第7話 「消耗される人(前)」
都内某所、とある午後。
私は『大人の女性』を前に、緊張していた。
「……じゃあ、そういう方向で書いてもらえればと思います。わざわざ来てくれてありがとね、千景ちゃん」
田沼さんは背が高くて、スーツの似合う素敵な人だ。昔は雪さんの担当をしていたらしい。彼女の横に雪さんが並んだところを想像してみる。
……美しすぎて胸焼けしそうだ。
「いえ、元は私の都合でしたから」
心中を悟られないよう、唇をきゅっと引き結ぶ。
これは中学校の時、無益な争いを避けるために習得した術だった。
「千景ちゃんは表情が固いなぁ。私と千景ちゃんは一心同体だよ?もっと楽にしてくれていいのに」
田沼さんが困ったように笑う。
あぁ、気を使わせてしまった。申し訳なさに俯きかけたとき。
「千景」
大好きな声に、弾かれるように振り向いた。
「雪さん!」
「雪先生、お久しぶりです」
私が駆け寄ると、雪さんは私の頭を撫でてくれた。
むず痒くてなんだか、嬉しかった。
「久しぶり、楓。先生はやめてってあれほど……はぁ」
雪さんはよくため息をつく。癖のようなものだろうか。
こつん。優しく握った拳で田沼さんの額を小突く。
痛いじゃない、ばか。
彼女は笑った。
「これから2人でお出かけ?」
「そうなんです!またお食事ご一緒させてもらいます」
えへへ、なんて柄にもなく笑ってしまった。
「へぇ……千景ちゃん、そんなふうに笑うんだ。なんだか姉妹みたいに仲良しだね」
「年齢的には母娘の方が近い。それにこいつはいつも、私の前ではこんなだらしない顔をしてるの。可愛いでしょ、あげないから」
「減らず口は相変わらずだね。元気そうでなにより。じゃ、千景ちゃんをよろしく、保護者さん」
少し不機嫌になった雪さんが、私の手をとる。
「あ、そうだ」
背中越しに田沼さんが呼び止める。
「また一緒に仕事ができるね、嬉しいよ」
雪さんは振り返らず、空いているもう片方の手を軽く振った。
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