第25話 決戦
彼我の距離は約3m。
庸介が放った銃弾は、彼が潜ってきた夜から得た一つの経験。
躱される前提での一撃に対する反応で、彼我の戦力差を計ろうとする試金石。だったのだが––
(そこまでかよッ!)
これまで対峙してきた感染者たち。時に強力な者は、銃弾を躱す者もいた。だが…… 不動の「夜の王」の顔の前に突き立った人差し指の爪には、まるで冗談のように銃弾が突き刺さっていた。
「夜の王」は爪から銃弾を抜き取り、ポイっと放り出すと、庸介に向かって小さく肩をすくめる。
庸介の正直な感想は、想定外。
至近距離とも言えるこの距離で、余裕を持って躱される可能性までは想定していたが、まさか
(さすがにコレは……)
戦いの熱が冷め、一瞬で冬の夜の冷気を肌で感じてしまう。
旭が言っていた通り、これはもはや人間の範疇ではない。むしろ、どうやって警察は
おそらくは、逮捕自体も「夜の王」の遊びの一種なのだろう。
あの格好も、芝居がかった態度も、仕掛けてこない戦いのスタンスも、すべて「夜の王」の
実際、本気ではないのは確かだ。
飛んでくる銃弾を爪で突き刺すなんて動体視力と反射神経があるのならば、その気になれば庸介を瞬きする間に惨殺することも容易いだろう。
それをせず、未だニヤニヤしながらこちらの出方を伺っているのは、この戦いさえも「夜の王」にとっては深夜のバラエティ番組程度の娯楽に過ぎないということなのだろう。
だからこそ、そこに付け入るスキがある。
そこにしか勝機はない。
(…… ならば!)
再び目の前で発砲。
同時に庸介は横っ飛びし、相手の視界の端へ。
そのまま引き金を絞ろうとする指の動きが、やけに緩慢に感じた。コレは––
世界の動きが緩やかに、しかしそれでいて辺りの景色は普段よりも隅々まで鮮明に理解できる。
庸介は一歩踏み出すと、右足だけで急激に横に飛ぶ。
圧倒的な格上がもたらした焦燥感は、庸介に極限の緊張と集中を与えた。
俗に「ゾーン」とも呼ばれる状態。
庸介の動きを追う「夜の王」の眼球が、動きに合わせてゆっくり––ではなく、まるでそこだけ時間の流れが普段と変わらないよう、ぐりんと庸介を追い、捉える。
(はぁ!? それはいくらなんでも反則たろ!)
理不尽とも言える反応に、心の中で非難の声を上げながらも、庸介は「夜の王」に向けた左手の銃の引き金を絞り切る。
そして右手は、明後日の方向へ……
無理な横っ飛びのため、受け身も取れず肩から地面に落ちる庸介の目の前で「夜の王」は、正面、そして横っ飛びで放った銃弾を事も無げに捌き、そして大きく口を歪めた。
「狙ってできるのか?」
自らの腰に手を当て、肉を穿った小さな銃弾を抉り出す。
完全な死角からの攻撃。
倉庫を支える鉄骨柱に跳ね返り、本来対面ではあり得ない角度から撃ち込まれた一撃。
跳弾––
普段の庸介ならば成し得ない、極限の集中がもたらした技術。
いや、むしろ曲芸に近い。
だからこそ、目の前の人外に対抗できる。
「いいぞ、市来庸介! 楽しませてくれる!」
立ち上がり、再び銃を構える庸介に「夜の王」は笑う。
その表情には溢れんばかりの喜色が見えた。
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