第24話 夜の王
数ヶ月ぶりに訪れた第一埠頭は、まだ宵の口だというのに、すっかり夜の静寂に包まれていた。
時たまゆるやかに明滅する港の設備のライトと、コンクリートの岸壁に打ち付ける波の音だけが、現実感を漂わせていた。
第一埠頭、第四倉庫。
タクシーは、庸介とミティを降ろすと、一礼もせず、まるで何かから逃げるように発進していった。
(……なんだ、案内まではしてくれないのか)
肩透かしを食らった気分で、庸介は大きく口を開けたシャッターから、倉庫の中を伺う。
港に荷揚げされた大型コンテナさえも保管できる、数十メートル四方の巨大倉庫はがらんどう。天井から吊り下げられた煌々とした照明の下に、ひときわ目を引く男が立っていた。
見た目は壮年に差し掛かる程度の年齢。
身長180~190cmの間ぐらい。服の上からでも分かる鍛え上げられた筋肉と合わさり、まさに猛者という表現がぴったりな屈強な男。
自信を漲らせた彫りの深い顔を隠すことのない、パリッとした金髪オールバックの髪。黒のタキシードを赤い裏地のマントで包み――
(ふざけているのか?)
その装いは、吸血鬼といえばと問えば、多くの人が思い浮かべるだろう、謂わば仮装にも等しいもの。
「ハハハハ、この格好がお気に召さないようだな」
庸介の鳴らした舌打ちに、男はよく響く荘厳な古いパイプオルガンを思わせる声で笑った。
その様は、自分があきらかな上位者であるという自負が伺える雰囲気。捕食者の余裕。
「失礼、「夜の王」を名乗る身の上、ある程度の視覚的なパフォーマンスが必要なのでな。こういった
男は、まるで演劇でもするかのようにバサリとマントをたなびかせる。
「して、君が市来庸介くんだな?」
仰々しく、ニヤケ面。その様は庸介の神経を逆なでするに十分なもの。だが––
「ほう、思いのほか冷静だな。それともワタシの威容の前に復讐心すら萎えたなどとは言ってくれるなよ」
庸介は挑発に応えるでもなく、懐から取り出した銃を両手に構える。
その姿に「夜の王」は口角を更に吊り上げ、実に楽しそうに嗤う。
「それで、キサマは何時のだ?」
嗤う「夜の王」が放ったひどく省かれた一言。言外に潜む侮辱と挑発。
お前など知らんが、いつの喰い残しだ?
そんな言葉さえも、庸介の心を波立たない。
(お前が知っておく必要はない)
懺悔も、後悔も、理解さえも必要ない。
必要なのはただ、命だけ。
復讐対象たる「夜の王」の命だけ。
文字通りの号砲となり、庸介の銃が港の静寂を切り裂いた。
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