第10話 「さいごの原稿(後)」


「私、今書いてる小説があるんです」


「今の私の集大成みたいな作品です。全部全部、詰め込んでいます」

「だから……」

「書き上げたら一番に、雪さんに読んでほしいんです」



 握った拳に力が入る。

 窺うように雪さんの方を見ると、彼女は柔らかい瞳で笑っていた。




「いやだ、なんて言うわけがないでしょう。かわいい妹分の成長、見せてもらおうじゃない」



 私はほっと息をついた。手のひらについた爪のあとをなぞりながら、生意気に返す。




「年齢的には母娘、じゃなかったんですか?」


「おっと。減らず口まで似なくてよかったのに」


「育て方がよかったんですよ、きっと」




 懐かしい昔話、他愛もない世間話。なんでもないことが、雪さんの言葉で彩られる。

 弾むように時間が流れ、私は帰途についた。



 そうと決まれば、早く書かなくちゃいけない。



 私が貴女を、──してしまう前に。

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