第124話 作戦開始
「薄汚えニョロニョロで、久次良に触れるな」
海原が、捻れた槍で久次良の首を掴む触手を断つ。
ガスマスクの仮面が解ける。融解結合の時間制限はここまで。
「……遅いよ、海さん。僕が倒す所だったんだよ」
ボロボロの久次良が、その場に座り込みながら笑う。心配そうに近くによる灰色の小鬼を撫でた。
「悪いな、そりゃ。美味しいところを持っていくのが大人というものだよ。久次良君」
ニヤリと海原が久次良に笑いかける。久次良もまた同じように笑う。
2人の間に必要以上の言葉はなかった。
海原は横目で、敵の様子を眺める。
呆然と立ち尽くしている。すぐに動きはしなさそうだ。
「海さん…… 鮫さんは……」
影を落とした呟き、月明かりの夜の下海原へと届く。
間をおかず、海原が答える。
「あいつは、ここには来れない。俺を守る為に化け物と戦って、命を落とした」
端的に呟く。事実だけを久次良へと伝える。
「……そっか。そっか……」
小さく、久次良が答える。その声にこめられた感情を察することなど海原にも出来なかった。
だが、これだけは伝えなければならない。
「鮫島は去った。もう会う事は出来ない。けどな、久次良。アイツはまだ滅んでいない」
「……なにそれ、どこかにいるってこと?」
久次良の力のない問いに海原は自分の胸を指差す。それから同じように久次良を指差した。
「
「はは…… なにそれ、意味わかんないよ…… 」
乾いた笑いを久次良が漏らす、月明かりの中笑う。
そしてやがて、顔を上げ海原へ向けて笑いかけた。
「でも、そっか…… それ、なんかいいね」
「ああ、いい。……休んどけ、久次良、すぐ終わる」
「……平気だって、見ててよ、僕だって……」
「クジラ!」
立ち上がろうとした久次良がよろめく。灰ゴブリンが慌てて支えることで地面に倒れる事を防いだ。
「……灰色の。久次良を頼めるか?」
「……任された、久次良の友よ。しかし、貴様1人でやれるのか?」
短い灰の小鬼とのやりとり。
海原が一歩、踏み出す。
「問題ねえ。俺は1人じゃない。我々だからな」
背に庇う2人に振り向かずに呟いた。
「……クジラが信じたお前を我も信じよう。クジラは任せろ、我が部族の名にかけて死なせないと誓う」
「待って…… 王様…海さん! 僕は!」
「休んどけ。お前が死んだら俺と鮫島は負けた事になる。良くやった、お前は強いよ、久次良」
灰ゴブリンがその小さな身体で信じられない膂力を発揮する。
あっという間に久次良の身体を持ち上げ、屋上のフェンスを飛び越えて離脱した。
「海さん!!」
抱えられ、フェンスの向こうへ消えていく久次良が叫ぶ。
「勝てよ!! 海さん!!」
その言葉は何処かで誰かに言われた言葉。
別れの際に告げられた約束の言葉。
「ああ、俺が勝つ」
あの時言えなかった言葉を、今海原は言った。言えた。
ガシャあん! ガラスの割れた音。校舎の中へ移動したらしい、とんでもない身体能力だ。
あの灰ゴブリンに任せておけば、久次良はひとまず大丈夫だろう。
海原は月を見上げ、それから前を向く。
ソイツの顔を、ソイツの身体を、ソイツの雰囲気を認識する。
鳥肌が全身に広がり、脳が広がるような不思議な感覚。
それは歓喜か、はたまた恐怖か、それとも高揚か。
自分のコントロール出来る感情の振り幅を簡単に超えていく。
目の前で、片手で顔を覆い、信じられないモノを見る目つきでこちらを向く、大敵を見た。
夏の温い風な屋上のバスケットゴールの網をわずかに揺らす。
風の匂いを感じる、わずかに甘く、そして鉄臭い。
月明かりがぼうっと、2人を照らす。
海原と樹原のみを照らすかのようにぼうっと。
辿り着いた。
海原はようやく辿り着いた。
「よう、樹原。久しぶりだな。もう1週間……になるのか」
目標を確認。隠しPERKロケット・フィンガーの射程距離範囲内。
「……ありえない、ありえない。キミがなぜ……こんな事はありえない……」
目標体内より、不安定なブルー因子の反応多数。固有波数を確認、過去戦闘記録と照合。
最初のアビス・ウォーカー、アリーシャ・ブルームーンの反応と100%符合。
目標を2人目のアビス・ウォーカーと認定。
作戦目標対象を、アビス・ウォーカーⅡと呼称。
過去の戦闘記録から、対アビス・ウォーカー戦闘プロトコルを作成。
……作成完了。
「ははっ、そんな幽霊を見るような目で見るなよ。照れるだろうが。ああ、うん。よかった、色々あったけど、今は良かったって思えるよ。お前の所まで辿り着けて本当に良かったって思える」
結合対象、シエラ0の体温上昇。バイタルデータに異常無し。
「あはは…… 夢でも見ているかのようだ。悪夢だよ…… 一体どうやって、大穴から帰還したんだい?」
「いや、もうやめようぜ。お前と話す事なんて特にないわ」
PERKシステムオールグリーン
「あはは、冷たいなあ…… 何か、僕に言いたい事があるんじゃないのかい、海原。友を、女を奪い、傷つけた僕に、心底怒り狂ってるんじゃあないのかい?」
PERKシステムオールグリーン
「いや……特にないー ああ、いや1つだけ」
「聞かせてくれよ、海原 善人」
風が強く、2人の間に吹いた。
不思議とその声は、風にかき消されずに、世界へと刻まれる。
「さようなら、樹原 勇気」
作戦、開始
何気なく、指先を前へ向けた。
ばきん! ばきん!
聞き慣れた破裂音、血飛沫と同時に、人差し指と中指が発射される。
「PERK ON ロケット・フィンガー」
「っ!! はっ?!」
樹原が目を剥いてその場から飛び退く。
「遅い」
ばきん! ばきん!
「ぐっ?! 何だ?!」
隻腕の樹原が残った腕から触手を生やす、海原から飛来するモノを打ち払おうとーー
「PERK ON コープス・ボム」
海原から放たれた指弾、切り離され、死んだ肉塊となっだ硬い指先が、爆破する。
ドボム!!
「なっーー」
触手で打ち払おうとした樹原が真後ろに吹き飛ぶ。
尻餅をついたまま、大きく目を見開いた。
「何がーー」
海原が駆ける。
その手に携えたねじれた槍を構えて。
尻餅をついた樹原に肉薄する。
「ま、待ーー」
待たない、酔いなどなくとも海原 善人にはもともとブレーキが存在しない。
「死ね」
硬化した腕、握り締めるのはあの時届かなかった捻れた槍。
友に渡され、友を殺め、化け物から奪い返した捻れた槍。
「ぐ、TWSG!! 防げ!」
あの時と同じように樹原の身体、肉から化け物の身体が生まれる。捻れた槍先を防ぐ。
溢れた肉が槍先を絡めとり、胸から生えた羊の蹄のようなものが槍先を受け止める。
拮抗。
樹原が、ニヤリと笑いーー
「PERK ON リローデッド、PERK ON ロケット・フィンガー」
右手に槍を、空いた左手の指先を樹原へと向ける。
じゅるるる。失くした指先が、巻き戻しをするかのように再生、瞬時に指先が硬化、そして
「うげっーー」
ビスビスビスビス。
樹原の身体から生まれた化け物の肉に、海原の指弾が至近距離で命中した。
怯んだ。槍先を防ごうとした化け物の蹄のようなモノの力が緩む。
もう、阻むモノはない。
槍をねじ込む。
肉の弾力、骨の硬い感覚を槍先が叩く。
「ぎゃあああああ?!!」
「良い、続けよう」
瞬時に海原は捻れた槍を引き抜く、より田井中の手により捻られた槍先が、樹原の身体の内側をぐちゃぐちゃに変えていく。
「ああああ?!」
「悲鳴がうるせえ」
ぶしゅう。
払うように槍を抜き取る。傷口からは赤い血が吹き飛んだ。
「血が赤黒い…… 動脈を外したか」
海原が、飛び退き、距離を取る。
油断なく、再び指先の再装填を行いながら痛みにもがく樹原を見つめた。
肩口を貫いた。心臓を狙ったのだが、わずかに外される。
しかし、今度こそ、その捻れた槍先は樹原 勇気の肉を抉り、貫いていた。
「あ、ああ、あああ…?! 海原……、海原ぁ! なんだ、その力は?! キミ、お前、大穴から何を持ち帰った?!」
目を血走らせ、身体から血を流しながら樹原が叫ぶ。失くした腕の肩口を唯一残った腕で抑える。
しかし、血は止まらない。
「お前に話す事はない、お前に教える事なんてなにもない」
海原が指先を構える。
捻れた槍を右手に、空いた左手をピストルの形に。
「あはは、あはは!! あはははは!! 間違いじゃなかった! 僕は間違えていなかった! キミこそが、お前こそが今まで僕の出会った中で、最強の敵だ」
樹原の輪郭がブレる。
人間としての輪郭を内に秘める奈落の生命が破ろうとする。
「だが、それでも勝つのは僕だ、彼女に選ばれたこの樹原 勇気だ!」
樹原が変わる。奈落の生命、怪物種の力が溢れる。
それは禁忌の力、おおよそどんな人間の底にも存在しない力。
奈落の底に眠るモノが気まぐれと贔屓で渡す世界の力。
個人が敵うはずもない大いなるもの。
樹原は知っている。この力を本気で扱えば負けるわけはないと。
世界を終わらせた化け物だろうが、人を超えた特別な人間だろうが、古き血を持つ半人だろうが、不滅不死の存在だろうが。
負ける訳がないと知っている。
「海原…… お前を始末する。お前だけは、お前だけは、僕の悲劇、僕の幸福のために生かしてはおけない!!」
「マルス、いい感じだ。続けよう」
"ポジティブ ヨキヒト。素晴らしい戦闘評価です。アリサにも引けをとりません。対アビス・ウォーカー戦闘プロトコル起動。作戦は順調です"
樹原は知らない。
目の前の凡人がどのような存在と共に在るのか。
目の前の存在がいかに己の天敵であるかなど知らない。
樹原 勇気はまだ
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