第8話 「消耗される人(後)」


 雪さんはクラシックが好きだと知ったのは、ついこの間のことだ。

 雪さんと行くお店は、どこもBGMがクラシックだった。お好きなんですかと尋ねると、曲によって好き嫌いは激しいけど、ピアノや弦楽器の音は好きだと教えてくれた。


 今日は一緒に中華料理を食べに行く約束だった。

 が、急遽予定変更。ハンバーグの美味しいレストランに行くことになった。

 理由は簡単、田沼さんと別れてすぐ、彼女からメールが届いたのだ。



『どうだ、美味しそうだろう(*¯꒳¯*)』


 その一言に、デミグラスソースのハンバーグの写真が添えられていた。


 つまり、私達は飯テロに屈したという訳だ。



「で、合同誌に載せる小説、どんな感じ?書けそう?」


 食後のケーキを口に運びながら、雪さんが問いかける。



「……高校生らしい、青春小説を書いてくれって言われました」


「ふーん……楓も酷なことを言うね。千景の文体じゃ、青春って雰囲気は難しいでしょ?」


 私は俯き加減に小さく頷いた。


「勉強になるとは思うんですけど。生憎、爽やかな青春とは無縁だったもので」


「だろうねぇ。恋愛は?何だって応用がきくんじゃない?」


「……この前、知らない先輩に告白されました」


「うん、熱いねぇ。それで?」


「私、『愛してる』って言葉が嫌いなんです。単純で、薄っぺらくて陳腐で……''I love you''を小学生が訳したみたい。そんな言葉を吐く人を、私は好きになれません」



「激しく同意。恋愛は、誰かの彼氏だった人と誰かの彼女だった人が、いずれ来る別れを知りながら性懲りも無く一緒にいることよ。愛なんて単なる脳の信号に振り回されて人生を無為に過ごすことが、万人の幸せだとは思えない」



 彼女が言葉を紡ぐ度に、そのひとつひとつが、私の心に染み込んでいくのを感じた。染められる。


「……すごい」


「どうした?」



「私やっぱり、雪さんの言葉が好きです。雪さんの言葉じゃないと、私の心は震えない……」

「私いつか、貴方の隣で堂々と胸を張れる私になりたい」



「嬉しいこと言ってくれるじゃない。待ってなんかあげないよ。追いかけてもらいたいもの、頑張って先を歩くよ」


 だから、早くおいで。一緒に歩こう。



 そう言ってくれた雪さんの表情が優しくて、愛しげで。



 私に「圧倒的に足りないもの」と「有り余って溢れるもの」を、私は彼女の中に見つけてしまった。


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