第15話 自己中楢岡

木田と勘太郎は、月黄泉の護送車と共に、捜査本部に戻るしかなくなった。

勘太郎は、楢岡堅太郎が心配だったので、楢岡の実家に電話をした。

幸い。堅太郎が電話に出たので、小太郎のケガを伝えて電話を切った。

逮捕状のことは、ことさら話さなかった。

勘太郎は、楢岡堅太郎が息子の不始末を恥じるあまりに切腹などという行動に出そうな予想をしていた。

とりあえず、しばらくは大丈夫だろう。

一方、木田は星本沙織の心配をしている。

捜査本部に到着してからずっと静養室で寝ていると聞いたからだ。

捜査1課の制服警察官が入口と室内に1名づつと室内に保健師と看護師がいるのだが、本人の体調までは申告がないとわからない。

木田の心配を他所に。目覚めた星本沙織が、捜査本部に入ってきた。

『刑事さん・・・

 私は、もう助けてもらいま

 したけど・・・

 遥香は、大丈夫でしょ

 うか。』

月黄泉遥香の心配をしている。

『おい・・・

 沙織、ここに居てるぞ。』

木田が、自分の前に座っている月黄泉遥香を指先た。

星本沙織は、へなへなと座り込んだ。

しばらくして、遥香に近づいて。

『遥香・・・

 どうしたん・・・

 遥香・・・

 刑事さん、ちょっと触らし

 てもらってえぇですか。』

木田が許可すると、何やら瞼を広げたり、目を覗き込んでいた。

『この娘、スイッチ入ってま

 すやん。

 催眠術誘導されてます。』

催眠術で操られている状態だと言う。

『解けるかどうか。やってみ

 てもえぇですか。』

今度は、本間が許可をした。

プロの催眠術師ですら、これほど強力な催眠術にかけることは難しい。

星本沙織が、自分のカバンから何か道具を出して、月黄泉遥香の前でヒザ立ちの姿勢になった。

『お前、それヒザ痛いや

 ろう。』

勘太郎がヒザの位置に座布団を置いてやると。

『おおきに。刑事さん優しい

 ねぇ。

 私に惚れたらあかんで。』

完全に勘太郎をからかっている。

この時、本間と木田の頭には、楢岡が遥香を利用して、自分を殺すように催眠術をかけたのではないかという考え方が浮かんでいた。

自己中な犯人に、よくありがちな行動に、自分の不利になることを知っている共犯者を殺すか、はたまた、共犯者を利用して自分を殺させるか。

どちらにしても、責任逃れでしかないのだが。

楢岡小太郎の場合、後者だったようだ。

たしかに、自分が死んでしまっては、責任には問われても、痛くも痒くもないであろう。

しかし、残された家族や親族は矢面に立たされてツラい思いをする可能性が、極めて高い。

だが。えてして犯罪者という者は、自己中心で他人どころか、親兄弟でさえ自分の道具でしかない。

『なるほどなぁ、念次郎に惚

 れてたはずの遥香が、楢岡

 なんかと同棲してたのも、

 操られてたっちゅうことか

 いな。

 しかし、楢岡っちゅう奴は、

 よほど強力な催眠術師なん

 やなぁ。

 それだけの力、他に使って

 たら、えぇ稼ぎできると思

 うねんけどなぁ。

 テレビのバラエティー番組

 に出られへんかいな。』

勘太郎は、いかにも若者らしい感想を持った。

本間が、来客で応接室に入って作業はストップしている。

本間の来客とは、京都地方検察庁の長沼検事である。

『だいたい、催眠術で他人を

 操って殺人させるとか、ど

 うやって証明する。』

証拠品は、あくまで楢岡が遥香と沙織に催眠術をかけた証拠品で、殺人の証明にはならない。

本間と長沼は、ヒザをつき合わせて、頭を抱えている。

そこへ、階段を上がって急ぎ足の初老の男性が捜査本部にやってきた。

『沙織・遥香・・・

 2人共、大丈夫か。

 連絡頂きました。

 日本催眠術師協会京都支部

 の綿谷でございます。』

事件解明の最初のヒントをくれた、綿谷氏である。

『綿谷さん・・・

 お久し振りです。

 沙織さんと遥香さんは、こ

 ちらで休んでもろてます。』

勘太郎が、声をかけると、綿谷は表情が和らいだ。

『あっ・・・

 若旦那さん・・・

 いや、ここでは真鍋刑事さ

 んですね。

 今回は、正直驚いてます。

 催眠術を悪用されたことと、

 楢岡君程度の術者が、そこ

 まで深い術を使ったという

 ことに。』

催眠術で他人を操ることは、さほど難しい技ではないが、それでも、今回、楢岡が使った術はプロでも難しいレベルの術である。

『ただし。かける相手の意識

 が朦朧としている場合は別

 ですが。』

意識が朦朧としている状態に他人を誘導することは可能なのか。

寝てしまっては意味がない。

あくまでも、意識を朦朧とさせるだけ。

『簡単で確実な方法としては

 、睡眠薬とアルコールを同

 時に飲ませるという方法が

 あります。

 ベンゾジアゼピン系の睡眠導入案とアルコール飲料を同時に飲ませることで他人の意識をコントロールする。

睡眠薬は、市販でも売っているが、効果を確実に安定するには、本人に数回試す必要があるため、試している間に気づかれてしまうリスクがある。

『診療所や内科の医院でも、最近は睡眠薬の処方をするお医者さんもいます。』

とは言うものの。まず最初の1回は、精神神経科で出してもらう必要がある。

医療用睡眠薬は、レイプドラッグと呼ばれ、規制が厳しくなっている。

もちろん、SNSでも取引されているが、違法取引である上、ぼったくり的高額な料金。

ハルシオンやデパス等が一般的な向精神薬。

使い方を間違うと、命の危険すらある。

厚労省と警察が厳しくなるのも当たり前。

睡眠薬を入手する時点で犯罪であるというリスクの大きさ等を考えると、現実的な方法とは言えない。

『ということなら、亜酸化窒

 素ガスを使うという方法も

 ありますし、通販でも売っ

 てますし、自分でも作ろう

 と思えば作れる。

 普通に麻酔薬だし、料理に

 すら使うことがある。

 最近流行りのエスプーマと

 いう料理、ご存知ですか。

 あれに送り込むガスが亜酸

 化窒素ガスです。

 全身麻酔用だけに、濃度の

 微妙な調整が難しいですが

 、睡眠薬を使うよりは、よ

 ほど現実的です。』

木田と勘太郎には、それだけ聞けば楢岡が笑気ガスを使った理由が、よく理解できた。

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