第12話 絡み合った糸

木田が、ポンと手を打って。

『よっしゃ、少なくとも実行犯

 は、月黄泉遥香とわか

 った。』

萌と茜は、目をぱちくりぱちくりして驚いている。

『ちょっと待って下さい・・・

 若旦那さん、遥香さんが何を

 しはったんですか。』

茜には、月黄泉遥香が何か罪を犯しているようだは思えないようだ。

『六道珍皇寺さんの、修行僧

 の念次郎さん殺人の実行

 犯や。

 誰かに陥れられてるような

 気もするんやけどなぁ。』

『念次郎さんって、あの楢岡

 さんと肩組んで西川さん歌

 ってた、あのお坊さん。

 そんな・・・』

『そうか・・・

 念次郎さんと楢岡は、TM

 レボリューションで意気投

 合したんか。』

そう、茜も勘太郎と同じことを思ったようだ。

『月黄泉遥香は、元々は念次

 郎にぞっこんやったはずや。

 それが、なんで。』

念次郎を殺したというのは、にわかには信じられない。

『しかも、なんで楢岡と。』

念次郎が亡くなって、まだ1ヶ月も経っていない。

勘太郎や茜の感覚では、そんなことは、あるはずがない。

『普通なら、まだ悲しみに暮

 れている時期。』

なのである。

しかし、楢岡小太郎と同棲しているとは、どうしても割り切れない。

木田も、同じ考えもできるということで、勘太郎と2人で、とりあえず楢岡と遥香の帰宅を追尾して、アパートを突き止めた。

クラブ乙女座からは、東山安井は徒歩で10分くらいの近距離。

夜中前後の花見小路は、混雑もしているため、楽々と追跡できた。

『あれっ・・・

 楢岡って、お前が刑事やっ

 て教えたよな。』

木田は、突然気がついた。

『まさか、ワナか。』

当然、勘太郎も、同じことを考えた。

それほど易々と、楢岡は尾行を許している。

『忘れているのか、我々を見

 くびっているのか・・・。』

勘太郎も、その辺りは不自然と思っていた。

木田と勘太郎は、当然、このことを捜査本部で報告した。

本間の決断により、4人1組の24時間3交代の張り込みをすることになった。

1チーム8時間で3交代の24時間。

1チーム4人としたのは、トイレや食事と休憩にも配慮しての人数。

出来ることなら、アパートの出入りが見える部屋があれば良いのだが、あいにくとない。

勘太郎は、アパートの出入りが見える神社の駐車場を借りることにして、どこからともなくキャンピングカーを借りてきた。

当然。車内にトイレとシャワーとベッドは完備してある。

キャンピングカーと言えども自動車なので、駐車場で停まっていても違和感はない。

刑事達がいつも使っている覆面パトカーで張り込むよりは、よほどマシなのだが、それでも窮屈には違いない。

トイレは、ある程度自由。

シャワーも、あるので、気持ち悪いこともないのだが、そうなると、人間は贅沢なもので。湯船に肩まで浸かりたいという日本人らしい欲求が出てくる。

休憩に関しては、ベッドで横になっているので、問題は少ない。

それでも、1週間をすぎた頃から刑事達に、疲労感が漂い始める。

そうなると、休憩時間には、キャンピングカーから外に出て深呼吸をしたり、欠伸をしたりするようになる。

楢岡に見つかるなよという合言葉に辟易とし始める。

そんな、張り込み開始から10日目。

ついに楢岡が動いた。

アパートに軽トラックを横付けして、何かを積み込んでいる。

勘太郎は、すでに軽自動車で尾行の態勢に入っている。

勘太郎の覆面パトカーは、とにかく目立つため。今回は、軽自動車を用意していた。

楢岡は、これ見よがしに、ボンベのような物を抱いて1回ターンしている。

途中の1本と最後の1本だけ。

見張られているとは思っているような動きで。

『勘太郎・・・

 ボンベに何か書いてあるや

 ろう。

 読めへんか。』

木田と勘太郎は、警察無線は使っていない。

楢岡ほどの男なら、警察無線は、傍受しているはずと考えた。

パーソナル無線と呼ばれる、お遊び無線で、盗み聞きするにはチャンネルが多すぎる。

電波が多すぎて、聞き取りにくくなることがあるが。

動き出すまでは、仕方がない。

『白文字で、医療用酸素って

 書いてますよ。

 誰か病人でも・・・。』

軽トラックの出発にあわせて、勘太郎も、尾行を開始したために無線が途切れた。

楢岡の軽トラックは、国道1号線から西大津バイパスと呼ばれる国道161号線に入った。

勘太郎は、GpSのスイッチを入れた。

パーソナル無線は、微弱電波のため、山を越えては通話ができない。

最低限の情報として、現在地だけでも知らせておくために、木田から指導を受けていた。

楢岡の軽トラックは、湖西道路に入ったところでバイパスを出た。

琵琶湖の西側だが。大津市の中心部からはほど近い。

京阪電鉄石坂線の線路を右に見ながら、線路沿いを進み、その後住宅街を抜けて山へ抜けて行くと、

金網のフェンスで、陸上自衛隊大津教育師団実弾射撃訓練場。

危険につき関係者以外立入禁止と書いてある。

そのフェンスの扉をあけて、中にある重そうな扉の前に軽トラックを停めて、頑丈そうな鎖と南京錠を外して扉を開けた楢岡。

辺りを見回した勘太郎は、老夫婦を見つけて話しかけた。

『すみません・・・

 あそこの、あの重そうな扉

 って何かご存じですか。』

すると、ご主人が知っていた。

『あんな所に、何の用じゃろ

 ろう。

 戦時中の陸軍さんの扉じ

 ゃが。

 今は、そこの自衛隊さんの

 施設のはず。』

ということは、楢岡が南京錠の鍵を持っていることがおかしくなってくる。

実弾射撃訓練場という特殊な環境のためか、安心仕切って作業を続ける楢岡。

その様子を見て、勘太郎は木田に報告をした。

楢岡を見張って、山の中にいる勘太郎の目の前に、見覚えのある白いクラウンが、自衛隊の車を引き連れて停まった。

もう楢岡は、現場から離れている。

白いクラウンからは、科学捜査研究所の坂本研究員と木田が降りてきた。

自衛隊さんの大津駐屯地に寄っていたようで、自衛隊車両からは、かなり高い位の階級章を着けた自衛官が降りてきた。

『わざわざご足労頂きありが

 とうございます。

 自分は、京都府警察本部捜

 査1課巡査長真鍋勘太郎で

 あります。

 実は、ある事件の重要参考人

 を追っておりましたところ、

 あの扉の中に出入りしてお

 りましたので、損害を確認

 して頂きたく、ご足労をお

 願い致しました。』

『わざわざのご連絡、ありが

 とうございます。

 陸上自衛隊第3師団滋賀教

 育分隊分隊長3等陸佐福田

 であります。

 あちらの扉には、窃盗犯が

 盗み出しても値打ちがある

 物は入ってないと思うんで

 すが。

 何せ、第2次大戦中の陸軍

 731部隊の遺構でして。

 盗んでも、換金はできない

 と思いますよ。

 ご高名な木田警部補が、科

 学捜査研究所の研究員さん

 まで伴って来て下さったので

 何事かと思いましたが。』

731部隊の遺構と聞いて、木田と勘太郎は飛び上がるほど驚いた。

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