第8話 情熱

 女刑事のクサカベ・リンは、上司のアオキ・カズマがなぜ犯罪捜査に関わるようになったのか、以前より興味を持っていた。


 2009年12月12日の夜、カズマはリンに走り書きの短いメモを見せる。メモの内容は意味不明なもので、リンはさすがに首をひねる。カズマは、このメモを読んだ人物が恐怖に襲われ死んでしまったことを話した。


 事件が起こったのは、カズマの学生時代である。1999年、カズマが大学1年生の5月のことだ。

 カズマの友達にヨシオカ・カナという美女がいた。2人は、カナの飼犬がカズマの足首に噛み付いた事がきっかけで知り合う。カナがカズマを見舞ううち、親友になったのだった。


 大学が休みの間、カズマはカナからオダワラにある母親の屋敷へと招待される。カナの母親、ヒヨリは地主で、検事も務めている人物だった。屋敷での夕食時、話題がカズマの特技である推理におよぶ。

 ヒヨリから、自分について推理するよう促されたカズマは、最近身の危険を感じていたこと、若き日に雪崩に巻き込まれた経験があること、剣道をやっていたこと、ニュージーランドやオーストラリアへ行った経験のあることなどを推理し的中させてみせる。

「それにしてもスゴい体ですね?」

 ヒヨリは、ベッドルームに入る前は水色のワンピースを着ていたが脱いだらボンキュ!ボン!だった。

「カズマ君こそ、筋肉がスゴイわね?スゴい、固くなってる」

 股間を手でシゴいてくれた。

「キラ・ミズキという女性と非常に親しかったのでは?どうして彼女の事を忘れようとしたんですか?」と指摘すると、驚愕したヒヨリは発作を起こして倒れてしまった。


 発作から回復したヒヨリは、過去には触れたくない素振りを見せる。そして、金田一一も江戸川コナンもカズマには到底及ばないと絶賛し、これを一生の仕事にするよう勧める。

 このヒヨリの言葉こそが、カズマが刑事を職業とするきっかけになったのだった。


 カズマが東京へ帰る前日、屋敷にアイガ・イチカというイラストレーターが訪ねてくる。横柄な態度のイチカにカズマは不快になるが、ヒヨリは昔の知り合いだからと弁護し、イチカに食事も仕事も提供してやるという。


 1週間後、東京に戻って法律の勉強をしていたカズマのもとに、カナから助けを求めるメールが届く。デスクトップパソコンのメールの画面を見てカズマは氷結した。

 駆けつけたカズマに、オダワラ駅まで迎えに来たカナはヒヨリが危篤であることを話す。昨日届いた手紙を読み、脳卒中の発作を起こしてしまったのだという。


 カナの話では、イチカは家政婦となり、傍若無人に振舞っていたらしい。ヒヨリはイチカの言いなりで、それに我慢ならないカナは、ある時イチカを部屋の外へ叩き出す。機嫌を損ねたイチカは、次はナガノという人物のもとへ行くといって屋敷を去る。イチカに出て行かれたヒヨリは、ひどく動揺してしまった。


 屋敷に到着したカズマとカナは、今際の際には間に合わなかった。ヒヨリが遺言を残して息をひきとった事を知らされる。発作で倒れるきっかけとなった手紙の中身、走り書きのメモを見たカズマは、全裸になるとヒヨリの遺体の前で、カナと交わった。

 カズマは手紙の文面が暗号であることを見抜き、解読に成功する。

『小田原市の花火大会、馬喰、尾張、!🐰』

 ナガノが差出人と思われるその内容は、「イチカ(市花)が全てを暴露(馬喰)した、もうお終いだ(尾張)。君の命も危ない(!は危険を意味する)から逃亡しろ(ウサギは逃げるという意味)」というものであった。

 2人はヒヨリの遺言に従い、クローゼットの奥にしまわれた書類を見つけ出して内容を確認する。“カナへ。この手紙をお前が読んでいる頃には、私は悪事が露見して逮捕されているか、心臓が原因で既にこの世にいないかのどちらかだろう”で始まるそれは、ヒヨリがかつて犯した罪の告白と、懺悔の文章であった。


 ヒヨリの本当の名前は、キラ・ミズキといった。職業は銀行員。横浜にある流星銀行に勤務していたが、賭け事での負けが込み、賭け金の支払いを迫られため、一時的に借りるつもりで、勤めていた店の公金を横領。すぐに返済して誰にも気づかれずに済む筈だったのが、想定外だった臨時の会計監査で発覚した。

 逃し屋カンノ・コハルの手引きで、クルーザーで伊豆大島へ逃亡。巨額の詐欺で呉越同舟していたアサイ・ツバキという女を中心に、航海中、逃亡者の反乱が起きる。キラ・ミズキと、別の囚人カワハラ・ユリアも反乱に参加した。


 ツバキの周到な計画により、反乱は成功する。生き残りの船員を皆殺しにしようとするツバキに対し、ミズキたちはこれ以上の殺戮を止めようとする。

 ツバキとミズキはアーミーナイフ、ユリアはロープを武器にしていた。

 その結果、殺害を拒否したミズキたちはクルーザーを降り、ボートで陸地を目指すことになる。ボートが船を離れた後、ツバキは残った船員の殺害に向かった。

 しかし、クルーザーは突然大爆発を起こし、沈没してしまう。ボートで救助に向かったミズキたちは、唯一の生存者、船員のイチカを救助する。イチカによれば、カンノ・コハルが撃った銃の流れ弾が船倉に積んであった火薬の樽に当たり、火薬が全部誘爆したのだという。

 やがてボートは通り掛かった船に救助され、ミズキたちは難破船の生き残りとして疑われることなく伊豆大島に上陸する。ミズキはヨシオカ・ヒヨリ、ユリアはナガノ・ムギと名前を変え、共に検事になり財を成した。ヒヨリはさらに俳優のオオハラ・ケンマを婿にして、カナという娘も生まれ幸せな生活を送っていた。

 しかしイチカに行方を突き止められ、脅迫されることになったのである。

 

 その後、イチカとムギは行方不明となった。カズマは、ムギがイチカを殺害して逃亡したのだろうと推測している。

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