第23話 遣い

 事務所を出て暫く歩いた時、庸介は違和感を覚えた。

 繋いだ手。

 見上げてくるミティの顔。


(確か、家で待ってるって言ってたよな?)


 だが、確かにあのタイミングで場に割り込んでくれたミティには助けられた。流れで一緒に出てきたのも分かる。そして、家の鍵どころか、扉さえも閉めずに出てきたことも覚えている。旭は閉めてくれているだろうか。


(さすがにあんな別れ方をして、それを求めるのは違うか)


 いろいろと覚悟と準備をして臨んだはずなのに、ふと冷静になると、どうにもくだらない事が頭の中を駆け巡る。

 そして、繋いだ手。

 これまで頑なに危険から遠ざけていたミティという存在。

 だが、なぜか今日はこの手を離す気にならなかった。


 フッと、自分の中に溜まっていた毒気を抜くかのように、庸介は小さく笑い、繋いだ手に少しだけ力を籠める。


「危なくなったら逃げるんだぞ」


 ついていくことを認めるその言葉に、ミティの顔がぱぁっと華やぐ。


「大丈夫だよ。私が庸介を守るから」


 いつぞやと同じように、ミティは拳を突き出しながら笑った。




 しばらく手を繋いであるいていると、タクシーが一台、ウィンカーを点けて近くに停車した。黒いセダンタイプで車体の上部に「個人」と書かれたシンボルを飾った、街中でいくらでも見かける普通のタクシー。

 客待ちをする様子でもなく、タクシーの運転席が開き、ドラバーが下りてくる。

 例にももれず、スーツ姿の中年から壮年くらいの、あまり特徴のない平凡などこにでもいる雰囲気の男性。


 そのドライバーが、なぜか庸介とミティのほうへと歩み寄り、少し怯えたような表情を見せたものの、恭しく二人へお辞儀をした。


「市来庸介様ですね。我が王の命にてお迎えにあがりました」


(…… は? ―― っ、感染者!?)


 完全な不意打ちだった。

 装丁もしていない状況で現れた「夜の王」の配下に、庸介は慌てて武器を構えようとする。


「お待ちください。私はただの使いですので」


 そう言って、落ち着いた声でドライバーは庸介の行動を制止した。

 それでも、懐に忍ばせた銃のグリップを握る手を離せない庸介に、ドライバーの男性は背を向けると、タクシーの後部座席の扉を開き、誘う様に軽く会釈をする。


「私は貴方様を、御方のもとへお連れするよう申し付かっただけですので」


 どうする…… というものでもなかった。

 相手から敵とすら認識されていない状況で、朝駆け奇襲で一気に勝負を決めてしまう計画だった庸介は、既に捕捉されている状況に、相手の誘いに乗るしか選択肢はなかった。


 そしてミティは……


「こういう時はリムジンでしょ!?なんでタクシーなの!」


 待遇に不満そうだった。

 運転手は平謝り。


 庸介はミティを嗜め、恐縮するドライバーに従いタクシーに乗り込む。


 タクシーは走り出す。

 第一埠頭。

 その端に建つプレハブ式大型倉庫へ向かって。

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