第17話 矢面
楢岡堅太郎の自殺未遂事件が、世間に広がるのに、数分しかかからなかった。
六道珍皇寺修行僧殺人事件として、面白おかしく記事やニュースにされていた。
その真犯人として逮捕された男の父親の自殺未遂は、しかも、今時の切腹自殺とくればなおさら、世間を騒がせた。
楢岡堅太郎氏の自殺未遂の本当の気持ちをわかっているのは、木田と勘太郎に。本間他数人の刑事と検事の長沼までの、ほんの数人でしかない。
特に、木田と勘太郎は、府警察本部の建物を出入りする度々、事件記者達に取り囲まれることになった。
『木田警部補・・・
楢岡堅太郎さんは、なんで
切腹なんて前時代的な方法
を選ばれたんですか。
ご存知なんでしょう。
教えて下さいよ。』
切腹なんて、古めかしい、しかも、確実性の低い、ましてや、万が一生き残った際の苦しみがひどい方法を令和の新時代に選ぶ理由がわかるわけもなく。
興味だけが一人歩きしていた。
記者達は、当然病院にも、大挙して押し掛けたが。
楢岡夫人が訪れる時は、Spと制服警官が取り囲んで守っているために近づくことすらできない。
楢岡の自宅付近でも、玄関や勝手口には、いくつもの規制線が張られていた。
自然、自殺の可能性を察知して楢岡家に赴いた木田と勘太郎に、取材陣が殺到することになった。
『これは、もう・・・
なんぼでも矢面に立ったる
しかなさそうやなぁ。』
木田はため息をつきながら、勘太郎にぼやいた。
『まったく、マスゴミとはよ
う言いましたと思います。
ハゲ鷹と変わらしまへん。』
勘太郎は、マスコミの無神経さに、辟易していた。
『刑事さん達は、市民の知る
権利をどない思われて。』
そう言われて、勘太郎がキレた。
『市民には、知る権利はあり
ますけど、それとあなた方
に話すこととは違います。
ましてや、私達警察官は公
務員です。
公務員としての守秘義務が
あります。』
公務員には、当然。市民のプライバシーを守る義務がある。
ましてや、木田と勘太郎は警察官である。
最低限、楢岡小太郎が自供するまでは、話してはいけないのである。
どういうわけか、大津市唐崎の自衛隊実弾射撃訓練場で小太郎が逮捕されたことを嗅ぎ付けて、大津駐屯地の福田1佐にまで問い合わせる始末。
しかし、何か収穫があるわけもなく。
くたびれ儲けになっただけ。
そうこうするうちに、2週間ほど経って、楢岡堅太郎氏は驚異的な回復をして退院できることになった。
妻女からすべてを聞いた堅太郎氏は目に涙をいっぱい溜めて。
彼等は、また侍であるな。
彼等に挨拶したい。というとんでもないことを言い出した。
彼等とは、木田と勘太郎のことである。
たしかに、息子の小太郎は犯罪を犯して容疑者となった、だが、楢岡堅太郎氏に何か罪があるのではない。
それでもマスコミは、視聴率獲得のために、面白おかしく記事にしたい。
だからこそ、少々無茶な取材でもやろうとする。
何はともあれ、木田と勘太郎は、楢岡堅太郎の矢面に立ち続けたことは間違いない。
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