第10話 堕ちた星





アメリカ軍特殊作戦コマンド廉下第0特殊作戦隊日本派遣部隊。


通称シエラチーム


2025年 7月7日。


本国、及び本隊からの指示、全ての連絡が途絶。


シエラチーム独自の判断にて現地同盟国戦力である自衛軍との共同作戦を実行。


同日、ヒロシマエリアに存在する"禁則事項"への侵入を開始。


"禁則事項"への侵入、及び"禁則事項"の奪取を目的とした一連の作戦行動を、[オペレーションスターフェスティバル]と決定。


"禁則事項"の奪取の失敗、及び"禁則事項"の発生を確認した上で上記の作戦は失敗と規定。


その際は地上への帰還後、可能な限りの"禁則事項"の殲滅を目的としたプランB


"オペレーション ノスタルジア"の決行へ移る。



〜ヒロシマ市近郊、カイタ自衛軍駐屯地のデータベースに残された記録〜





 



 グウルルルルルルオオオオオオオオ!!



 化け物が吠える。脇腹から生え出る人間のような腕を高く掲げ、首を低く下ろし牙を噛み合わせる。



 相対するのは、奇妙な人。人影かと見紛うほどにその姿は暗い。


 海原はその宵闇の様な後ろ姿をただ呆然と膝をついまま眺めていた。


「なん、だ?」


 やっとの思いで、これだけを呟く。


 海原の声に反応したかのように、眼前に立つその黒い影が、目の前の化け物を無視して振り返る。


 ぎぎぎと、油の抜けた機械のように途切れとぎれに体を傾ける。


「うお」



 海原は思わず息を飲む、振り向いたその影、顔面。



 真っ赤に輝く赤いアイマスク、口の辺りから伸びる筒のようなもの。

 ガスマスク。およそ感情の分からぬ仮面のようなそれをその黒い人影は装着していた。


「Warning, it says to civilians. Immediately evacuated from the operations area」




「NOW」



 ガスマスクの口部分から壊れたスピーカーのような音声が垂れ流れる。



 英語であることしか海原にはわからない。動けない海原をその無機質な赤いアイマスクが見下ろしていた。



 グウウオオオオオオ!!



 化け物が自らに向けて背を向けた敵に咆哮を浴びせる。その恐るべき顎門をぐわりと開き、よだれを飛び散らせる。



「datebase collation照合 category creature NO, 113」



 ぐるりと、その黒い人影がまた駒のように回転して化け物の方を振り向く。黒いレインコートのような衣服がはためく。


 舞うように動いた人影からべちゃりと、なにかが垂れ落ちた。それはまるで今まさに泥沼から這い出てきたかのような。


 黒い人影は濡れていた。



「Priority subdue the subject優先討伐対象



 ガスマスクから機械音声が淡々と流れる。なにかの無線放送のようにただ、設定されているかのように。



I D D アイディーディー SYSTEM ALL GREEN」


 化け物が態勢を低く、足のスタンスを狭める。黒い人影が、おぼろげに燃える炎のように立つ。


LV レベル SYSTEM ONLINE」



 海原は目の前のガスマスクの人影が急に大きくなったような錯覚を覚えた、サイズではない。表現は難しいが、まるで存在そのものが大きくなったかのような。


 少なくともあの巨大な化け物と比べても目の前のガスマスクの人影は見劣りしない。



 両者の関係は、獲物と狩人ではない。




 グウウオオオオオオ!!



 対等な



Start 作戦開始 operations」



 敵同士。



 海原の目の前で、化け物同士の殺し合いが始まる。


 巨大な化け物がその家のようなほどの大きさの質量をそのまま、顎門を開き嚙みつこうとする。


 ゴパリと開いたその口、人など一口で吞み込めるだろう大きく縦に裂かれるように開かれた口がガスマスクの人影へ迫る。



「危ない!」



 海原が叫ぶ、あの顎門を向けられたら最後だ。只の人などただの肉塊になるしか道はない。

 ぐちゃりと肉の潰れる音を海原は予想した。



 ガキィン。


 しかし、予想は外れる。それは肉の潰れる粘着質な音ではなく、固いものと硬いものがぶつかり合うような音。



 そう、目の前のガスマスクの人影は決して只の人などではなかった。




PERK 特典 ON ' blade'」



 二本の腕、否、二本の肉厚の刃がガスマスクの腕から伸びていた。


 大人の胴回り程のサイズがあるそれを上と下に振るい、閉じられる顎門を遮る。


 べきり、人影の足がコンクリートの地面に食い込む。一体どれだけの圧力に耐えているのだろうか。


「は、はは、うそだろ」



 化け物と対等に渡り合う存在、それはもう化け物だ。海原は急変する事態について行くことが出来ない。


 だから、考えるより先に身体が動いていた。



 瞬時に反転、背後で仰向けのまま倒れている雪代の身体を抱き起こし、横抱きで抱える。

 服越しに感じる彼女の冷たい体温と、たしかに上下する豊かな胸。



「スヤスヤかよ」


 脚に力を込め、思い切り地面を蹴った。雪代は気絶したままだ。今しかない。


 海原は拮抗したままの化け物同士の戦いを尻目に河川敷の階段を雪代を抱いたまま駆け上がる。



 逃走。今しかない。これはただの偶然だ。



 雪代の力はもう使えない。そして海原には力なんてない。逃げる事のみが今、海原に残された選択肢だった。


 河川敷の階段を登りきり、左手に見える橋を確認、そして海原は肩越しに眼下で行われる化け物同士の拮抗を確認する。





 グウフオオオオ!!



 化け物の脇腹から生えた腕が、拮抗する人影へ伸びる。


 拍手をするように左右から迫る大きな手のひら、鱗に覆われたそれは大きく人など挟まれればぺちゃんこになりそうーー



「PERK ON ' wiip'」



 腕が伸びた瞬間、レインコートのようなものに包まれた黒い人影の体の一部、背中から何かが飛び出た。


 しなり、伸びるそれは尾のようも見える。稲妻のような複雑な軌跡、ゆらりと揺れたそれが、空気を裂いて閃いた。



 どっ、どっ。



 振るわれた化け物の腕が、宙を舞う。くるくる落ちていく。


 斬り飛ばされたのだ。黒い人影から伸びた尾のような物が一瞬で木の幹ほどはあろうかというあの化け物の腕を斬り飛ばした。


 ぼちゃりと、一本の腕は河に落ち、もう一本はあまりに強い力で飛ばされたからか。橋の上にまで飛んで行った。


 橋の上に放置された箱型の乗用車を砕き、腕が落ちる。


 オオオオオン?!



 顎門を大きく仰け反らせ、わかりやすい高めのトーンの悲鳴を化け物があげる。


 斬り飛ばされた腕、半ばを断ち切られたその断面から青い血がホースから飛び出る水の如く飛び出す。


「Effectiveness Continue operations」



 顎門から解放されたその腕のような刃を翻しながら黒い人影が大きく跳んだ。


 高い、化け物の顔と同じぐらいの高さ、助走もなしに一気に跳ぶ。



「take this!」



 ぐるりと、身体を駒のよう回転させ、人間大のサイズの黒い刃で化け物の顔を斬りつける。


 じゅり、皮膚と肉を裂いた刃は硬い顔の骨に阻まれる。


 青い血が刃の上を滑る。


 オオオオオオオオ!?


 化け物がたたらを踏み、後退。鉤爪のついた腕、前脚をめちゃくちゃに振り回す。


 黒い人影はそのままブレる事なく着地、再び地を蹴り飛ぶような勢いで化け物に迫って行く。




 恐竜みたいな化け物と互角に殴りあえる、そんな存在は断じて人ではない。



 海原はこの一ヶ月で、でたらめなモノを数多く見てきたがどれも、今目の前で繰り広げられている事に比べれば……。




「やべえ」


 海原はすぐに走り出す。まずい、ここにいたらいつ巻き添えを食らうか分からない。


(どうする、ここから離れるのが先か、それとも……)


 逡巡。


 耳に聞こえる化け物同士の小競り合いの音と、抱き抱える相棒の寝息。


 海原は一瞬、目を瞑り小さく溜息をついた。自らのやるべき事と、向き合う。


「ああ、もう。ぶちくそたいぎぃ」


 海原は橋の入り口に向かって走り出す。ここを渡りきり、もう一つの河を越えればもう、目的地である校舎へ辿り着く。


 化け物同士の争いから離れる、目的地へ到達する。


 その両方を完遂するために海原は袂で化け物同士が殺し合う危険な橋を渡りきる事を決意した。



 夏の温い風が橋の上に強く吹き付けている。





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