第2話 「干渉する人(後)」

 好奇の目。それもそうだ。

 大賞と同じくらい注目されていた特別賞の受賞者の口から、12年前の天才の名前が出たのだから。

 私の本がまた、書店に見世物のように並べられるのだろう。「天才の憧れた天才」なんて題字が踊ってそして、また忘れられていく。


「神代先生!」



 会場を出ようとする背中に声がかかる。若い女の声。

 知りたがりの記者だろうか。



「なんでしょうか。生憎ですが、審査については…」


 言いながら振り返ると、「鬼才」が息を切らして立っていた。



「あの、私、神代先生が大好きで……これ……」


 そう言うと彼女は、鞄から1冊の本を取り出した。それはもう、大切そうに、壊れ物を扱うような手つきだった。


「……それは?」


 聞かなくてもわかっていた。

 神代雪のデビュー作、『在りし日のサクリファイス』。


「私、大好きで、何十回も読んだんです。貴女にお会いできて、本当に嬉しい……」


 それも、言われなくてもわかった。

 ぞんざいに扱われた形跡はないのに、角が取れて、ページに開き癖がついている。ところどころ付箋も貼ってある。


「それで?何が欲しくて声をかけたの?サイン?それとも連絡先?記者に与える話題かしら」



 彼女は驚いたように目を開いた。なるほど、下心はなかったのか。それなら尚更わからない。


 スピーチで私の名前を出したのも、てっきり話題やコネを作るためかと思っていた。彼女の様子を見るとそうでもなさそうだ。

 では一体、なぜ。



「疑われているようですが……私は本当に、神代先生の本しか読んだことがありません。貴女の名前がなければ、この賞に応募したりしなかった」


 小さくすくんでいく肩に申し訳なさが込み上げてきて、声をかけようかとしたそのとき、彼女はぱっと顔を上げた。



「待ってください。つまり頼めばサインも連絡先も頂けるということですか?」




 失敗した。


 真っ直ぐな目を見て、すぐにそう直感した。

 マスコミはまだそこらじゅうにいて、記事にするネタを狙っている。



 ここで新人の言葉を無下にして、週刊誌に載るのはごめんだった。


「……そうね。貴女とはゆっくり話したいと思っていたの。今日はもう疲れているだろうから、明日にしましょう」


 手帳のページを1枚ちぎり、ポケットから取り出したペンを走らせる。



「明日の14時、ここのカフェで待ってるわ」



 隠れ家にしていた店名と住所を本の間に挟んで押し付け、私はその場をあとにした。


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