れておいたのに! あのときだって、救急車を呼ぼうと……」
呼ぼうとして……そうだ。携帯は落としたのだった。おそらく、今でもその場にあるか、自分を拉致した人物が持っているのだろう。
深山は深いため息をついた。
女は三本目にの煙草に火をつけようとしていた。自分の煙草はもうほとんど灰になっていたので、残りを床に押し付けて火を消した。
深山は女の動作を見ているうちに、ふと思った。
「そういや、あんたはなんでここにいるんだ? いや、それより、あんたは一体何者なんだ?」
女は意外そうに答えた。
「おや、まだ言っていなかったか。私は……」女はなにやら白衣を探っていたが、目的のものが見つからなかったらしく、舌打ちして続けた。「そういや名刺はデスクに置いてきたんだった。まぁいいや。私は高槻。ここの施設の研究員で、人体兵器の研究に携わっていた者だ」
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