第5話 ウシトラ

 2009・2・12

 最近ろくな事件が起きないので暇をもてあまし、退屈しのぎにクロスワードしたり、ミツヤと喧嘩になりかかったりしていたリュウジのアパートのチャイムが、ひさしぶりに鳴った。リュウジは精肉工場に派遣され、ウィンナーの製造をしていた。

 訪問者はひっそりした魅力を持つ若い女性・セト・ソノコ嬢で、一身上に起きた不可解な事件の相談のために訪れたのであった。


 リュウジが勤務しているセト精肉の、創業者だった父親は10年前に失踪していた。その後、6年前から年に1回、正体不明の人物から彼女にアクアマリンが送られており、今回その人物から面会を求める手紙が届いたのである。リュウジとミツヤは彼女に同行し、一行は手配されたハイエースでタガジョウのある住宅に連れて行かれた。

 そして一行は、そこの住人で、手紙の差出人であるタカマツ・チヅオという小男から、ソノコの父、セト・ツルオと、チヅオの父であるタカマツ・テツヤの、10年前の因縁話を聞かされる。


 1999年8月

 セトは品質管理を怠り、食中毒事故を起こした。幼馴染で農林水産省に勤務するタカマツ・テツヤにセトは賄賂を送り事故は闇に葬られた。

 タカマツ・テツヤは一切を独占したまま、故郷のタガジョウに逃亡していた。

 息子が覚せい剤に手を染め、保釈金を必要としていたので、タカマツはセトにさらに賄賂を要求してきた。

 口論をしている最中にセトは死亡し、タカマツは死体と金を隠蔽したのであった。


 タカマツ・テツヤの遺言で事情を聞いた長男のトシユキと次男のナミオの兄弟は、屋敷のどこかにあるという金を探しながら、セトの相続人のソノコに毎年真珠を送っていた。

 兄のトシユキがついに屋敷の屋根裏で金を発見し、2人はソノコにも分配することに決め、手紙を送ったのであった。

 しかし一行がトシユキの屋敷を訪れると、彼は伊達政宗の忍びが使っていた吹き矢を受けて死亡していて、金は消えていた。

 そして床には『艮』という意味不明な血文字が残されていた。

「ダイイングメッセージ?」と、ミツヤ。

 チヅオの話を聞き終えたリュウジが口を開いた。

「ウシトラ、北東の方角だな?」

 リュウジたちは北東に向かったが手がかりになるようなものはなかった。

 艮は八卦の一つでもあり、卦の形は☶であり、名字にも用いられている。

 卦象は、山・止・狗・手・少男・鼻・胃・左足・相続・関節・骨格・節度などを象徴する。方位としては東北(地支では丑と寅の間)を示す。急激に暗闇から明るくなる時間帯(1時から5時まで)なので停止・再出発・つなぎめの意味もある。

 納甲では丙、五行の火、五方の南が当てられる。

「ナミオは右手に火傷の痕がある」

 チヅオが教えてくれた。三男のチヅオは日常的に2人の兄からイジメられていたらしい。

 ミツヤはチヅオがチビであることに着目した。160Cmもないだろう。艮は少男も意味している。 


 リュウジとミツヤは、ミツヤの愛犬、チワワのニキータを借り出し、殺人現場に残ったCHANELの香水の臭いを手がかりに、現場からタガジョウ市中を追跡してゆく。

 犯人たちの足跡はナナキタ川畔の船付き場で途切れ、小型艇に乗ってどこかに潜伏したものと推定された。七北田川は、宮城県仙台市と多賀城市を流れる川である。二級水系七北田川水系の本流をなす二級河川で、延長は 40.9 km、流域面積 229.1 km源流は泉ヶ岳であり、ヒザ川と呼ばれている。

 ナナキタ川は最終的には仙台湾へと注ぐ。

 探索の結果、修理ドックに該当する船が入渠していることを突き止めたリュウジは警察に連絡し、逃走を図る犯人たちの船と水上警察の警備艇の追跡劇が、夜のナナキタ川を舞台に展開する。

 リュウジは車の運転すら下手だったが、全裸で操縦していた為競艇選手も真っ青なテクニックを披露した。

「尻の肉がつき過ぎだ、ダイエットしろよ?」

 ミツヤが苦笑しながらコルトパイソンのレンコンみたいな弾丸を込めた。

 忍びの末裔、ヌマヅは射殺され、逃走艇は河岸の泥沼に突っ込み、義足の男・ネゴロ・ノリオは取り押さえられた。 

「トシユキは根来って書こうとしたが、途中で力尽きた。ネゴロはダイイングメッセージに気づき、血で木の部分を消して艮にした」

 リュウジは全裸で推理を披露した。

 センダイ警察署に連行されたネゴロは、カズマたちに事件の全貌を物語る。


 ネゴロはセト精肉の従業員だったが、1999年9月、リストラに遭遇した。

 セトの悪業を手伝ったネゴロは、城跡近くにある廃墟の入口の1つを警備していた。

 3人の部下たちはどこからか、現地の富豪が財宝を避難させようとし、その使いが今日ここに来る話を聞きつけ、ネゴロを強奪計画に引き入れた。ネゴロと部下は財宝の運び人を殺害し、財宝を要塞の廃墟に隠した。

 しかし見張りの通報で殺人が露見し、4人は逮捕された。


 セトとタカマツが賭博で借金を抱えていることを知ったネゴロは、財宝を分配するかわりに脱走の手助けをしてもらう取引を申し出たが、タカマツはネゴロを裏切り、財宝を独占して逃亡した。復讐を決意したネゴロはヌマヅの手引きで脱出に成功し、トウキョウへ戻ったが、タカマツは一歩違いで病死した後だった。財宝を奪いにタカマツ邸に侵入した際に、先走ったヌマヅが吹き矢でトシユキを殺害したのであった。


 ネゴロは、ナナキタ川の追跡のさなか逮捕を覚悟し、金を全て河底にばら撒いており、後にはなにも残っていなかった。その事実を知ったミツヤは思わず「よかった!」と叫ぶ。「何がいいのですか?」と聞くソノコに、ミツヤはソノコへの恋心と、金目当てと見られるのを恐れ、今まで黙っていたことを告白する。

「実は出会った頃からアナタを好きでした。結婚してください」

 ソノコは涙を溢した。

「ウソ?ワタシもよ?」

 ソノコはミツヤの求婚に応じたのだった。

 ネゴロの手下が教会を急襲したが、リュウマのサブマシンガンにより葬られた。

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