第129話 VS樹原勇気

 



 相対するは、化け物が2匹。


 片方は木の根が全身に巻きつき、生き物ように蠢く樹人。


 木の根が四肢を象り、顔は木の根で作られた仮面が覆う。


 樹原 勇気のたどり着いた先、終着点。



 樹で出来た身体、樹身。



 もう片方はどろどろのコールタールのような粘液に全身を覆われたガスマスクの化け物。


 そのガスマスクの姿は異様、黒いたてがみに黒く染まる両腕。


 ガスマスクのデザインもまた変わっている。口蓋部分が大きく尖り、広がる。


 まるで狼用のガスマスク。


 両腕には黒く鋭い爪が備わる。鋭い爪の先からどろり、何かが垂れ落ちた。




「醜いなぁ、海原 善人」



「きもいな、樹原 勇気」




 円筒状に包まれた限られた空間、辺りを木の幹で囲まれた闘技場の中で2匹は罵り合う。




 そして、殺し合いが始まる。




 ガスマスクの化け物、マルスと更に深く結合した海原が地面を蹴る。


 その踏み込みの深さに校庭がわずかに凹んだ。



「キイイイイハラアア!!!」



 その速度、勢いはかつて海原が殺したとある怪物を思い起こさせる。


 種の願いをその身に背負った残酷で凶暴、そして誇り高い狼の王を。




 頭突き。



 樹人に向かい、ガスマスクの化け物が突っ込む。



「あはは、甘いよ、海原ぁ!!」



 木の根、樹人の身体からその足元から生えた何重にも重なった木の根がその突進を遮る。



「"寄越せ!! もっと!!"」



 海原の身体の中、マルスが吸収した怪物の生命が暴れ出す。



 怨嗟の声。誇りではなく、当たり前の殺意で怪物を殺してきた海原に向けられるのは敬意ではなく、怨嗟の声叫び。



 生命が持つ当たり前の恨み、なぜ殺した、なぜお前だけが生きている。


 その怨嗟が海原の自我を蝕むーー




「"知ィィるかあよおお!! 化け物どもが!!ガタガタ抜かさずに、力を貸せエエエエ!!"」




 その怨嗟を抑える。


 生命を無理やりに徴収する。




 みし、みしぃ。




「大オオオオオオオオオオ!!!"」




 身体を締め付ける木の根を力任せに引き千切る。


 口蓋部分を裂きながら、海原は叫ぶ。



 樹原は嗤う、目の前の化け物を今度こそ仕留めんと。


 引きちぎられようともまた新たな木の根を生やす。



 がちぁん。



 海原の頭突き、樹原の木の根で誂えたツノがガスマスクの一部を砕いた。




「あはは!! イかれてるね、海原!!」



「てめえにだきゃ言われたくねえよ!!」



 組み合う。化け物が2匹。


 海原がその黒い爪を備えた腕を振るう。樹原の身体を袈裟裂きにせんと。



 樹原が木の根の腕を振り上げそれを防ぐ。ばらけるように腕から伸びた木の根が、黒い爪を防ぐ。



「捕まえた」



「気色悪ぃ"!!」



 海原がその場で跳ぶ。体勢を一瞬で組み換え、腕を掴まれたまま両足を揃えた。


 ドロップキック。



「オラァ!!」



 樹原の胴体を捉えたドロップキックの反動は容易にその木の根を引きちぎる。



 樹原はそのままの体勢で滑るように後退する、とても生き物の動きとは思えない。



 海原は器用に着地し、腕に絡みついたままの木の根を振り払った。



「やるね、海原」



 ちぎられた腕の木の根が一瞬で再生する。


 樹原がその腕を海原に向ける。


「これは避けれるかい?」



 捻れながら、まるで蛇のようにのたうつ根が何本も樹原の腕から伸びる。


 その全ての切っ先が海原へと殺到した。




「PERK ON ロボ・フィンガー狼王の指先



 海原がその爪のついた指先を射出する。黒い粘液を迸らせながらそれが空中を裂く。



 迫る木の根の何本かがその指先に相殺される。木の根の切っ先と黒い指先が正面衝突した車のように互いに潰れあった。



「オオオオオオオ!!」



 残る木の根が、海原の身体を挿し貫こうと翻る。


 ぞくり。


 マルスとの深い結合で、生命として数段の位を無理やりにあげた海原の背筋が凍る。


 その木の根から感じる嫌な感じ。



 直撃はまずい。それだけはわかった。




 黒い爪を振るう。


 木の根の先端に振り下ろす、側面を叩く、交わしながら爪を振るう。



 その全てを裂き、木の根の奔流を捌いてーー



「まだだよ、海原」




 じゅん。



 突如、切り飛ばした木の根、その断面が沸き立つ。



 伸びる、木の根が。


 切られた途端にその断面から再び新たなる木の根が伸び、殺意溢れる切っ先を形成。至近距離から海原へ向けて伸びた。




 避けれないタイミング。


 それでも海原の中のマルスが嗤った。




 ーー狼の王、その力を貸しなさい




 怨嗟の声がそのマルスの有無を言わさぬ言葉によりかき消えて。



 海原へと力の名前が伝わる。海原のすることは単純、その力の名前を呼び、叫ぶだけ。








「"PERK ON ロボ・クライ狼王の叫び"」





 おおおおおおおおおおおおおおおおおおお多おおおおおおおおおおおおおおおおおおお。






 ガスマスクの口蓋部分が砕ける。そこから漏れだすのは海原が殺した狼の王の力の一端。



 叫び。


 空気すら捻じ曲げる質量を持った叫びが円形に広がる。



 マルスが吸収した王の力が、海原に迫る木の根を押しのけた。木の根はくたりと地面に転がりもう、動かない。




「化け物だね、海原」



「鏡見てから言え、樹原」






 そこから始まったのは化け物同士の機能をフル活用した殺し合いだった。



 樹原の身体から、地面から、そして辺りを囲む木の幹から縦横無尽に伸びる木の根。


 空間を埋めつくさんとする木の根、それら全てを暴力と能力で海原が凌ぐ。


 爪を振るい、喉を震わせ、円筒型の限られた空間を駆け回る。



 木の根を断つ、木の根を踏みつける、噛み砕く。



 時間にしては分にも満たない攻防、樹原に接近すれば海原が攻める。遠ざかれば樹原が攻める。




 海原の爪を、射出される指先を木の根が阻む。樹人の角を掴み、至近距離で発する叫びも木の根が幾重にも重なり、盾となり防ぐ。




 互いの手を出し尽くした直後、その時は訪れた。




「あ……?」



 身体が重い。


 限界が来たのは、海原。


 海原の身体だった。


 マルスの中に溶け込んだ生命の怨嗟の声もその海原の精神を侵すことは出来ない。



 皮肉にも海原へ限界をもたらしたのは、敵意ある化け物の声ではなく、仲間であるマルスの血肉だった。



 その血肉はただの人間の体には重い。



 海原の身体が、PERKシステムによりいくらかは強化された肉体であっても、もう限界だった。



 みしり。



 ガスマスクに亀裂が入る。





「あはは、隙あり」





 木の根の奔流を捌いた直後、突如足元から現れた木の根が海原の足首に巻きつく。



「ックソ"」



 がくん。木の根に引き寄せられる。膝が崩れ、その場に留められた。



 動きの止まった海原の身体へ瞬時に木の根が絡みつく。


 獲物を捕らえる蛇が何匹も何匹も巻き付いたようだ。



「ゴホッ……」



 身体の骨が軋む、肺から空気が漏れて出た。



 黒い爪が解けるように消えていく。カサカサの皮膚が剥がれ落ちるように、海原とマルスの深い結合が溶けていく。




「海原…… 終わりだ。マルスを貰うよ」




 樹原が嗤う。



 木の根で縛り付けた海原の腹へ、とつりと樹原の腕が突き刺さった。




「ガッ…… あっ」



「ああ、海原。キミは僕の最強の敵であり、同時に最大の報酬でもある。最後の最後に、キミは僕へと幸福を運んできてくれた」



 腹に突き刺さった木の根が身体の中を、弄る不快感。



 口から血が溢れる。





「さあ、マルス。僕の元へ。キミは勝利者にこそふさわしい。彼女の言葉の通り、僕はキミを手に入れる。共に、生きよう」




 木の根を通じ、何かが吸い取られていく感覚。


 身体の中から決定的な何かを奪われていくような感覚。



 ガスマスクにどんどんヒビが入る。


 たてがみは少しずつ抜け落ち、消えていく。



 樹原に奪われる。



「キミが追い詰めてくれたお陰だ。僕は僕の力に目覚め、この先も生きていく。キミは僕にこの幸福を運ぶ為にここまで辿り着いたんだ、海原。さあ、僕にソレを渡せ」



 木の根が脈動する。


 海原を絞るように巻きつく力は更に強く、腹に刺さる木の根は何かを飲むように震える。




「……してみればいい」



「あはは、なんだって?」



 ごくり、とくり。



 樹原が、海原を、マルスを吸収し始めてーー




「試してみればいい。お前を気にいるかどうかをな」



 とくり、木の根が脈動した。















 ………

 ……

 …





「っは?!」



 なんだ、ここは?



 樹原は息を呑む。



 一瞬、意識が飛んだと思うと、次の瞬間には目の前の景色が変わっていた。



 耳に届くのは、砂が流れ、波が泡立つ。


 潮騒の音。



 目に広がるのはしろいくも、それよりも更に真白な砂浜。永遠に広がる青い海原。




「海……?」



 樹原の目の前には大海原が広がる。


 耳をすませば、海鳥の鳴き声すらどこかとおくからも響いていた。




「素敵な場所だと思いませんか? 樹原 勇気」




 唐突に樹原の背後から、声が響く。



 もしも天使がいるのなら、こんな透き通った声をしているのではないか。



 樹原は振り向き、息を呑んだ。



 人間の、女の美しさに身体が痺れるのはこれで2度目。


 1人目はあの雪代 長音、そして2人目はその声の持ち主だった。




「キ、キミは?」



 陽光を返す金色の御髪。ふわりと流れるその髪はこの世のものとは思えぬほど美しい。



 エメラルドの虹彩が樹原を見上げる。


 白いワンピースから伸びる四肢はまだ幼く、それでもこれから成長する無限の美しい未来を想起させる。



 雪代の妖しい美しさとは違う、神々しさすら感じる美がそこにあった。





「私の名前はマルス。果実の名前を与えられた兵器です」



「キミが…… マルス。良い名前だ。ああ、僕はここまでたどり着いた」



 樹原がその少女、マルスへと向かい歩み始める。


 白い砂浜をふらふらと幽鬼のように、マルスを求めて歩き始める。



「マルス、僕と共に来い。僕と共に生きよう。海原なんかじゃなく、海原よりも強い僕こそがキミに相応しい」



 ふら、ふら。



 誘蛾灯に寄せられる羽虫のように、樹原がマルスへと手を伸ばす。




 容易にその手はマルスへと届いた。



 樹原が光を携える金色の髪を撫でる。



「まあ、嬉しい。光栄です、樹原 勇気」



「あはは、そうかい? そうだ、キミのような美しい生き物は僕にこそ相応しい。あの凡人の、芋くさい海原なんかにキミは勿体ない」


「うふふ、ありがとう、樹原 勇気。ヨキヒトは私のことを美しいなんて言ってくれないですから」



 拗ねたように、マルスが髪の毛をくるくると弄る。


「あはは、あの男にはキミは勿体ないよ、さあ行こう、美しいキミと共に僕は生きていく。共にこの終わった世界の中、美しく悲しいものを見に行こう」



 樹原がマルスの手を握る。



 マルスは慈母のような笑顔でそれを見つめる。



 いつのまにか生えていた木の根が、マルスの白いワンピースの表面を滑り、撫で回した。





「樹原 勇気、共に行く前に1つ、聞いてもよいですか?」



「なんだい? 僕のマルス、もちろんだとも」



 樹原が嗤う。


 マルスも微笑えんだ。


 樹原がマルスの手を握り、






「私、これでも美しいですか」





 マルスの声がポツリ。



 海鳥の鳴き声が止んだ。






「っ???!」



 樹原が息を呑む。


 なんだ、これは。


 マルスの表情、違う、顔が溶け落ちた。



「よく見て、樹原 勇気。私、美しいですか」




 あ、ああああ、なんだ、これは。




 マルスの顔が溶け落つ。


 そこに在るものを樹原は見た。


 そこに在るものに樹原は


 のっぺらぼうのようにマルスの顔がなくなる。


 整った顔の輪郭の中にそれは在った。


 闇の中、光がきらめく。


 深い深い闇の中に、飴細工のような何かが光る。



 宇宙?


 樹原がそれを理解した。


 その奥に在るものを、その中に潜むものを、そこから樹原を見る何かに気付いた。




 大きな、大きな、宇宙よりも大きなお目目。



 ギョロリとそれが、樹原を認識してーー



 あ、、ああああああおあおえああおあああ????!!!




 木の根が消える。


 波の音が消え、白い砂浜が消えた。



 マルスの顔の中の宇宙が、広がり、樹原がそれに包まれる。



 なんだ、これは、これは、なんだ。




 海原 善人、お前は何を中に何を飼っている?!


 樹原はもう、何も考えることが出来ない。


 最後にマルスの声が聞こえた。










「ヨキヒトはこれを見て、笑いましたよ。樹原 勇気」


 その声は相変わらず、天使のように美しく、そしてどこか誇らしげだった。



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