第127話 "腕"なくとも

 



 海原の決断は早かった。



「っ!!? PERK ON コープス・ボム死骸ガス爆発!!


 樹原へのトドメとして撃ち込んだ指弾、そのいくつかはワザと身体を貫通しないように手加減して撃ち込んでいた。



 不測の事態に、体内で爆破させて確実に殺す為に。



 PERKが作動する。


 樹原の体内に残る数本の指弾が、その機能に従い破裂しようとーー






 木の根が、迸る。


 地面を割り、新たに生えた細い木の根が樹原へと向けて迸った。


 達人が振るう居合刀の如く、その軌道がほとんど見えない。


 しかし複雑な軌道を持った木の根は全て、樹原の身体に一瞬突き刺さる。



「なに?!」


 "ネガティブ! "



 ドムん。


 樹原の身体に一瞬突き刺さり木の根が再び俊敏に動く。


 数本の木の根の先っぽが爆発した。



 "馬鹿な…… アビス・ウォーカーⅡの体内に撃ち込んでいた指弾4本、全て摘出? そんな……"


「摘出?! マルス、どういう事だ?!」



 "ネガティブ 視覚情報の解析結果です。今、奴の身体に向けて伸びた木の根は銃創より体内に侵入、そして体内に残っていた爆破寸前の指だけを、取り除いていました…… まるで外科手術でもするかのように"


 マルスの言葉に海原は目を剥く。


 摘出? 体内に撃ち込んだ指弾を全て?


 木の根が?


 不測の事態、しかし海原の指先は既に再生している。



 指先を構える。



「PERK ON ロケット・フィンガー!!」



 指弾を放つ。


 未だ樹原は倒れたまま、まだこちらの王手は変わらない。




 スピン、すぴん。



 樹原の周りに生えた木の根が、その指弾を弾く。


 樹原自身が腕から生やしていたタコの触手よりも鋭く強く、完全に海原の指弾を捌いた。










「ーーキミに感謝を伝えなければいけないな。海原 善人」



 待て、待て待て待て。


 立つな、立つんじゃない。


 海原の願い虚しく、その男が血の海から立ち上がる。


 ふらつきながらも、周りの木の根がその男が立つのを支えて助ける。



 間違いない、この木の根は樹原に味方をしている。



「マルス、これも樹原の力か? 対策は? 過去の戦闘データを教えてくれ!」



 "ネガティブ ヨキヒト。違う、違います! これはデータにない! アビス・ウォーカーの力ではない!"



 なんだと?


 マルスの焦りが海原に伝わる。



 "アビス・ウォーカーⅠ アリーシャ・ブルームーンとの戦闘において、木の根による攻撃は確認されていません、戦闘データ無し、未知の力です"





「そう、その子の言う通り。これは彼女の力ではない」





 樹原の言葉。



 こいつ、もう立ち上がっている。


 いや、それよりもーー


 海原は気付いた。


 汗を掻く。



「待て…… お前、今その子っつたか? お前誰の声を聞いた?」



 声が震える。


 理解不能の事態。




「マルス」



 ゆっくり、樹原の片方だけしかない腕が上がる。


 指先が海原を、マルスを指す。



「彼女が教えてくれた。マルス、遥か遠い彼方の生命。星を渡り、星を喰らうモノ。そのカケラ、その子ども。そして、今は人の隣人として改造された哀れな生命」



 訥々と話す樹原、海原はまだ再生していない指先を向け一定の距離を取り続ける。



「海原、もう一度、いや、何度でも言おう。キミに感謝を。キミが死ぬほど追い詰めてくれたお陰で、もう一度彼女に出会う事が出来た。キミが僕を殺そうとしれたお陰で、僕は僕の本来の力を見つける事が出来た」



「本来の……力だと?」



 海原は視界の端で田井中が、樹原の死角に回りこむのを確認する。


 アイコンタクトと合図もない。しかし役割の分担は出来た。




「そう、本来の力だ。TWSGは彼女が僕に貸してくれた力。カエサルのものはカエサルに。もう、僕は奈落の生命を操ることは出来ない」



 樹原の周りに燻る煙のように木の根が空に向けて伸びる。



「これこそが、僕の本来の力。彼女が僕を見つけた理由。僕の人としての本来の才能」



 樹原の片腕、久次良に断たれた腕の断面から、木の根が生え出る。



「……まじかよ」


 "再生……? いや、これは…"



 樹原の身体、腕の断面から木の根が生える。細い木の根が幾重にも重なり合い、腕の形を象る。


 木の義肢。その出来を確かめるように樹原が腕を眺める。


「キミを始末した後は久次良君だ。彼とキミだけは生かしてはおけないよ」



「化け物が……」


 "ネガティブ…… 作戦目標対象、樹原 勇気からアビス・ウォーカーのブルー因子反応が消失…… ヨキヒト、彼の言うことは本当です。ブラフではない、あの木の根を操る力は先程の能力とは全くの別物です"



「……状況は変わらねえ。奴はここで終わらせる。マルス、やるぞ」


 "コピー、戦闘プロトコルを対アビス・ウォーカープロトコルから通常戦闘プロトコルへ移行"


 海原は息を吸う。


 頭は冷たく、身体の末端は熱い。


 木の根に囲まれる樹原に狙いを、定める。



「マルス、シンプルに行こう。奴が死ぬまでどのくらいの時間がかかる?」



 "ネガティブ…… 心臓部を破壊されて平気な生物は多くありません。奴が何故立っていられるかを探る必要があります"



「なるほど、……樹原! てめーなんでまだ生きてる? 心臓を撃ち抜いただろーがよ!」



 海原は大声を張る。樹原の注意を引きたい。まだ、奴の注意を引く必要がある。



 "ヨキヒト、それはさすがに……"





「ああ、簡単さ。彼女だよ。完全にではないが、彼女が治してくれた。僕の物語がまだ見たいと彼女が望んでくれたからね」



 樹原が木の義肢で己の胸を撫でる。



 海原がほう、と呟く。


「らしいぞ、マルス」


 "ええ…… 今の会話のどこに信憑性があるのですか?"


「ま、理由なんでどうでもいい。大事なのはまだあいつが生きてるっつーことだけだ。今度は完全に殺してやるよ」




 海原が唐突に指弾を打ち込む。


 木の根が当たり前のようにその指弾を捌いた。



「おっと、あはは。油断も隙もないね。だが、もうそれは当たらない。ああ、そうだ。海原、1つキミに伝えよう、僕の殺し方だ」



「あ? 興味ねーな。生き物の殺し方なんていくらでもある。てめーが魔王で光のオーブがねーとノーダメっつーなら話は違うがな」



 会話の合間に海原が指弾を間隔で撃ち放す。


 樹原が当たり前のようにそれを捌く。



「あはは、そう言うなよ。これは試練だ。僕にとっての最後の試練。海原、キミさえ殺せば恐らくこれからもう、僕に敵と呼ぶべきものはなくなるだろう」


 樹原が言葉を続ける。



「認めよう、海原。何度でもキミに伝えよう。キミは間違いなく僕がこれまで、そしてこれから出会う人間の中で、最強最悪の存在だ。今はキミに敬意に似た感情すら抱いている」



「てめーから貰うのは敵意で充分だ、樹原」



「あはは、そう言うなよ。キミと言う最期の試練に敬意を表して教えよう。僕の心臓は完全に治っていない。彼女は僕が3日しか生き残れない程度にしか治してくれなかった。何故だと思う?」


「興味がねーよ、死ね」



 ばきん!


 指弾が捌かれる。


 まだか、田井中。



 海原は視線を動かさない。気取られるわけにはいかない。


 樹原は一種のハイテンションになっている。大仰な身振り、芝居かかった台詞。



 死から這い上がった直後の高揚状態、それは海原にも心当たりがあるものだった。



「話は聞いて貰うよ、海原。彼女はね、物語が見たいんだ。彼女の求める存在に似ている僕が、その存在に至るまでの物語が見たい。だからこそ、彼女は僕の超えるべき試練として、この心臓を完全には治さなかった」



 木の根を樹原が撫でる。飼い主が飼い犬を撫でるように、その手つきは優しい。



「だが、この心臓を治す方法は残してくれた。そう、僕はこの心臓を治して、終わった世界の中を生き抜く」



 樹原の指が海原を指す。



「キミだ。マルス、海原の中に棲むキミを貰う。この木の根なら海原からキミを奪う事が出来る。この僕の最後の試練は、マルス、キミを海原から奪う事だ」



 木の根の鋒が、海原の方へと向く。



「彼女が教えてくれた。彼女は僕を選んだ。海原、マルス、キミたちは僕の物語の生贄だ」



「さあ、マルス。共に生きよう。僕がキミに物語を見せてあげよう。彼女の望む物語をキミにも見せてあげよう」



 樹原はマルスを認識して、マルスへと言葉を向けた。




 樹原が静かに、力強く宣言した。





 "ヨキヒト…… 彼……いや、アレ気持ち悪いです"



「そうだな、俺も想像以上にキモかった。そのキモさだけで死ぬ理由には事欠かねえな」



 海原が鼻くそを掘りながら呟いた。



 硬い指先を鼻の穴に突っ込んだ為、少し鼻血が出た。




「来いよ。サイコロリコン変態ヤロー」


 血に塗れた鼻くそを樹原に向けて飛ばして海原が笑う。



「さようなら、海原 善人」


 樹原の足元から生えた木の根が全て海原に向けて伸びる。


 その切っ先は鋭く、生き物のように蠢いていて。




 














「100点だ。オッさん」




 樹原の背後、足元の地面が溶ける。


 砂が赤く、熱せられた鉄のように赤く、熱く。



 砂を割り、校庭が割れた。



 地面を割って、そこから何かが飛び出す。



 杭。


 赤く熱せられた杭が地面を割る。



 同時に、舞い上がる砂煙に塗れ、彼が飛び出す。


 砂にまみれたその脱色された金の髪。赤く染まる四肢。




「キハラァ!!」



 樹原の背後の地面からは熱せられた杭。


 その側面から、田井中 誠が襲い掛かる。




 自らの血で象ったその赤く鋭い拳で樹原を狙う。


 今、樹原の防御に使われていた木の根は全て海原の元へ伸びている。



 ここしかないタイミング。


 背後からは、杭。


 側面からは田井中。



 当たる。


 海原と田井中の打ち合わせ無しの奇襲が樹原にとどめを刺そうとして。





「やあ、久しぶりだね。田井中くん。キミも生きていたのかい?」




 速度。


 恐るべしはその速度。


 そして、その異様。



 何もない地面から一瞬で生えるその木の根。



 田井中の力はあくまでその場にある金属に作用する力。


 ある程度は伝導するため、砂に阻まれた程度の距離なら校庭の底に埋めてある金属を操る程度は出来る。


 だが、それまでだ。


 その場に金属が無ければ力は使えない。



 樹原の力は田井中の力とルールが違った。


 その場にないものを呼び起こす。校庭の乾いた砂の中から木の根を。


 物理法則を笑い飛ばすその異常が、田井中を搦めとる。



「せっかく拾った生命をもう捨てる事になるとはね、哀れだ」



 田井中の四肢が、木の根に絡め取られる。



 背後から尖る杭も、木の根に阻まれる。



 奇襲が失ーー




「キハラ、てめーが俺を殺してくれたおかげだ。ホット・アイアンズは新たなるステージを迎えた」



 絡め取られた樹原の赤い血で固められた腕が、溶ける。



 標的を失った木の根が空振りした。



「なーー?!」



 あたりに田井中の血がばらまかれる。


 



「概念だ。金属と思えればそれでいい。出来ると思うから出来る。それが俺たちの力だ」



 海原の指弾を容易に捌く木の根も、田井中の奇襲に完璧に対応する木の根も、それだけは防げない。



 田井中の右腕が、血液を固めて出来た右腕が、固体から液体に戻る。




 樹原の身体に田井中の血が降りかかった。



「まさかーー?!」




「ホット・アイアンズ・ブラッドサースティ」





 世界に、田井中の力が伝導する。


 樹原の身体に降りかかった血液が再び、固体に戻る。



「ぐ、あ!!」



「てめーの木の根がいくら素早くても、液体を全て防げるわけじゃねー。前のてめーの力だと防がれてたかもしれねーがな」



 樹原に付着した血液が固まる。肩と腕と横腹、べとりとついた血液が鉄と変わり、その身体の肉を貫く。



 ゼロ距離、田井中の決死の攻撃は樹原にダメージを残した。


「ケッ、串刺しに出来ねーのだけが残念だぜ。まあ、後は要練習だな」



 後は笑う。


 田井中はただ笑っていた。


「……見事だ。田井中 誠」



 田井中の身体を木の根が貫く。



「がっ……?!」



「眠るといい、田井中くん」



 木の根が貫いた田井中を空中に縫い止める。


 地面から神速の速さで現れた木の根が田井中の身体に巻きつき、あっという間に完全に包んでしまった。



 まるで木の繭。



 木の繭に包まれた田井中が、無造作に投げ出される。



 膝をつく。


 田井中に刻まれたダメージが、動きを鈍らせた。




 数秒にも満たないやりとり、田井中はその生命を持って樹原へと一撃を届けた。



 木の繭は無造作に校庭の隅まで転がり、もう動かない。








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