第128話 選択

 





「田井中?」



 海原が己に迫る木の根の全てを鉄腕の手刀で断ち切る。



 視界の端に捉えた。


 秒に満たないやりとり、田井中の決死の一撃、そしてその結末。



 視界には2つ、膝をつく樹原と、木の繭として転がる田井中。



 向かえる先は1つだけ。




 樹原、今なら殺せる、隙、撃ち込む、抉る、田井中、助けないと、生きてるのか、もう無駄、死ぬ、動かない。



 もう会えなくなるーー




 俺はーー




 選択肢は2つ。



 選べるものは1つ。



 海原はーー













 "選択は任せます、ヨキヒト。大丈夫、何を選んでも私はあなたの味方です"







「っ! ありがとう、マルス!!」


 選ぶ。もう二度と戻れない選択を。



 馬鹿な選択をしたと自分でも思う。



 海原はマルスに返事をした瞬間、動き始めていた。



 迷いもなく、膝をついた樹原ではなく、木の繭に包まれ転がされた田井中の方へ。




 悪い、田井中。



 お前が命がけで作ったチャンスを捨てて。


 お前はきっと俺がこれを選んだ事を怒るだろう。だが、悪いがそんなの




「知ったことかよ! クソガキが!! かっこつけてんじゃねえ! 馬鹿!」




 木の繭の元へたどり着く。



「おい、おい! 田井中! 返事しろ! 聞こえてるか?!」


 木の繭を叩く。硬い感覚が返ってくるだけ。返事はない。



 "落ち着いて!! ヨキヒト! 微弱ですが中から生命反応あり! 心音確認、タイナカはまだこの中で生きています!"



 マルスの言葉に海原は喜色ばむ。




「デカすぎて運べねえ!! ここから田井中を取り出す!! PERK ON 鉄腕!!」



 木の繭に硬化した手刀を差し込む。深く突き立てた手で繭をちぎりながら、押しひらく。



 "ヨキヒト!! ブレイク!!"



 マルスの声が無ければ、それに気づかなかった。



「っ!!」


 手刀を反射的に振り上げる。


 木の根を払い、断ち切った。



「あはは、流石だ、よく捌いたね」


 膝をついた樹原がゆっくりと立ち上がる。


 抑えた脇腹から血が滴る、それでも樹原は再び立ち上がった。



「キミは選択を誤った。田井中くんが命を捧げて作った千載一遇のチャンスを不意にした」



 樹原の足元から木の根が何本も生える。ささくれだち尖ったそれが、海原へと伸びる。



「あはは、良い。海原、その顔が見たかった」


 その場に海原は仁王立つ。迫り来る木の根を、何本もある木の根を2本しかない腕で捌く。


「ぐっ! おおお!!」


 捌き切れなかった根が、肉を抉る。頰の肉、肩の肉。海原が血を流した。



「海原、キミは1人の方が強い。キミは初めから他人が必要ない人間だ。1人だけで全て完結している人間だ」




 木の根を叩き斬る。


 背中には、虫の息の田井中。木の根を通すわけにはいかない。


 腕で捌き切れない根は身体で止める。硬化した皮膚の上を鋭い木の根が滑り、衝撃が背中へと突き抜ける。



「見ろよ、海原。あれほどまでに恐ろしかったキミが、お前が、今はどうだい? ちっぽけな子どもを守るだけで、なんと小さく見えることだろうか」




 削がれる。


 痛い、辛い。


 複雑な軌道で走る木の根、その数はどんどん増えていく。



 それでも海原は一歩も下がらない。


 背中に庇う田井中には触れさせない。


 赤い血を流しながら、限界ギリギリの所で木の根を受け止める。





「キミは1人で生きるべきだった。徹頭徹尾自分のためだけに生きるべきだった。それさえしていれば、まだ生き残ることができたのに」



 木の根の切っ先を拳で潰す。動きの止まった木の根を手刀で断つ。



 海原が一本の木の根を止める合間に二本の木の根がその肉に突き刺さり、海原の身体を削る。



 致命傷になるもの、田井中へ当たるものを優先的に捌く。



 それ以外はマルスに任せる。



 "ヨキヒト…っ!! ダメージ、出血……! これ以上は許可出来ません! お願いです、この場からの撤退を!!"



 頭の中に悲鳴のようなマルスの声が響く。


 海原は唇を噛み締め、そして前を向いた。



「まだだ!! まだ待てる!! マルス、腹くくれ!! 俺はただ賭けるだけだ!! 俺に出来るのはそれだけなんだ!!」



「あはは、賭け? どんな内容かは知らないが、キミはもう詰みだ。田井中を守る以上はね。さて、あまり長引かせて慣れても困る…… 終わらせよう、海原」



 ぎぃん。



 波が引くように、木の根が一斉に樹原の元へ戻る。



 海原の血を吸った木の根が喜ぶようにくねる。







「何を……」



 いや、関係ねえ。


 まだか、まだなのか。




 海原はその時を待つ。




 始めから海原が出来るのはそれだけだ。この道を、その選択を選んだ瞬間から、海原に出来る事は1つに限られていた。









「約定をここにーー」



 樹原が左腕を伸ばす。片方の腕はその肘に添えられる。



「物語を再現する。それは彼女に捧ぐ物語。其れはもう彼方に遠い其の想い出」



 木の根が一斉に、脈動し始める。



 樹原の紡ぐ言葉に合わせて、木の根の数が増えていく。


 5本、10本、15本。



 樹原の身体を隠すほど、その根は多く、長い。



 ここが、正念場。



 ここが、結果。




「腕はここになく、あるのは其の似姿のみ。故にこの業はなんの宿命もなく与えられた」



 木の根が、一斉に成長した木の根がぐいっと曲がり、一斉に海原を狙う。



 ヤマタノオロチと対峙した英雄はこんな気分だったのだろうか。海原は呑気に考えた。




 何秒稼いだ、何分稼いだ?




 あとどれくらい時間がいる?




「海原、最後の選択をキミにあげよう。僕はこれから、コレを田井中くんへのトドメとする。キミは避けても構わない。この一撃だけはキミを狙わない。わかるだろう? 」



「キミが、選べ。自分か、他人か。諸共死ぬか、キミが生き残るか。選べ、海原善人」




 木の根たちが、互いに絡み合う。互いに捩り、捻られ、木の根が1つになっていく。



 巨大な木の槍。


 人など喰らえば形すら残らぬであろう、暴威。


 わかりやすい力の形を木の根が象る。






「やかましい、来い。樹原 勇気」




 海原はその場で踏ん張る。


 震えそうになる膝を筋力で固める。


 硬化した腕を突き出した。




「……最期まで、キミはつまらない。田井中を見捨てるキミが見たかった。キミの悲劇が見たかったよ」




 木の槍が放たれる。



 引きしぼられた弓矢のごとき勢いで、海原に向けて、田井中に向けて最後の一撃が放たれた。





 海原は、避けない。


 両腕を突き出し、立ちふさがる。


 頭の中で今までで一番大きく響くマルスからの警告を無視した。





 木の槍が、海原の身体を消しーー













「俺はただ、賭けただけだ。アイツが俺を信じたように、俺もまたアイツを信じて、賭けた。それだけだ」





 木の槍の軌道が逸れる。



 海原の突き出したてのひら。木の槍に向けて放った拳。それが触れた途端、あまりにも簡単に木の槍は弾かれ、逸れていく。



 木の槍は海原にも、田井中にも当たらずに通り抜け、勢いをなくし、枯れた。



 ささくれた木の皮の破片が、海原の頰を薄く裂く。




 ただ、それだけだった。






「……なんだと…… 待て、何をした、海原…… 何を、した」




「言った筈だ。樹原。賭けただけ、だと。俺は賭けに勝った。お前に何も奪われずに、ここにたどり着いた」




 何を、樹原が小さく呟く。



 そして目を剥いた。



「っまさか?!!」













「胸糞が悪い話だけど、アンタと僕の間には奇妙な縁がある。僕はそう思わずにはいられないよ、樹原先生」




「我らが部族の奇跡、貴様だけは生かしておけない。それは我らの力だ」




 反対側、樹原の背後から声が響いた。


 いつのまにかそこまで近付いていた、少年の声。



 海原の賭け、そのリターンが現れる。


 傍に灰色の小鬼を備えて、ゆっくり月明かりの中に現れる。



 海原は嗤う。砕けそうな膝に力を。



 海原は賭けに勝った。




「アンタは選択を間違えた。アンタはいつもそうだ。人の事を試練だなんだと嘯きながら、結局のところアンタは他人のことを舐めてるんだ。だから、こうして足元を掬われる」



 首に巻いた包帯の位置をいじりながら少年は歌うように話す。


 傍にて歩く灰色の小鬼が、その動作を真似するように首元にいつのまにかあしらわれていた緑色の宝石をいじる。





「だから、滅びることになる。樹原先生」



「久次良……慶彦…… あの負傷からどうやって……」



 樹原が振り向く。


 背後からスタスタと歩いて来たその少年、久次良へと向けて呆然と呟く。



「アンタが怒らせた女の子のおかげだよ。叔父思いの優しい子。彼女が治してくれたんだ。アンタを終わらせるためにね」




「ムッ、クジラ、我ら部族の秘宝。ナオリコンブの湿布が効いたことも忘れるな。あれは母様に教えられた秘宝なのだぞ」



「ああ…。うん、その……ありがとう、王様、でも、あれ臭いが…… いやなんでもないです」



 久次良と小鬼がリラックスした様子で言葉を交わし合う。


 ひらっと、手を振り上げ海原に向けて笑った。





「やあ、海さん、待たせたかな?」




「……はっ。遅えよ。俺1人でぶっ殺す所だったわ」




 久次良と海原がにぃと笑い合う。



 凶暴で、どこかふざけたような笑い方はもうここにはいない友人のものによく似ていた。





「久次良くん…… 何をした? 今のはキミが?」



 樹原のといかけに樹原が嗤う。



「樹原先生、アンタにはいろんなことを教わった。でもね、僕がアンタに教える事は何もないよ」


 久次良がその中性的な顔を、意地の悪い表情に変える。


「気になるなら試してみれば良い。アンタの本当の力とやらをね」




 樹原の返事はない。


 代わりに目にも止まらぬ速度で、その足元から木の根が伸びる。



 鋭い切っ先が上から久次良の胸を貫かんと迫った。




「我らの声を聞け、•£の業よ」



 灰色の小鬼が、その首元の翡翠を撫でる。



 異変、寸分違いなく久次良の身体に向かっていた木の根がいきなり明後日の方向を向いた。


「なっ?!」


 まったく見当はずれの方向へ木の根が突き刺さる。チャフでロックを崩されたミサイルのように。




「何を、何をした? 久次良 慶彦」



「だから、教えないってば。それに樹原先生、良いの? 僕の方だけしか見てなくて」



 久次良の言葉が終わった瞬間。



「これはっ?! 守れ!!」


 樹原の足元の木の根が一斉に伸びる。重なり合い樹原の頭上で傘を作るように、絡み合う。




 めきぃ。



 その傘がへしゃげる。


 見えない力に折りたたまれるように。





「チっ、ごほ、ゴホッ。勘が良い男って嫌いだな……」



「姉さん…… あまり無理しないで」




 まだ別の方向から声がする。



 互いに支え合うようにゆっくりこちらに歩み寄るのは、女、2人。



 片方は前髪で片目が隠れた制服姿の少女、もう1人は白い髪を振り乱し、その少女に支えられながら歩く女。




「雪代……長音、雪代 継音…… あはは、あの教室から抜け出したのか…… 残念だ、キミたちは無傷で手に入れたかったのに」



 3方向、樹原を囲むように力を持つ人間たちが集まる。



 海原の賭けはこれだった。


 田井中を庇う選択を取った時点で、樹原を1人で殺すチャンスは失くした。



 だからこそ海原は賭けた。


 これまでの自分の行いに。自分が紡いできた縁に。


 そして何より、基特高校という場所に。



 海原の知る、善い人間に賭けた。



「あはは、僕の悲劇…… ここは僕の悲劇の場所だ。なるほど、ここにいる人間は全て邪魔だ」



「いいや、違う、樹原。ここはお前のおもちゃ箱でも遊び場でもない」



 海原が、声を上げる。


 木の繭の前に立ち、敵を睨む。



「お前はこの場所を勘違いしている。ここにお前が好きに出来るものなんて1つもない。ここは基特高校、終わった世界の中、それでも前へ進む事を選んだ人間の場所。その中に、お前はいらない。お前こそが、邪魔者だ」


 海原が構える。


 いつのまにか傍には灰色の小鬼が数人、こそこそと木の繭の周りに集まり、それを持ち上げようとしていた。



 樹原は静かに己の最大の敵の方を向く。



 力ある人間達が樹原を取り囲む。


 灰色の小鬼達の同盟者が、古い血を受け継いだ半人が、そして、マルスの宿主が。





「海原、これがキミの賭けかい? あはは、なるほどね。絆の力とでも言うつもりかな?」



 樹原はそれでも余裕を崩さない。




 樹原の言葉に、海原が嗤った。



「いいや、違う。絆とか助け合いとかそんな甘っちょろいもんじゃない。これからお前を殺すのはーー」



 継音に支えられた長音の目が赤く輝く。継音の周囲の空気が白く染まる。



 久次良の背後から夜の闇から這い出るように幾人もの灰色の小鬼が現れ、群れを形成する。




 海原が、指先を樹原へと向けた。





「単純な数の暴力だ」








 指先が飛ぶ。



 それが合図だった。




「海さん!! 田井中くんは彼らに任せて!」


「ナイス、久次良!」



 海原が樹原に向けて駆ける。


 同時、久次良の傍から灰色の小鬼が飛び出した。



「王様! 海さんの援護を!」


「任された、同盟者!!」



 挟み撃ち。


 樹原の足元から木の根が伸びる。



 先程まで正確に伸びてきたその軌道は今は何かを狂わされたかのようにぐちゃぐちゃだ。



「くっ、やはり、久次良 慶彦!! キミからだ!」



 樹原が、そのぐちゃぐちゃの木の根を久次良に向けて



「いやいやいや、てめえ、余裕こき過ぎだろ」



「っ?!」


 肉薄していた。


 海原は呆気ないほど簡単に、その腕が届く距離まで樹原へと近づいていた。



 手刀を樹原に向けて刺す。


 木の根がその手刀を絡めるも、明らかに精度も力も落ちている。



「弱え!!」


 そのままの勢いで木の根を千切る。


 慌てて樹原が木の義肢で海原の攻撃を受け止めた。



「おっと、敵は1人ではないぞ。似姿」



 回転。


 ぎらり。大きな鉈が月明かりに鈍く光る。


 王と呼ばれる灰色の小鬼がその身体を投げ出すように樹原へと鉈を振り下ろした。



「ぐ! あ?!」


 樹原の肩を鉈が滑る。


 落とすまではいかぬとも、大きな手傷。血が流れた。



 樹原が後退する。木の根が足元から爆発するように伸び、海原と灰色の小鬼の追撃を牽制しーー




「凍り付け」




 樹原の足元の地面が、急激に霜が降りたかのように白く染まる。


「何?! これは?!」



 後退り、凍った地面に滑る。


 樹原が態勢を崩した。



「わたし達に近付くな、下郎」



 途端、空気が軋む。


 樹原は雪代長音の見えない力の気配を感じ、木の根で防ごうとしてーー




 みきっ。



 地面が軋む、それだけ。



「地面が凍って?! しまっーー」



 木の根は現れない。凍った地面を割ることができない。




 見えない力、長音のフルコンディションの時の威力、範囲に比べれば粗末なモノ。


 しかし、それでも



「ぐっ、ああああああ?!! 」



 人間の足を捻り、捻ることは容易い。


 見えない力に樹原の右膝が反対側に捻られる。



 たまらず樹原は地面にのたうつ。



 そして、



「これが数の暴力だ。借り物の力ならなんとかなったかもなあああ?!」



「終わりだ、似姿よ。今度こそその首を貰う!!」



 海原と、小鬼が倒れた樹原へとトドメを。



 海原は手刀を、小鬼は鉈を振り下ろした。










「それでいい。もっと、僕を追い詰めろ」




 ばきキキキ。


 氷が割れる。


 凍り付いた地面を割り、太い木の根が翻る。


 同時に振り下ろされた手刀と、鉈は木の根によって防がれた。





「今なら出来る、僕には出来る」



 樹原の周りの地面、ぼこり、ぼこりと穴が開き、木の根が伸びた。




「約定をここにーー その物語を再現する」




 動きを乱されていた木の根達が一斉に動きを止める。



「ひ、ヒスイがっ?!」



 灰色の小鬼の首元に光るヒスイが、いきなり粉々に、割れた。



 海原は反射的に、呆然と立ち尽くしている灰色の小鬼の首元を掴んで、持ち上げる。



「?! 戦士よ! 何を?!」



「何かやばい!! お前は久次良を守れ!!」



 樹原の周り、海原達を囲むように、木の根が現れる。


 今までの速度の比でない。


 それらは一気に高く伸び上がり



「オラァ!!!」


「ば、馬鹿な、貴公! 残るつもりか!?」



 灰色の小鬼を思い切り遠くへ投げる。



 伸びる木の根の間を、投げられた小鬼が通り抜ける。



「あはは、海原。良い勘をしている」




 海原と樹原を囲むように伸びた木の根が一斉に絡み合い、さらに高く伸び続ける。


 高く、高く、月に手を伸ばすが如く。


 連なりあい、円筒形の形を成した。



「そんな、海さん!!」



「海原さん?!」



 久次良や雪代達と分断される。


 遮られる、その声ももう届かない。




 校庭の中心を切り取るかのように、海原と樹原はその木の根が連なり、幹となった空間に閉じ込められた。









「あはは、海原。キミだ、キミさえ殺せば全てが終わる」



「物語をここにーー 彼女に捧ぐ物語を。我は其を目指すもの、其に至るもの、其の業を再現するもの」



 樹原が立ち上がる。


 雪代に捻られた膝、そこからうねうねと生える木の根。



 樹原の身体から木の根が生え始めていた。



 木の義肢からも、うねうねと新たに木の根が生える。



 身体中から木の根を生やした樹原。ついにその顔すら木の根が覆う。



 樹人。


 身体中を蠢く木の根で包まれた、木の根の化身。




「あはは、樹原だから、樹の力…… 悪い冗談のようだね、そう思うわないかい、海原 善人」



「面白くねーな。化け物」



 "ネガティヴ…… 対象からこれまでにない強大なブルー因子の反応を確認。人類の許容摂取範囲を軽く超えています、アビス・ウォーカー時の反応よりも強い……"



「マルス、融解結合だ。終わらせる」



 これはきっと、樹原の切り札。


 わざわざ外と隔離してまで使い始めた最後の手段。


 海原はここが山だと確信していた。


 "許可出来ません!! 融解結合の安全使用の回数も時間も既にオーバーしています! これ以上はあなたの自我境界が持ちません!"



 海原の言葉にマルスが悲鳴のような反論を返す。


 樹原、樹人が嗤う。


 四肢も木の根が象る。頭にはツノのように捻れた木の根が備わる。



「約定をここにーー 其はそして、その腕で始まりの武器を創りたもうた」



 樹人の腕の形が変わる。



 捻れた木の杭。めきめきと音を立てながら備わる。




「融解結合の段階をあげる。マルス、第2段階を使う」



 "ダメです!! ヨキヒト! 貴方の自我が保たない!! シエラ1…… アリサのように貴方まで塗りつぶされてしまう!!"


「マルス、約束を覚えているな。これは試練だ。俺たちのゴールはここじゃない。英雄を、アリサ・アシュフィールドを殺すんだろう?」



 それは海原の世界で2人が交わした約束。



「俺は大丈夫だ。ここで樹原を殺し、そしてお前との約束を果たす!! これはその英雄を殺す試金石だ!! 」



 "よ、ヨキヒト……"



 マルスのためらいを押すように海原が叫んだ。



「俺はお前の願いと共にある!! お前を二度とひとりぼっちにはさせない! だから、頼む、頼む!」



「約定は我にーー 其は全ての始まり。ここに、腕はなくとも、その業を再現する」



 樹原の言葉が続く。


 海原達を取り囲む木の幹が、蠢き始める。




 "……分かりました。貴方を、アリサが選んだ貴方を、そして私の選択を信じます。M-66、マルス、倫理コードを108まで棄却"




 "宿主 シエラ0との融解結合を開始 深度を1から2へと進行"




 熱い。


 体の血液が急に煮えたぎるマグマに入れ替わったような。




「其の業をここに。それは人を砕くもの、人を殺めるもの、人を越えるもの、人を統べるもの、人の到達、そして彼女の結末」



 樹人が、海原がそれぞれの切り札を同時に切る。


 ここからは作戦も対策もない。



「い、くぞ……マル…ス」



 正真正銘の



「その業の名はーー」



 "結合開始、DNA情報固定、行きましょう、ヨキヒト"







「樹身限界」




「"融解結合第2段階"」




 殺し合い。

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